第6話
あたしは外出禁止を言い渡された。部屋から出ないように母さんが一時間に一回部屋を見に来る。
どうせマサを怒らせちゃったし二度と会えないだろうし、どうでもよかった。
あたしはトイレに行くときと朝昼晩食事の時、あとお風呂の時だけ部屋から出て、何日もぼんやり過ごした。スマホがあるから曜日は分かる。あと二日で夏休みが終わる。
その日朝から騒がしかった。誰か大勢の人がドカドカ入ってくる足音がして、母さんのヒステリックな怒鳴り声もした。しばらく言い合いが続いて、そのあとドアの締まる音がしてから急に静かになった。
すごく気になったけどまだ朝ご飯の時間じゃないのに部屋から出ると怒られるからじっとしていた。
だいたい二時間くらいたったのに母さんが部屋に来ない。もしかして出かけたのかな、と思ってそーっとドアを開ける。
「キャッ」
思わず尻もちをついた。目の前にあの怖い女の子がいた。でも、あの怖くなっちゃったときの顔じゃなくて、すごくかわいいまんまるの顔だった。
女の子はにこにこと本当にかわいい笑顔を浮かべてあたしのスパッツをひっぱる。
「え、なに、ついてこいってこと?」
女の子は何も言わない。この女の子が堂々とここにいるってことは母さんはいないみたいだし、あたしはとりあえず、ついて行ってみることにした。
女の子にずいずい引っ張られてついたのは、やっぱり井戸の部屋だった。
なぜか、井戸の前にお兄ちゃんがいる。やっぱりものすごく臭い。
「アスナか」
お兄ちゃんは上機嫌で外国人の家族がやるみたいにあたしをハグした。不気味すぎて体が硬直する。
「趣味と実益を兼ねる、って言葉、アスナわかるか」
「わかるけど……好きなことで生きていくみたいなことでしょ」
「生きると言うのは間違いだっ!!」
お兄ちゃんは笑顔のまま大声を出した。
「生きるんじゃない、捧げるんだ。要らない要らない要らない存在を、捧げる!捧げる捧げる!!!!そうすれば、万感の幸せが来ると、■■■様が教えてくれたんだよ!」
「何言ってるの、わかんないよ」
あたしと目が合っているのに、お兄ちゃんはあたしじゃないなにかを見ていた。
「アスナ、お前が羨ましい、お前は常に見える、拡散拡散、拡散が役目だ。俺は違う。俺は捧げるだけの、四つ足の動物だ」
女の子の方に目を向けると、女の子はお兄ちゃんを見て、ばかにしたような顔をして笑っていた。
「アスナァ」
お兄ちゃんがあたしの頭をぐっとつかむ。
「痛いよ」
「見ろ」
お兄ちゃんは井戸の中にあたしの頭をつっこんだ。
本当に臭くて臭くて臭くて臭くて、鼻がどこにあるのかもわからなくなって、涙が止まらなかった。潤んだ視界の先に、ぼろぼろになったマネキンみたいなものが見えた。
そして理解した。あれは、マネキンじゃない、人間だ。だって、学ランを、着てる。
「趣味と実益だ、分かるだろう」
カエルをひきつぶしたみたいな音が聞こえたと思ったら、それはあたしが吐いた音だった。
お兄ちゃんはニヤニヤ笑っている。あたしが吐いてるのがそんなに面白いのか、クソ野郎。殺してやる。殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる―――
急に頭を抑えていたお兄ちゃんが横に飛んだ。あたしはその反動で床に倒れる。
振り向くと、ちょうど目の前に、あの女の子が怖い顔で、腹ばいになっていた。
何かしゃべっている、全然言葉は分からないけど、なぜか何を言っているかちゃんと分かった。
あたしの家族を全部なくすためには、生贄が必要なんだ。
それで、お兄ちゃんが殺して捧げる役であたしが伝える役。ちゃんと分かった。
なにを言ってるか分からないけど、■■■様は最高に可愛くて、やっぱり一緒に魚を食べるなら、■■■様ちゃんがいいと思ったのでした。まる。
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