第4話

 一日置いて井戸の前に行ってみてもマサはいなかった。その次の日も、その次も、一週間経っても戻ってこなかった。一緒に釣りをしただけなのにあたしは結構マサのことを好きになっていたから少し悲しかったけど、家族に探されてるから逃げてるのかもしれない。だったら応援してあげよう。

 あたしは諦めてもうひとつの開けてない部屋を見に行くことにした。やっぱり長い階段がしんどいからか、家族の誰も近寄らない。

「何やってんの」

 階段を上がろうとしたその時に母さんに声をかけられた。

「あの部屋見てみたいと思って」

「ふうん」

 母さんは階段気を付けなさいよ、とだけ言ってあっさりテレビの前に戻って行った。意外だ。いつもならあの手この手を使ってイチャモンをつけてくるのに。

 そう言えばこの家に来てから母さんは機嫌がいい。お兄ちゃんと顔を合わす機会が減ったからかもしれない。いつも関わらなければいいのに、と思っていた。やっぱり関わらなければ良かったのだ。

 階段は上の方に行くとねじが緩いのか、それともそういう仕様なのか、踏むと重いものを引き摺るような音がした。あたしの体重でこれだけ軋むんだから、お兄ちゃんが乗ったら外れてしまうかもしれない。顔を合わせることがあったら注意してあげよう。

 そう思いながら残り数段を上り切って部屋の前に到着した。

 中から声が聞こえる。お兄ちゃんかな、と思ったけど違う。幼い女の子みたいな高くてかわいい声だ。とても楽しそうに笑っている。どうしてだろう、ありえないことが起こっているのに全然怖いと思えない。こんなに広い家なんだから、あたしたち家族以外がいてもおかしくないじゃん。それくらいに思える。どんなにかわいい子がいるんだろう、と思ってそのままドアを開けた。


「●△✖▽△■ね」


 すごくかわいい、丸顔の女の子が笑顔で言った。ここの方言なのかよく聞き取れない。


「●△✖▽△■ね」


 もう一度繰り返す。でも、可愛い顔は、倍ぐらいに膨れ上がって、目も真っ黒と真っ赤の中間みたいな濃い色をしていて、よく見たらその子は腕がないし、腹ばいだし、首の位置もおかしいし、敵意しかないみたいなそういう顔で睨んでいたし、


 ここで意識を失った。



 目が覚めるとあたしは地下にいた。目の前にお兄ちゃんがいて、ぼーっとした顔であたしを見てた。

「なあ、見たか?」

 あたしは混乱した頭を整理しながら、

「女の子、の幽霊?おばけ?がいた、どうしよう」

 そう答えるとお兄ちゃんは首を傾げた。

「なんだ、見てないんだな。じゃあいいんだ」

 そう言って、あとは何を聞いても無言だった。

 あの怖い女の子も、急に地下に移動したことも、お兄ちゃんの意味の分からない態度も怖くて、あたしはその日明かりを点けて、YouTubeを垂れ流したまま寝た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る