第94話 不安しかない咲月さんの行きたい所(奈良①)
「奈良は京都とは全然違って、お寺がある~って感じの街ですね」
「そうですね、静かな街ですね」
俺と咲月さんははじめて降りた奈良駅に興味深々だ。
昨日は京都に泊まり、今日は朝から特急電車に乗り奈良にきた。
事前に調べておいた電車がちゃんとあると嬉しいのはなぜだろう。
乗り換えアプリの中に出てきた電車がここに……! よく分からないがテンションが上がる。
本当に数駅しか停まらず奈良まで来たが、やはりかなり遠かった。
京都・奈良……で観光をくっ付けるのは多少無理があるように感じる。
別で考えるべき距離感だ。
しかし同じ寺がある……というジャンルでひとつにしてしまう。
地下アイドルも電波系、癒やし系、元気系、闇系……色々あるが、結局地下アイドルという枠にいれてしまう。
仕方ない、気持ちはよく分かる。
奈良に到着してまずは荷物を預けるために駅前を歩いているのだが『奈良』という有名な駅なのに、かなりこぢんまりとしていた。
そう見えてしまうのも仕方がない。京都は予想以上に都会だった。
いや、都会すぎた。
鈴虫寺に行ったあと、抹茶スイーツを食べたいという咲月さんのオーダーを受けていたので、祇園へ向かった。
これがもう都内より混雑していたのだ。
商店街が続き、川があり、趣がある雰囲気なのに、歩道にはみっちりと人がいてZARAやH&M、電気店と、店が密集していて歩くことも困難だった。
なんとなく京都のことを「寺が点在している静かな町」だと思っていたが、想像以上の大都会だった。
俺は荷物を肩にかけながら、
「咲月さんは札幌に行かれたことありますか?」
「ないです。隆太さんは行ったことあるんですか?」
「仕事で何度か。京都と札幌は似た空気を感じましたね」
俺は京都を歩いていた時に思っていたことを口にした。
そしてなんとなく思い出しながら、
「東京だと離れて店があることも多いですが、京都は寺が多いからこそ店が出せる場所が決められていて、コンパクトに収まっているのでしょうか。一か所にすべての店が集まってる感じだったじゃないですか。札幌に行った時もそんな感じだったんです。札幌はすべて地下道でつながっているんですよ。地上は吹雪なのに、地下鉄と地下道を使うと目的の場所まで一度も外に出ずに行くことができました」
「えっ、地下ダンジョンじゃないですか、そんなの」
「なんと北海道出張に慣れている長谷川さんが半そでだったんです」
「長谷川さん鉄人なのでは?!」
「地下道は暖房が効いていて、都民からすると暑いくらいなんですよ。俺は寒いと思ってかなり厚手の上着を持っていたんですけど、荷物になるだけでした」
「意外ですー」
「上着は地下道で直接行ける会社に打ち合わせにいくだけなら不要でした。有名店もすべて地下街にあり、美味しく食事も頂けましたし」
「えっ、ちょっと興味が出てきました。私、実は北海道で行ってみたい所があるんですよ」
咲月さんは目を輝かせてスマホを取り出した。
「網走で流氷の上を歩けるツアーに行きたいんです。とあるドラマで主人公たちが流氷の上、手を繋いで歩いてて……素敵だったんです!」
網走……流氷……?
あまりに想定外の場所に俺は眉をひそめる。
「それは……なぜふたりはそんなところに」
「僕は死にましぇん!! の氷バージョンですよ」
「しにましぇ……?」
「古いドラマなんですけど、武田鉄矢が自分が死なないことを証明するために車の前に飛び出して『僕は死にましぇん』って叫ぶんです。私は再放送で見たんですけど、そのシーンだけ覚えてます」
「なるほど。聞いたことはあります。その氷バージョンってことですね」
「そうなんです。まあそのドラマはそう叫んだ直後に氷が裂けて氷点下の海に主人公が落ちて心停止するんですけど」
「死んでますよね」
「生き返りました」
「なるほど?」
咲月さんは画面をスクロールさせながらマップを出して、
「行きたいなあって思ったんですけど、こんな北海道の先のほう、どうしたらいいのか全く分からず忘れてました」
マップで見ると網走は本当に北海道の先で、場所だけ見ると「おお」と思うけど……、
「氷に落ちて心停止したんですよね? そんな危ない所……」
「大丈夫、その後生き返りましたよ!! 『僕は死にましぇん』ですよ!!」
死んだのでは?
咲月さんは手を大きく広げて死にましぇんと両手をパタパタさせているが……どう考えても危なすぎる。
それほど旅行が好きでもないと言っていたのに、聖地巡礼になるととんでもない場所に行きたがるのが咲月さんらしすぎる。
咲月さんはススッと俺のよこに寄ってきてスマホの画面を操作した。
「なんとここに行くと、流氷をバリバリ割って前に進む船に乗れるんですよ?! すごい、バリバリ氷割って進む船とか乗りたいですよね?!」
画面をツイツイと引っ張って画面を見ると、流氷を割って進む船の写真が出てきた。
確かにこれは少しカッコイイ。
カッコイイが……、
「冬の海で天候に恵まれ、船が出せる日など少ないのではないですか?」
サイトをよく読むと、二週間以上滞在しないと船が出る確率は低いと大きく書いてあった。
それを伝えると咲月さんは口を尖らせて目を逸らし、スマホをポイとコートのポケットに入れて、俺に一歩近づいて人差し指をピンと立てた。
「北海道の先ですよ? 机上旅行部の隆太さん、行くのがどれくらい大変なのか……調べてみたくないですか?」
「……咲月さんは俺のコントロールに慣れてきましたね、調べるのは好きです」
「やったーー!」
そういって咲月さんは両手をパチパチさせて喜んだ。
ドラマの中とはいえ落ちたら命の危険がある氷の上に咲月さんを連れていく気はないが、調べるだけなら楽しそうだ。
パパッと東京から網走を検索すると、女満別空港には東京から直行便があり、1時間55分で行けてしまうことが分かった。
こんな所にも空港があるのか。こういうのを調べるだけで楽しい俺は机上旅行が好きすぎる。
予想以上に近い。いやいや、たぶんだが流氷がある時期も限られてるし、風で流れてくるものだから天候にかなり左右されるだろう。
単純に考えて陸から離れるほうに向かって風が吹いていたら氷は遠ざかるのだし。
行ったからと言って見られるものではないだろう。しかし予想以上に便数があり驚いた。
流氷があるということは真冬……真冬に車の運転をしたことはないが、レンタカーを借りたとして都民が真冬の北海道で普通に運転できるのか?
少し興味が出てきてしまった。
こうして言われただけで楽しく調べてしまう俺はやっぱり咲月さんに弱いけど、言われないと興味さえ持たないので、そういうのは楽しいと思う。
旅行先に来ているのに、次の旅行先のことを考えてしまう。
咲月さんといるとそこら中が楽しそうに感じて、そこにいる自分を想像するだけで楽しい。
「さあ、鹿さんへいきましょうー!」
「はい」
荷物を預けた俺たちは、手を繋いで奈良公園へ向かって歩き出した。
咲月さんは可愛い手袋を白の軍手に変えて目を光らせた。
「準備は万端ですっ! いきましょう!」
事前に調べると鹿の体にはダニがいるらしく、触るなら軍手必須らしい。
咲月さんは白の軍手をにぎにぎさせてスキップしているが大丈夫だろうか……。
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