第62話 福の神

働き先で銀次郎は順調だった。


配達先で取引先にさらに紹介を受けて販路を広げ、さらには小売店からのアドバイスや客からの意見はすべてレポートになおし社長や上司に手渡した。


入社数ヶ月後には主任に抜擢され、一地方の新規開拓チームの責任者として任されるようになった。


配達の車には乗ることはほとんどなくなって、ネクタイをはめ時々社長のそばにいるまでなった。


社長の車の運転手になっているとき言われたことがある


「・・お前な、はよ結婚せえ、女おるんじゃろ?」


自分はプライベートを社長には話さない。


「・・・不思議な男やなお前は、飲みもせんし、競馬もパチンコもやらんしな。お前がその気なら・・俺はそのうち仕事ぜんぶ教えたろ思いよるんじゃ。」


「・・もったいないお言葉です。社長に拾われてここまできたのですから、会社のために何ができるか。勉強の毎日です。」


自分の本心だった。


「・・会社でのー、いろいろ愚痴タラタラならべよるんもおるけど、あげな奴らコトんならんのじゃけー相手にしたらだめど?お前はバンバン売り上げあげてきたらそれでええんじゃ。」


自分はひとこと


「・・そのつもりです。」


と言った。


自分は半年前を思い出した。


履歴書がほぼ空欄だった自分にあまりこだわらず


「・・君は信用できる気がする。」


と言ってくれて、採用してくれたのは社長だった。


周囲の人間は実は反対していたと言うが、社長の一言で採用が決まったというのは後から聞いた。


最近では引っ越しもできて、家具も買え、少なくともみどりと食生活で困ることはなくなっている。


自分がいぜん社長から


「・・お前、スーツを買ってこい、明日から○○の販促と営業、俺といくんじゃ。」


といきなりいわれたとき、自分は何か見繕って背広を用意しないといけないときがあった。


社長はスーツ代としてポケットマネーから3万円を出してくれた。


家に帰ってみどりに相談すると


「・・それで、どうするつもり?」


「・・そうだなあ・・”はるやま”にでも行ってくるよ。」


というと


「・・だめよ、そんなんじゃ。」


とたしなめられた。


「・・男にとって背広って鎧とおんなじよ。安いスーツはわかる人にはわかる。苦労してでもスーツは高いものを買うべき。男の価値はスーツじゃ無いけど、スーツは仕事場で男の価値を高めてくれたりもする、世の中にはそういう見方をする人もいるのよ。」


彼女は自分たちの貯金からまとまったお金をおろした。


それで自分と三越まで行き、銀次郎は彼女が選んだスーツと靴をまとった。


彼女の意見は当たっていた


自分のスーツと靴を見た社長は、


「・・お前!気合いがはいっとんなあ!」


と賞賛してくれ、


「そのスーツやったら、これが似合うやろ。」


と自分のお古の時計であったオメガまでくれた。


みどりの内助の功は細やかな食事の気遣い、掃除洗濯にいたるまで行き届いていて、みどりと会ってからと言うもの、自分の生活は放浪していた過去の生活とは一変した。


自分は心の底から彼女に感謝して、


「・・福の神ミドリさん」


と彼女を呼んでいたが、


「・・あなたは元々素質があった・・それだけのこと。」


と笑ってとりあわなかった。

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