第99話 狐のような男
これをごらんになって下さっているみなさんの多くがお気づきのとおり、当時の自分は大きな矛盾を抱えて生きていた。
二人でもつらい恋慕の同時進行、いずれ終止符を打たない思慕、誰も幸せにしない思い。それが三人ともなればなおさらだ。
自分は多くの経験をとうして思う。
幸せを感じている最中にも災いというものは、足音を忍ばせて近寄っている。
このときがそうだと、自分は気づくべきだった。
今でも考える
もともと自分は決して女性から人気があるほうではない。
むしろ逆のほうだ。もてたことなどないのだ。
それが当時、偶然の一時が重なり合うようにしてみどりのような素晴らしい女性、Y子のような魅力的な女性と知り合った。
女性が不幸の渦中にいるとき、そのときに表れる男というものは存在感があるようだ。女性にしたらヒーローのように思えるのだろうか。
崖にいたみどり、ちょうど人生の悩みを抱えていたY子、人生につかれていた真智子。
狐のようにして自分はとりいっただけかもしれない。
女性の悩みに乗じて相手の心にとりいることは、男のすべきことではない。これを思い出すと今でも自分は自己嫌悪で消え入りたくなる。
当時、一番自分が抱えていた矛盾はみどりとの正式な結婚だった。
同棲を続けて1年半となる。未婚の女性と長く住む男にはそれなりの責任がつきまとうはずだ。
結婚とはお互いの過去を開示する事ともいえる。
相手の親は誰なのか、どこにいたのか。
しかしみどりはそんなことを一切口にしない女だった。
過去、男がいて、望まぬ妊娠をしたことがある、自分が知っていることはそれだけだった。
そんなみどりが、自分との正式な入籍を望むのか。
問題はさらにある
みどりとの結婚を望むなら、Y子との関係を精算するのが先であり、真智子とはもう二度と会わない心づもりが必要だ。
今のように、ただ距離をとるということだけではなく、完全な精算をすることが必要だろう。
自分は意を決して、目の前で台所作業をしているみどりさんに軽く声をかけてみた。
「・・あのさ・・みどりさん。」
「・・・なーにー?」
「・・ちょっと話を聞いて欲しいんだ。」
こっちを振り返って、きょとんとした顔をする。
「・・なんでござるかー??」
彼女はいつもこうだ。
わざと幸せそうな自分を演じているのか、それとも本当に幸せなのか。
どちらかはわからないが、彼女は最近とても明るく、生活自体を楽しんでいるようだ。
だから自分はそんな彼女に完全に良心を壊され、人間として崩壊してしまう前に、すべてを精算し彼女と正式に結婚しよう。
そう思った。
「・・あのさ・・こっちのソファにすわってくれないか。・・」
「・・なあに?」
自分は彼女を横に座らせ、まずすべてを詫びようと思った。
「・・あの・・さ。俺のこと、・・わかってるんだろ・・色々女の子がいること・・。」
彼女は急に真顔になって、だまりこんだ。
「ほんとに、ごめん。・・近いうち、全部、・・・なんとかする・・」
「・・・。」
「・・・信じられないのは・・わかってる。」
「・・・。」
「・・・今まで、辛かったよね・・・?」
炊飯器の音がコトコト鳴っていた。
「・・俺ね・・馬鹿だったと思うんだ。」
みどりは自分の顔を正面切って向いていない、向こうをむいて恥ずかしがっている。
「・・正式にね・・山崎みどりに・・なってくれる?」
みどりの顔がこわばった。
※私小説の団体名・個人名・会社名などすべて仮名です。
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