第88話 宮島と平家蟹
みどりが宮島に行きたいというので、ほぼ徹夜の、身体中の血液がオイルのようになった状態で自分は車を宮島まで走らせていた。
みどりは昨日の夜ずっとファミレスのはしごをしていたとかで疲れているらしく、車の助手席で寝息を立てている。
朝日に照らされる彼女の顔を見ているとなぜだろう、涙がでてきた。
対岸の宮島口に車をとめ宮島につくとみどりがはしゃいだ。
「・・・ぎんじろさん!!鹿だよ!鹿だよ!!」
鹿が野放しで手に触れる距離にいるのが珍しいらしい。
自分は徹夜明けで長距離ドライブだったから
「・・はい、そうですね、いますね・・・」
としか答えられない。
「じゃあ・・厳島神社まで海沿いを歩こうか・・」
というと
「・・うん!」
と元気よく返事をして腕を組んできた。
よっぽどうれしいらしい。
宮島は日本三景として有名なところだ。
個人的には松島や天橋立よりも見所は多いと思う。
風光明媚な山々、鹿、ロープウエー、水族館、厳島神社と、狭い場所に見所がひしめき合っているから、見る者を疲れさせにくい。
しかし途中で思わぬことが起こった。
自分は途中さすがに疲れて
「・・ちょっとここで休もう、ジュースでも買ってくるよ。」
とみどりさんを途中のベンチでやすませていたのだが、ジュースを買って戻ると、みどりさんの悲鳴がする。
「・・・きゃあああああああ!こないでえええええ!!」
何事と思い、悲鳴の方向をみると、腕に鹿せんべいをたくさん抱えたみどりさんが、鹿達に追われている。
自分は大変だと思い叫んだ。
「・・・みどり!その袋を捨てるんだ・・・!!早く!!」
鹿の一頭がみどりのお尻めがけて頭をつっこみ、みどりは雨上がりの泥の中しりもちをついた。
そのあたりに白い袋としかせんべいが広がった。
なきべそをかいているみどりさんのまわりに鹿達が集まっている。
周囲の観光客が笑っていた。
自分は呆れてしまい
「・・ばかだなあ・・鹿せんべいなんてそんなに持ったら、鹿が集まって当然じゃないか。」
「・・だってだって、あの子鹿さんかわいかったんだもん。・・」
「ぼくは生まれてはじめて千円分もしかせんべいを買った人をみたよ。」
みどりの腰のあたりが濡れている。
「・・鹿ってね、君が思っているより凶暴なんだぞ。・・分かったらいこう。ほら、立って。」
自分はハンカチをとりだし、泥がついているみどりの腰のあたり、手をふいてやった。
それにしても、こんなにはしゃいでいるみどりさんを見るのは初めてだった。
今までのストレスをはじけ出すようにみどりさんは宮島を楽しんでいた。
銀次郎は広島の人間なので、宮島は来慣れていたし、何よりも故郷の島と隣島でもあったので、子供の頃から何回も来ていた。
銀次郎にとってはそんな島であったが、もともとは東京で生まれ育っているみどりさん、彼女にとって山頂にいる野生の猿の群れやら、水族館、神社、ひとつひとつが、珍しいらしい。
みどりさんがここに来て驚いたことのひとつに、ヘイケガニがある。
自分が宮島の有名な鳥居の近くを歩いていると、小さいカニがいたので捕まえていた。
みどりさんは興味深げに自分のもっているものをみつめ
「・・それ・・なに?」
と聞いてきた
自分がそのカニをみせると
「・・きゃっ・・」
と驚いた。
「・・・人の顔してる・・・」
そう、ヘイケガニの甲羅は人の顔、しかも憤怒の顔をしている。
「・・・ここの漁師達はヘイケガニを捕らないんだ。・・壇ノ浦の戦いをみどりさん知っているだろ。あれの平氏の怨みがこのカニにはこもってるって。」
みどりさんは考え込んで
「・・それってぎんじろうさんが考えたゲゲゲの鬼太郎のことじゃなくて?」
そう言った。自分は笑って
「・・ちがうよ、実際、この甲羅、そう思うでしょ。このカニは生き残るために、そのDNAを受け継いできたんだよ。」
「・・・」
「・・DNAは怖いね。」
みどりさんは考え込んでいた。
夕闇が迫る頃、宮島の港がサイレンと共にアナウンスをしだした。
「・・次の宮島口へのご乗船は・・・」
宮島から本州の宮島口へは船しか無い。
「・・じゃあそろそろ、対岸へ帰ろうか・・楽しかった?」
みどりさんは輝くような笑顔で
「・・・うん!」
と言った。
自分たちは宮島の夕日を浴びながら、手をつないで帰る。
車に乗ってしまうと、みどりさんは疲れ果てて寝てしまった。
車に載って2分で寝るのは彼女の特技の一つだった。
今日は疲れているだろうから、特にそうだったろう。
自分はやれやれと思って、彼女にシートベルトつなぐと、彼女は目を開けてしまった。
「・・ごめんね、おこしちゃった。・・」
と自分が焦ってそういうと彼女はううんと首を横にふって自分の手を握ってきた。
「・・・ぎんじろうさん、私のこと愛してる?」
と聞いてきたので
「・・もちろんだよ。」
と答えた。
みどりは
「・・じゃあ、きのうのこと、ぜんぶ許してあげる・・」
と言って寝てしまった。
夕闇が、瀬戸内の島をオレンジに染め上げる中、自分たちを乗せた車は瀬戸内の道を家路に戻った。
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