第5話

 父さんの仕事関係の人が家に来た。綺麗な顔したおばさんと、体のがっしりしたおじさん三人だった。おばさんはほんとに美人だったから、母さんがまた嫉妬して悪口を言いそうだなと思ってたし、案の定あとで聞く羽目になった。

 おばさんはひととおり家を見て回った後、なぜかあたしをつかまえて、

「なにか変わったもの見とらん?」

 と方言丸出しで聞いた。

 一瞬でマサのこととか怖い女の子のこととか頭に浮かんだけど、言ったらめんどくさいことになりそうだった。突然こんなこと聞く人のことも信用できない。

「何も見てません」

 あたしが答えるとおばさんはほう、と言って優しく微笑んだ。

 結局父さんに何かを言いつけて、おじさんたちを従えて帰っていった。女社長とかなのかもしれない。かなりかっこいい。

 おばさんたちが帰った後、父さんが小声で

「もし何か変なものが見えたら言ってね」

 と言うので、どうしてかと聞くと、やっぱりそれもしきたり的ななにからしい。あたしは頷いたけど、当然言うつもりがない。

 誘拐された男の子はまだ見つからないらしい。あたしはマサが見つかっていないことが嬉しかった。


 井戸の部屋に行くと、なんとマサがいた。しかも、井戸の蓋を開けている。

「マサ、久しぶり。それ、どうしたの」

 マサはこちらを振り返った。相変わらず同じ格好。でもやっぱり全然臭くなかった。

「飲む」

 マサはそう言ってまた井戸の方を向いてしまう。

「そりゃあ、そうだろうけどさあ」

「なあ」

 マサは顔をあっちに向けたまま、

「もう■■■の部屋には行くなよ」

 ■■■、全然聞き取れなかったけどなんとなくあの怖い女の子がいた部屋だと思った。

「うん、多分もう行かない」

「多分じゃなくて、絶対やめろ」

「うん、絶対やめる」

 そう答えるとマサはやっと振り向いた。

「じゃあ、今日も釣りするか」

「うん!」


 釣りをしながら聞いてみる。

「マサはさ、なんで家出したの」

「なんとなく」

 灰色の魚を糸から外しながらぶっきらぼうにマサが答えた。

「あたしさ、とにかく家族が嫌でさ、でもマサみたいに行動力がないからできないし、羨ましい」

「本当に嫌なのか」

「うん、嫌だよ」

「本当か?」

 顔を上げると、マサは真剣な目であたしを見ていた。適当に笑ってごまかしちゃいけないやつだ、と気付いた。それで、どこかで期待した。もしかしてマサはあたしに「一緒に家出しよう」って言ってくれるかもしれない。

 あたしは息を吸い込んで、

「うん、本当に嫌、全部なくなって欲しい」

 そう言った。

 マサはその途端釣り竿を投げ捨てた。

「なんほややしにうっさけるといいよらいしんじられんわりみたいながきになさけかけたんじゃらやったあんにーとおなじになりや」

 滅茶苦茶に怒られているのは分かる。迫力で泣いてしまいそうだった。

「わ、分かんないよ、なんて言ったの」

「帰る」

 マサはバケツを乱暴にひっくり返して魚を全部逃がした。なんだかあたしも捨てられたような気分になってわんわん泣いた。



 泣きながら部屋に戻ろうとすると、お兄ちゃんがぬぼーっと立っていた。

 あんまり臭くて涙も引っ込んでしまう。どうしてこんなに臭いんだろう。何日も体を洗っていないマサは全然臭くないのに。

 でも今はお兄ちゃんと話す気になれなくて、そのまま階段を上がった。

 階段を上がると母さんがいて思いっ切りビンタされた。

「今までこそこそこそこそ、どこ行ってたの!」

 母さんは手加減を知らないから、女の力でも相当痛い。父さんが横でおろおろとそれを見ている。口が切れて、血が出た。

「べつに、どこも」

「嘘を吐くな!あんた近所中から見られてるんだよ!」

 ああ、そうだよなあとなんとなく思った。田舎だから、噂が回るのも早いだろうし。

 そのあと、昔やった失敗のこととか、色んなことをたくさん言われて、たくさんビンタもされて、なんかどうでもよくなった。やっぱりこんな家族嫌だし、全部なくなって欲しい。



 その日夢を見たけどマサは出てこなくて一人でずっと魚を捌いてた。しばらく捌いてたらあの怖い女の子が出てきて、でもあたしは楽しそうにその子の口に魚を放り込むのだ。




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