第66話 聖母だろうと観音だろうと

会社で行うイベントの責任者として東京出張が多くなってきた。


なんだかんだ言いながらでも自分を信用して使ってくれる社長に報いるべきだという気持ちがあって、それはそれで忙しい毎日を送っていた。


みどりさんには仕事が終わるのと同時に毎日電話をかけていた。


一方Y子のほうは、忙しい日常にまかせて、忘れるよう努力していた。


Y子もあれだけの美貌だ。そのうちちゃんとした彼氏もできるだろう。


Y子が言ったあの言葉


「・・うちが他の男に抱かれてもええんか!」


あの言葉がずっと耳朶について離れないが、頭をかきむしるようにして忘れることにした。


似合わない宗教にも頼った。


ホテルの机には小さいマリア像をおいて、人知れず祈ったりもした。


自分にはマリアであろうが観音でもなんでもよかった。

あのY子の声を忘れさせてくれれば。


しかしこんなときほどタイミングよくY子から電話がかかる。


本当に不思議だ。


こっちが苦しんでいるときにタイミング良くかかってくる。


自分も自分だ。出なければいいのだが出てしまう。


しばらくの静寂のあと、絞り出すような声で


「・・あいたい・・・」


と言ってくる。


なんにも言い返せない自分が情けない。


「・・いまどこにおるん?」


「・・東京だよ・・」


「・・いつかえってくるん?・・」


「・・あと3日後。」


「・・・」


泣いているのがわかった。


「・・こっちにこないか?」


と、とうとう言ってしまった。


「・・いってええん?・・」


「・・いいよ、チケットのお金は後で払うから、飛行機でおいで・・羽田で待ってるから。」


といってしまい待ち合わせ場所を指定して切った。


自分はベッドでまたあたまをかきむしってしまった。


「これきりにしよう・・・これきりにしよう・・・銀次郎。」

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