第2話
スマホゲームには飽きた。友達もいないしテレビを観るために母さんのいる広間にいるのも嫌だ。といって、近所に友達なんか勿論いない。そもそも隣の家とは何キロも離れている。
あたしは家を探索することにした。特に、地下と、やたら長い螺旋階段の上にある部屋(さすがに遠すぎてまだ誰も入っていない)が気になった。
お兄ちゃんは朝自転車に乗ってどこかに行ってしまった。正直行くところなんてなさそうだけど、母さんと同じ空気を吸うよりマシなんだと思う。だから、お兄ちゃんには悪いけど地下に入らせてもらうことにした。
階段を下りた瞬間肌寒かった。冷房を入れたのかと思ったけど地下に空調の類はついていなさそうだった。夏でこれなら冬が来たときお兄ちゃんは耐えられるんだろうか。
地下室はやっぱり広くて、上の部屋よりもっと異常な空間だった。お兄ちゃんが部屋に決めたと思われる角のスペース、そこはベッドとか座椅子が置かれているからまあいいとしても、そこから連絡通路みたいに細い廊下が伸びていて、その先は薄暗くてこっち側の明かりを点けても何も見えない。何より、泥とか湿った風とか、雨の日みたいなにおいがした。
少し怖いけど気になる。一回上に戻って緊急ボックスから懐中電灯を取り出して、それを持って再挑戦する。
長い廊下をそろりそろりと歩いているとぽたぽたと水滴の音が聞こえる。雨漏りしているんだと思う。これに気付いたら母さんは欠陥住宅だから安いんだと騒ぐだろう。
つきあたりには、お兄ちゃんが部屋にしたような広いスペースが広がっている。右の壁を探って電気をつけると、水音の正体が分かった。
井戸だった。広い空間に井戸がぽつんとある。
あたしは、かなり昔のホラー映画を思い出す。貞子という女の幽霊が井戸から這い出して来る。正直映画は全然怖くなかったけど、実際に似たようなものが目の前にあるとどうしても連想してしまってすごく怖い。
さっさと戻ろう、そう思って振り向くと、何かに当たってしりもちをつく。
「おい」
大声で叫びそうになって、その人に口を塞がれる。やばい、やばい、やばい、で頭が一杯だった。スポーツ刈りで目つきの鋭い中学生くらいの男の子。中学生くらいでも人の家に勝手に入ってるんだからヤバいやつに違いない。正直、幽霊なんかより人間の方がずっと怖い。
あたしはあんまり抵抗しすぎると殴られるかもしれないと思って手足の力を抜いた。そして目で、必死に無力でかよわい女の子だよ、とアピールする。
それが伝わったのかどうか分からないけど、男の子はあたしを抑えていた手を離した。
「あんまり騒ぐなよ、なんにもしねえから」
声が出ないので頷くと、彼は満足そうに頷いた。
「こ、こで、なに、してるの」
しばらくたってからそう聞くと、
「ちょっと寝泊まりさせてもらってるだけだよ」
そう言って井戸の前にどかっと腰をおろした。
「もしかして家出?」
「まあそんなとこだよ」
確かに親と会いたくない気持ちはすごくわかる。
「どうやって入ったの?」
「質問が多いな。ここ、外とつながってんだよ」
指さした先に通気口みたいなものがあった。なるほど、これくらいの広さがあれば子供は通り抜けられると思う。
「あたし、アスナ。あんたは?」
「マサでいい」
マサはぶっきらぼうに言った。
「それより、ここに俺がいること誰にも言うなよ。別に、もの盗ったりしねえから」
あたしはじっとマサの顔を見た。眉毛とか手入れしてなくて田舎っぽいけど、けっこうイケメンだ。
「言わないけど、その代わりあたしの暇つぶしに付き合ってよ。話すだけでいいから」
女とは話したくない、とか言われると思ったが、意外にもマサはあっさりといいよ、と言った。どうせ俺も暇だから、が理由らしい。
「話すだけじゃつまんねえし、外に行こうぜ」
マサは通気口を指さした。
「この先に池があるんだけど、釣りができんだよ」
まだうちがおかしくなる前に父さんにエビ釣りに連れて行ってもらったことがある。すごく楽しかった。多分それとは違うけど、きっとつまらなくはないだろう。
「分かった。でも今日は遅いから明日にしない?」
そう言うとマサははじめて微笑んだ。歯が白くて綺麗だった。
「おう、じゃあ待ってるから、さっさと戻れよ」
あたしは頷いて、元来た道を戻った。
だんだん水音がしなくなって、かわりに料理のにおいがしてくる。多分今日は、あたし以外はグラタンだと思う。
いつも通り地獄みたいな食卓だった。母さんがまたお兄ちゃんをムカつかせることを言って、お兄ちゃんがグラタンの入った大皿を母さんにぶつけたのだ。ある程度グラタンを取り分けた後だったからヤケドとかはしなかったみたいだけど。料理が台無しになればよかったのに、と思った。あたしは豆腐ステーキを何度も何度も何度も、たくさんよく噛む。
その晩、あたしは夢を見た。
マサがいっぱい魚を釣って、その場で捌いていく。その魚の顔は全部母さんだった。あたしはそれを手を叩いて喜んだ。すごく楽しい夢だった。
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