第94話 マンガの意味

しばらくすると福祉課の職員と名乗る人物が表れた。


「・・あなたが娘さんの真智子さんですね?」


「・・・はい」


「・・葬儀のことは・・扶助制度がありますので。・・何も心配することはありません。」


と彼女に伝えた。


「・・もうしわけないんですが、生活保護の方の場合は、通夜、告別式はなくて、そのまま火葬となります、そこだけご了承ください。お骨だけ、お引き取りください。」


とその人物が申し訳なさそうに言った。


「・・・わかりました。」


真智子はがっくりと膝をついたまま言った。


とりあえず遺体は霊安室に入るらしい。


広島への帰路、車の中で彼女はずっと黙ったままだった。


彼女のアパートに着くと、自分は車の中に載せていた彼女の父親の私物、着替えやら本、そのほかが入った段ボールを抱え彼女の部屋の前に置いた。


「・・じゃあ・・気を落とさないように。」


自分が帰ろうとすると彼女は自分の肘をひっぱった。


「・・・ちょっと寄っていって。」


このまま男が彼女の部屋に入ると言うことはどういうことになるのか、自分は自分に自信が持てなかったので


「・・まずいよ・・」


と言った


「・・いいの・・私・・いまぎんちゃんが必要なの・・」


彼女の部屋に入ると、彼女は自分にコーヒーをついでくれた。


彼女はなにか自分に話したいらしい。


「・・私ね・・施設にいて・・両親が離婚したあとも・・月一回はそれぞれの家に泊まりにいけたのよ。」


「・・そうなんだ。・・」


「私ね・・マンガが大好きで大好きで・・・いつも施設に帰るときはお父さんもお母さんも・・私の好きなマンガを買ってくれてた。・・」


「・・・うん。」


「・・・そのうち・・お母さんが施設に迎えに来なくなって・・お父さんだけになったの・・。」


自分は下を向きながら聞くしか無かった。


「・・でもお父さんだけでもいいと思った・・・でも、そのお父さんがね、施設に帰るとき、いつもより多めに、マンガを買ってくれた日があった。・・・」


「・・・」


「・・子供の頃の私はそれがとても嬉しく嬉しくて・・」


「・・・」


「・・でもそれ以降は、お父さんも施設に来てくれなかったの・・・。一ヶ月まっても、二ヶ月まっても・・・もう誰もこなかった。」


「・・・」


「・・私ね・・・そのとき、そのとき初めてそのマンガの意味が分かったわ・・。」


「・・・今でも夢に見るの。私、薄暗いあの鉄格子がはめられた施設の部屋の中で起きて、『おとうさん、マンガ買って!』って叫んでるのよ。」


自分は泣くまいと思っていたがなぜだろう、うつむきながら、目からポロリと一粒落ちてしまった。


「・・・ぎんちゃん!わたしのお父さん、いなくなっちゃったよう・・・!」


彼女は自分の胸をつかみ、その顔をうずめ、泣きじゃくった。


ひとしきり彼女は泣くと、自分を見上げた


ずっと見つめられた。


自分に彼女を抗う能力はもう残っていなかった。


・・どれくらいの時間が過ぎただろうか、自分はぼんやりとめざめた。


裸の真智子が、隣で寝息を立てていた。


でもどうしてだろう、自分はY子のときのように、あまり後悔していなかった。


どうしてだろう、後悔していなかった。


自分はこちらを向いて寝ている彼女の手にじぶんの手をのせて


「・・今日は帰るね。」


そう言った。


彼女は目をあけると、悲しそうにこちらを見つめるだけだった。


深くため息をつきながら、自分は彼女のアパートを後にした。


※団体名・個人名・会社名などすべて仮名です。

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