第98話 事件の決着

自分はY子と離れ、なじみの弁護士に連絡した。


義父の件で何度も世話になっている弁護士だ。


悪徳弁護士としても有名だが、数多くの事件を不起訴にしたり、ふつうなら懲役になりそうな案件を執行猶予にもちこんでいる弁護士である。


自分が門を叩くと


「・・なんやぎんちゃん・・ひさしぶりじゃのう・・。」


と言ってくれた。


Y子がおこした事件のあらましを話すと


「・・なんじゃ、しょうもない案件やなあ。要するに、事件にせんようにすればええだけや。」


「・・そうですか。」


「・・そのY子ちゃんは未成年なんじゃろ?刑法では18才までが違反じゃが・・そんなもんにしつこうしてビール瓶でなぐられたいうほうが、ふうがわりいがな?社会的な立場がある被害者としては早う示談にしたいはずやで。」


「・・おっしゃるとおりですね・・」


「・・わしが適当な示談書をつくっちゃるけえ、それを相手に持っていってみ?」


「ありがとうございます。」


彼はがめつい弁護士として有名だが、融通の利く知恵がある。


自分は被害者宅へ、Y子の家族として訪問した。


被害者中年の奥さんはカンカンだった。


「・・治療費、慰謝料、休業補償は払ってもらいます。」


のっけから彼女はそういった。


被害者は、航空会社XXXにつとめる中堅サラリーマンだった。

彼の奥さんは社会的ステータスのある夫、そういうエリート家庭にあるというプライドがあるらしい。


「・・・いちおう、その金額のことも含め、お話しにきました。」


といい、冷静に話をした。


しかし被害者の妻は怒りを露わにしていた。


「・・どういう教育を受けたら人を簡単にビール瓶でなぐれるような人になるんですか?」


「・・・・」


聞いていて自分は頭にきたがここは冷静に徹することにした。


相手にいいたいことを言わせた後で、こちらの本題に入った。


「・・それではこれをごらんください。Y子の手首ですが、わずかに傷とあざがあるでしょう・・・よほど強く握らないと、こうはふつうなりませんね。」


写真と診断書は用意していた。


そんな事情があったとは知らず、被害者の奥さんは目を丸くしていた。


横で頭に包帯を巻いた被害者の中年が青くなっている。


「・・奥様は事情をしらないようですが、ご主人は年齢19のY子に『売春』を促したんですよ。」


「・・だからといって殴っていいわけはないでしょう・・」


被害者の奥さんが開き直った。


「・・・ではこれをお聞き下さい。」


自分は居酒屋の当時の店主へも聞き取りしていた、それの音声テープもあったのだ。


テープを聴くと、店主はあきらかに「やめてえや!」というY子の声を聞いて、Y子のいったとおり「ホ別で2万!ホ別で2万!」と被害者は連呼していたという。


「・・あんたって人は・・」


被害者中年男性の奥さんはその鬼の形相を主人に向けた。


どうやら彼には”前科”があるらしい。


彼の娘らしい高校生の制服をきた女の子がシラーっとした顔をして横を通り過ぎていった。


「Y子は今専門学校の学生です。あなたのご主人もおおきな会社に勤めておられます。ここはお互い示談にしたほうが、かしこくないですか?」


とたたみかけたら、


「・・わかりました・・」


と相手はがっくり肩を落とした。


自分は事件にしない旨の示談書をうけとると、玄関で靴を履いた。


「・・・あの・・このことはどうか内密に・・・」


奥さんから後ろ姿にお願いされた。


「・・こちらもあのY子は将来ある身ですから、おおごとにしようとは思いません。お大事に。・・・」


自分はその足でY子と待ち合わせした場所へと向かった。


Y子はしゅんとして、乗り込んできた。


「・・・どうじゃった・・・?」


Y子のその神妙な顔が面白くて


「・・・裁判所で判決が出たよ、Y子は裸で”磔”の刑だってさ・・。」


と冗談を言ってみた。


そんな冗談は聞き飽きたという風に、Y子は向こうをむきため息をついた。


「・・・ほんとのこと言って、・・・どうもできんかった?」


「・・・」


「・・・覚悟できとるけえ・・・。」


自分は彼女に示談書を差し出した。


「・・それ確認してごらんよ。・・」


Y子は手紙を封からだして、中身を見た。


わずかに手が震えている。


自分は彼女の顔を見ずに示談書の一部分を声に出して読んだ。


「・・・甲及び乙は、本件事件について、今後は裁判上・裁判外を問わず一切請求を行わない。」


「・・・」


彼女の目は文面を追っているようだった。


「・・・甲は、本件事件について、乙の犯行を許し、乙に対する刑事処罰を望まない。・・・書いてあるよね・・・?」


それを見た彼女の目はみるみる喜んだ。


「・・・ぎんちゃんすっごい!やったあああ!!」


彼女は人目をはばからず喜び、車の中自分を抱きしめてきた。


※私小説の団体名・個人名・会社名などすべて仮名です。

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