第87話 天使の羽が舞う場所で
みどりが去った後、静寂だけが残った。
何気なく言った一言が、今まで文句らしいこと一ついわなかった彼女を、氷のような目つきに変え、自分の左頬をぶたせ、家から追ってしまった。
彼女があのような表情になったことは少なくとも今まで一度もない。
いつもならこの時間、みどりがTVを見て笑っているか、自分に冗談を言って楽しんでいる最中だ。
だが今は何も無い。
しんとした静寂だけが残った。
ベッド脇でへたりこんだ自分は
「・・たいへんなことをした。」
と思った。
何気ない一言のつもりだったけれども、彼女をあそこまで怒らせてしまった。
いつもの彼女なら、泣いて怒っているか、へたりこんでシクシクしているか、どっちかだ。
それがどちらでもない。
あんな氷のような彼女の目を、自分ははじめてみた。
人を軽蔑しきったときの目そのもの。
自分はすわりこんだまま、頭をかきむしってしまった。
”・・ああ、くそ、くそ・・俺はいつもこうだ。”
しかしその途中ハッとした。
”この広島で、彼女は1人も知り合いがいない。この時間、どこへいくつもりか。広島のこの辺にはへんな輩も多い。もし拐かされでもしたら・・?”
時計は夜11時。
自分はとるものもとりあえず、外にでた。
車のエンジンをかけ、急発進した。
近くの川辺、夜まで空いているボーリング場、ホテルにいって、彼女の写真までみせた。
警察にまでいこうと思ったが、自分はいまだ彼女の下の名前しかしらない。
警察が動いてくれるわけがない。
それでも自分は、近くを車で走り回った。
駅ですわりこんでいないか、公園でへたっていないか、とにかく走り回った。
しかしムダだった。
焦燥感だけが残る。
そのうち車のフューエルランプが赤く灯った。
疲れ果てて明け方ちかく家に帰り、ベッドの脇に座り込み、途方にくれた。
頭をかきむしって考えた。
「どうかんがえても・・俺が悪い。」
呆然とするしかなかった。
空が明けかけたそのとき、”ガチャン・・カチャカチャ”と音がして、ベッドルームに誰かが入ってきた
人影があるので、そこを見てみると、みどりさんがそこに立っていた
「・・・こら、はんせいしてるか!?」
と、にっと笑みを浮かべてこちらを見下げているみどりが立っていた。
自分がびっくりして彼女を見上げていると
「・・・ちょっとクスリになったかな?」
とにやにやしている。
「・・どこへいってたんだよ・・?」
彼女は自分の隣に座って、自分に頭を傾け手をつないできた。
「・・どこにもいかないよー。・・ただファミレスとかまわって、広島甘いものめぐりしてきた。」
「・・ほんとうか?へんなことなかったのか?」
「・・そんなこというぐらいなら・・みどりさんにあんなこといっちゃいけないぞ。」
と言った。
自分が未だに呆然としていると彼女はいまだにいう。
「・・ほんとおかしかったわ、ぎんじろうさんの銀のBMが、猛スピードでファミレスの前を何回も往復していくんだもん。・・」
ため息をついて
「・・・許してくれるの?」
というと
「・・・どうかなあ、許そうかなあ・・どうしようかなあ。」
とみどりはこのシチュエーションを楽しんでいるようだ。
「・・じゃあね、明日の日曜日、みどりさんを”宮島”につれていくこと。」
「・・・・。」
「・・みどりさんは鹿さんがみたいのだ。」
自分はみどりに抱きついた。
みどりは自分を抱き返し、ため息をつきながら
「・・今日甘いぶん食べただけ宮島歩いてとりもどさないとね。」
と明るく言った。
”・・・この人はほんとうに天使なんだ。”
みどりを抱きながら思わずそう感じた。
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