第11話 味覚との対面
カールが記したカレーとやらのレシピに書いてある通りに野菜と肉を魔法で切り刻む。
なぜ魔法なのか‥‥それは単にこの包丁とやらは扱いが難しすぎる。最初は使ってみようと思ったんじゃ‥‥エリスを真似ての。じゃがあやつのように扱いこなすのはおろか、誤って自分の手を切りそうだったから止めた。
「さて、野菜と肉を切ったら次は‥‥‥香辛料を炒めるとな?」
無駄に揃っている香辛料の中からレシピに書いてある物を鍋に敷いた油で炒めると、スパイシーな香りが充満し始めた。
クリアエアーの効果がもう切れてしまっているようで、台所は混ざりあった香辛料の香りでいっぱいになっている。
「最後に肉と野菜を炒め‥‥煮込むと。なんじゃ意外と簡単じゃな。」
カールのレシピ通りにサクサク料理を進めていると‥‥匂いに誘われたのかエリスの鼻がひっきりなしに鳴っている。
「すんすん‥‥ん‥‥なんか良い匂い。」
「ん?起きたかの、もう少しで出来上がるからゆっくりしておれ。まだ万全ではないじゃろうからな。」
あれだけ毒素を含んだモノを口にしたのじゃ。儂が解毒を行ったとはいえ、体にだるさは残っているはず。今は休んでおくのが得策じゃろう。
「うん‥‥わかった。」
エリスは言われた通りソファーに深く背を預け、体を休ませ始めた。その間カレーを煮込んでいると、少しうつむきながらため息混じりにエリスが呟いた。
「はぁ‥‥私ってホントに一人じゃダメね。」
「いきなりそんなに鬱になってどうしたのじゃ?」
「いやね‥‥カールが魔法の研究に精を出し始めちゃったから、頑張って一人で暮らしていかないと‥‥って思ってたんだけど、いざ一人で暮らしてみると何も上手くいかなくて‥‥」
ふむ、まぁ‥‥良くあることではないのかの?カールだって最初儂と暮らし始めた頃は酷かったものじゃ。整理整頓はできない、掃除はできない、料理はできない。俗にいうダメ人間というやつじゃった。
「ふむ、儂から一つ助言をするとしたら‥‥まずは続けることじゃな。」
「続けること?」
キョトンとするエリスに儂はある質問を投げ掛ける。
「時にお主、剣の道を一度でも踏み外したことはあるかの?」
「無いわ。子供の頃からずっと修練を毎日続けてる。」
「つまりはそういうことじゃ。何事も継続は力なり‥‥剣の道も人の道も全て続けねば何も成さんのじゃ。お主、掃除も料理も三日坊主で終わってるのではないか?」
そう問いかけると、痛いところを突かれたようにピクッとエリスの体が跳ねる。図星のようじゃの。
「ま、これからは儂もここに住まわせてもらうからの。二人で交代して家事をこなしていこうではないか?ん?」
「そうね‥‥頑張るわ。」
落ち込んでいたエリスを宥め、ようやく出来上がったカレーをテーブルの上に配膳する。
「あ、これ‥‥カールがよく作ってたやつ‥‥。」
「なんじゃ?お主と組んでいた時にも作っていたのかの?」
「えぇ、試作‥‥とか言ってよく作ってくれたわ。」
ということは‥‥これは試作を重ねた末に完成したカレーなのじゃな。さてさて、味が楽しみじゃ。
「さぁいただくとしよう。儂はもうそろそろ辛抱たまらんのでな。」
味覚との初対面は一度お預けを喰らっておるからの。それに今の今まで味見もせずに我慢してきたのじゃ。
「そうね、食べましょ。」
「「いただきます‥‥」」
食べる前にカールがいつもやっていた手を合わせるやつを儂も真似をしてみたら、まさか目の前でエリスもそれをやっていた。
「え?」
「む?」
思わぬ行動の一致にお互いに顔を見合わせてしまう。
「エリス‥‥主のそれはカールの真似かの?」
「え、えぇ‥‥私以外にも他の元パーティーの皆はカールの真似をしてたわね。これをやらないとカールが怒るのよ。」
この動作はカールにとってなにか大切な動作だったのかもしれんな。
「くっふふ‥‥なんとも奇妙なものじゃ。まぁ、食べようではないか。」
「ふふっ、そうね。」
お互いに笑い合い、スプーンをカレーへと伸ばしいっぱいに掬ったそれを口へと運んだ。
「熱っ!?熱すぎて味がわからんのじゃ~」
口の中ではふはふと冷ましながら味わっていると複雑に混ざりあった不思議な味が口の中で広がり始めた。
「お?おぉ~‥‥これが美味しいという感覚かの?もっと食べたいのじゃ!!」
初めての味覚との対面はとても良いものとなり、あっという間に作ったカレーは胃袋の中に収まってしまった。
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