第12話 本に湿気はNG?

 作ったカレーが全て無くなると儂の体をある感覚が襲っていた。


「むぅ‥‥、なんじゃこれは瞼が自然に落ちてきてしまう。それに先ほどから勝手に口が開いてしまうな。」


 少しでも気を抜けば瞼が閉じて開かなくなってしまいそうだ。


「うん、それって眠いってことなんじゃないかしら?仮にも人間の体なんだし‥‥満腹になって眠くなるのも不思議じゃないわ。」


 なるほど‥‥確かにこれはエリスの言うとおり眠いという感覚なのだろう。

 魔導書であった頃には眠ることなんぞ必要なかったからな。食事も睡眠も必要のないあの頃に比べ、今のこの姿は体が色々と要求をしてくる。正直少し人間の体は面倒じゃ。


「そういうことか‥‥では儂はこの体の要求に従って睡眠をとるとしようかの。」


 重くなった瞼を擦りながらエリスに借りた部屋に向かおうとすると‥‥。


「あ、その前にお風呂で体を洗ってからにしたら?」


「む?風呂とな?儂は濡れるのは嫌いじゃ。」


「もう本の姿じゃないんだから濡れても大丈夫でしょ?ほら私が体を洗ってあげるから一緒に行きましょ?」


「そ、それでも濡れるのは少し抵抗が‥‥ってエリス!!手を離すのじゃ!!儂は濡れるのは嫌いじゃ~!!」


「はいはい、わがまま言わないの。女の子なんだから清潔にしないとダメよ?」


 必死の抵抗をするが、儂の手を掴んだエリスはびくともせずそのまま風呂場へと無理矢理引きずられてしまうのだった。





 風呂というものは最初こそ抵抗があったが、案外湯船に浸かってみると暖かく心地が良いもので、濡れるどうこうという気持ちはあっという間に忘れてしまい、その一時を楽しんでしまった。


「ねっ?お風呂気持ちよかったでしょ?」 


 わしわし‥‥と濡れた儂の髪を乾いたタオルで拭きながらエリスは問いかけてくる。


「‥‥うむ。存外悪いものではなかった。」


 なんというか‥‥体に溜まった疲労が全て湯船に流されてしまったような感じがするの。

 それに相まって更に眠気が強くなってしまった。


「ふわあぁぁ‥‥」


「おっきな欠伸ね、後は自分の部屋に戻ってベッドに横になったらどう?」


「うむ、そうさせてもらうのじゃ。」


 エリスに促されるまま借りた部屋へと向かい、暗い部屋に灯りを灯す。


「大きなベッドじゃ。それにふっかふかじゃのぉ~」


 大きなベッドはふかふかでとても寝転がると気持ちがいい。


「‥‥ふわあぁぁ。む‥‥もう辛抱たまらんな。」


 ベッドに横になると急激に瞼が重くなり始め目を開けていることが困難になった。

 体が促すまま目を閉じると急速に意識が深い‥‥深い闇の中へと落ちていき、儂の人間としての初めての一日は幕を閉じた。





「ん‥‥むぅ‥‥」


 部屋の窓から眩しい光が射し込み、それにより儂は眠りから目を覚ました。

 眠りを終えた後は体が軽く、とてもスッキリとしていた。


「ふわあぁぁ、エリスはもう起きておるのかの‥‥」


 確かエリスの部屋は隣の部屋じゃったよな。体を起こし欠伸をしながらエリスの部屋へと向かう。


「おーい、エリス?起きておるか~?」


 コンコンとノックするが返事は返ってこない。まだ寝ておるのかの?


「入るぞ~?」


 恐る恐る扉を開けて中へと入るが、部屋の中にもエリスの姿はない。

 いったいどこにいったのだろうか?エリスの部屋を出て廊下を歩いていると、不意にどこからか良い匂いがし始めた。


「むぅ?まさか‥‥」


 昨日食事をした台所へと足を運ぶとそこにはエプロンを身につけたエリスがいた。

 儂に気がついたエリスはクルリとこちらを振り返り挨拶をしてくる。


「おはようグリア?よく眠れたみたいね。」


「お陰様での、で?何を作っておるのじゃ?」


「何って‥‥朝御飯だけど?だ、大丈夫、こ、今回はほらこれを見ながらやってるから。」


 エリスが少し動揺しながらも見せてきたのは一冊の本だった。その題名は‥‥


「夫に喜ばれる料理大百科?」


「その通りっ!!これさえあれば私だってちゃんと料理できるんだから‥‥多分。ま、まぁあと少しでできるからちょっとそこで座って待ってて?」


「‥‥わかったのじゃ。」


 急激に料理が上手くなるなんてことはないと思うが‥‥まぁエリスの頑張りを無下にするわけにもいかんからな。大人しく待っておくとしよう。

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