第84話 女々しい男

朝になると横で寝ているみどりを起こさないようにして無理矢理自分を起こす。


春の冷たい水を顔に浴びて、気合いを入れる。


簡単な運動とランニングも始めた。


つくづく女々しくなった自分に活をいれるためにも。


自分がどれほど情けなくて惨めな男か、誰よりも自分が知っている。


「・・そこまで無理しなくても」


とみどりは心配してくれるが、肉体を追い詰めることで余計な思考が入る余地をなくなる。


Y子と会うには会うが、できるだけ必要最低限の用事にとどめた。


Y子が看護婦の専門学校に通う間は、授業料と交通費を定期的に渡すと自分で決めていたので、そのためもある。


この日もY子に会うため、仕事を終えると、いつもの駅前に車で待っていた。


横にいるY子のバッグに茶封筒に入れたお金を入れ、


「・・じゃあ、家まで送るよ。」


というと。


「・・わたし、こんなお金いらんよ・・・」


と言い出した。


「お金の関係じゃない。・・そばにおってくれるだけでうれしい。」


Y子の気持ちはわかるので強めにいった。


「・・Y子の気持ちがわかるから、俺はそれを助けているだけだ。以前のY子じゃないだろ?」


「・・・・。」


「・・今日からでも人生を変えるんだ。昨日までの自分はどうであれ、明日からは違う自分になれるんだ・・。Y子はただ、今の自分に誇りを持って、勉強していればそれでいい。」


「・・・。」


直接にでも会えば心が揺れる。


「・・今度から君の銀行にふりこもう。」


そういうと彼女はうなだれたまま銀次郎の手を握った。


「・・会ってくれとるから勉強できとるんよ・・。会ってくれんようになると・・どうなるか自分でもわからん。」


「・・そんなこといっちゃだめだ。」


Y子はいう


「・・ぎんちゃんは女を理解しとらん。自分を見てくれとる男がおるけえ頑張れる。そんな女もおるんよ。」


言葉に出して言えるなら自分もいいたかった。


みどりさんだけのためではない、Y子の援助もしなければいけない。だからこそ自分も仕事を頑張れる。


身体は身体でY子のすべてを知っている。


できるだけなら、今は自分のものだけになっているY子を、自分の色で染めつくしたかった。


他の男の手に染めさせたくはない。


Y子もY子で、銀次郎の身体を熟知している。

彼女はおそらく自分自身の魅力をしっているのだろう。


”他の女を・・抱けるものなら抱いてみろ。”


心の奥底で、銀次郎の身体にそう叫んでいるようにも思える。


そのせいか、家ではみどりを抱けなくなってきている。


ただ、いつかはこの関係に決着をつけるべきだ。


「・・タカシは、『さいきんねえちゃんかわったね』っていってくれるよ。」


「・・かわったわけじゃないと思うよ。弟さんにそう思われているのだとしたら、それがもともとのY子だったんだよ。」


「・・ぎんちゃんはそうやっていつも励ましてくれるね。」


いきなり車の中でY子は唇を重ねてきた。夜とはいえ目立つ。


「・・・ちょっと待て、いくらなんでも。もう学生じゃないんだ。」


彼女は真剣な目で見つめてくる


「・・うちはあんたを・・はなさんよ・・。」


彼女は車のドアをガチャッと開け、足早に降りていった。

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