第7話  田舎道と温泉と

無人とは言え、一応キャンプ場の管理事務所なる場所へ電話をかけた。


エンジンをかけたまま車を降り、田舎道のたばこ屋の赤電話で電話をかける。


「・・あーあそこへおいでですか、でも誰もいませんよ?本当に、いいのですか?・・・わかりました。それでは鍵をあけておきます、電源もトイレとか炊事場は入るようにしておきますので、ゴミだけお願いします。」


とのことだった。


田舎のシーズンオフのキャンプ場はこんなものなのか。


彼女は車の中で待っている、周囲に広がる山々を眺めているようで、気分転換にはなっているようだ。


キャンプ場に泊まるのだから、彼女のトイレの問題はなんとかなるだろう。


問題はお風呂と着替えだ。


男1人で今までどおり旅するなら風呂は何日か入らないでもがまんできる。


パンツも汚い話、裏替え・・・(女性読者から軽蔑されそうなので割愛)


でも彼女、みどりさんはそうもいかないだろう。


田舎特有の「しまむら」みたいな個人の店をみつけたので、そこへ彼女を案内した。


「たぶん・・今から何日間か旅は続きます。下着とか、肌着とか、ジャケット、自分がついていると、お恥ずかしいと思います。あと、お風呂や車内で過ごすのに、スリッパはあったほうがいい。一万円ありますので、これでお買い求めください。」


彼女へ一万円札を渡そうとしたが、彼女はそれを受け取らなかった。


「・・・カードがありますから、大丈夫ですよ。」


田舎の個人点で、カードが通じるかどうかわからなかったが、どうやら使えるらしかった。


自分は外の車で待つことにして、彼女の買い物を待った。


彼女は真新しい白い買い物袋を小脇に抱えて、


「・・ごめんなさい、お待たせして。」


と言った。


その反面自分は後悔もした。


昨日なんとはなしにハンガーにかけられた彼女の例のうすい空色のセーターを見たが、その襟についているタグは、自分にも見覚えのある、デパートでしか買えないようなブランドだった。


そんな彼女にこういう田舎の店で服を買えとは。


まあでも仕方が無い、車中泊の旅で、そういうブランドの服は、煙や風にまかれる毎日の中、あまり意味はないだろう。


彼女に一抹の後悔の念を抱きながら、車は途中の山間を、山奥へ山奥へと向かっていく。


田舎には特有の看板がある。


みなれた”カクイ綿”や、どこかのサラ金のホーロー看板、1人でみるよりも彼女とみていた方が楽しい。


彼女がどう思っているのかわからないが、自分の赤いファミリアはなんとか快調に山の道を進んでいく。


途中で、探していた公衆銭湯についた。


県外にも知られる小さい銭湯で、戦前からある地元の銭湯だ。


木の作りで、中の風呂場はすべてがタイルでできている。


温泉の成分がこびりついていて、ところどころが茶色に変色している。


「素敵なところですね・・」


そこにつくと、彼女も感心したようだ。


「それじゃあ、シャンプーとタオルは中で買ってください。

女性は男より長くかかるでしょうから、僕はそとの駐車場で待っています。」


自分は車に乗せてある自分用のタオルと石けんをビニール袋にもって、いそいそと出かけた。


こういう山あいの銭湯は気持ちいい。


中身はなんのことはない、味も素っ気もない東京の下町にあるような銭湯だが、ただ温泉という成分が見た感じを一新させているのか、タイルのところどころが茶色であり、しかも心地よい匂いが充満している。


しかし一方で、頭の中は彼女の身体を想像していた自分もいる。


華奢な細い身体つきのわりには、胸が多きかった。


風呂に入り天井を見ながら、昨日の夜、男女の関係にはならなかったが、彼女の心地よい体の匂いがまだ鼻腔いっぱいに残っているようで


「・・おっぱい大きかったなあ・・」


なんて不埒なことを考えたりしている。


そんな自分に恥じて湯を顔にあて、さっさと湯からあがることにした。


車中泊の旅で長湯は危険だと経験で知っている。


炊事洗濯、アウトドアでの作業は、室内で生活するそれよりもはるかに体力を要求するのだ。


寝るときには車の前席のシートのヘッドレストを外した上、すべて倒し、後席に身体をまかせるシートアレンジが必要だ。(自分の愛車のファミリアは、そのようなシートアレンジができる。)


それさえも体力はつかうのだ。長湯は体力を使うので危険、しかも今は女性もつれている。


そう思って着替え場にでて、透明なガラスケースの冷蔵庫に入っている当時特有の缶ジュースHi-Cオレンジを買った。


扇風機の近くにおいてある籐椅子に身体を預けながら、これからの夜のことを思う。


「・・せっかく自殺を思いとどまらせたのだ、自分は最後まで彼女の弁慶であるべきだ。薄汚れた自分ではあるけれど、不潔なことを考えるべきじゃない。」


改めて自分にそう命じた。


何気なさを装って、車で待っていた、もう夕闇があたりの山々を覆い始めている。

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