第93話 合戦の謎


「ひえええ……隆太さん、すっごい雪です、すっごいです、京都もあんなに積もってるんですか? お散歩無理なんじゃないですか?」

「ちょっとまってくださいね……いえ、京都の天気予報はくもりだし、積雪もないようですね」

「じゃあなんであんなに雪があるんですか?」


 私は窓の外に見える大雪を見て興奮していた。

 今日は冬休みを利用して隆太さんと二泊三日の京都奈良旅行に来ている。

 仕事でも名古屋より先に行くことはほとんどなくて、名古屋を越えたときからわくわくしていた。

 暖かい新幹線の中でビールを飲んでいたら窓の外に突然雪景色が広がったのだ。

 名古屋まで晴れてたのに突然!

 隆太さんはスマホで現在位置を調べながら、


「あ、わかりました。今通過したのは関ケ原という所で『日本海から敦賀湾へ流れ込んだ湿った空気が琵琶湖の北東部をかすめ、伊吹山地と鈴鹿山脈の間の谷筋を抜ける。 その際、米原・関ヶ原地区に大雪を降らせる』らしいです」

「へええ~~~、そんな絶妙な隙間を抜けて雪が降ってるんですね。あ、ひょっとして関ヶ原ってあの、関ヶ原の戦いの場所ですか?」

「そうですね、その場所だと思います」

「こんなところにあるんですね。通過してみないと分からないですね」


 私が隆太さんの腕にぎゅっとしがみつくと、隆太さんは私の頭にトンと頭を置いて、


「大阪には出張で来ますけど、いつも眠っていて景色を見たことなんてなかったです。咲月さんと来るだけでいつもの場所が違って見えて楽しいですね」


 とおでこにキスしてくれた。私は嬉しくてさらに腕にぎゅっとしがみついた。

 隆太さんはグーグルマップで関ヶ原を見ながら、


「ああ、なるほど。マップで地形をONにするとよく分かりますね。大阪側から名古屋側に抜ける隙間のような場所なんですね。なるほどここは決戦の場所になりますね」

「本当ですね。こんなに雪が降るなら別の場所に新幹線通せばいいのにーと思ったけど、これはここしかないですね。決戦する時って、こう……名古屋側からトコトコ行って、大阪に方に歩いていったら、向こうから敵が来た、よしここでヤルゾ~~~ってほら貝とか吹いて知らせるんですかね?」


 戦国時代の事とかまったく分からないけど、〇〇の決戦! とか謎なのだ。

 だって昔は携帯電話もなかったからお互いの場所もわからないのに、どうして開けた場所で「うおおお」と闘うことになったんだろう?

 突然出会って「うおおお」するには、合戦って人が多くない?

 隆太さんは私の言葉に吹き出して、


「すいません、俺もあまり詳しくないですけど、音を出して敵に位置を知らせるのはどうでしょうかね」

「お互いある程度姿見えてる状態で、人を溜めてから戦うんですよね? なんか変な感じですね、たぶんお互いに見えてるのに。お手紙とか敵陣営に出すんですかね? この日に戦おうぜいみたいな。モンハンの狩りしようぜみたいな」

「日付が分かったらその前に踏み込もうとか考えそうですよね」

「そうなりますよね? どうやって合戦の日付が決まるんですかね」


 私と隆太さんは戦国時代ものとか全く知識がないので、二人で適当に妄想して盛り上がった。

 みんなでウオオオって城に攻めて行ったほうが強そうだけど、城は城で大変なのかな?

 場所分かってるぶんだけ楽じゃない?

 地形って歴史とくっ付いてて楽しい。

 そして名古屋からあっという間に到着した京都には全く雪がなくて晴れていて感動してしまった。

 間だけ雪が積もっててすごい!

 はじめて降り立った京都駅は名古屋と同じくらいの広さだった。

 天井が高くてカッコイイ駅!

 隆太さんが立てたスケジュールを見ると、今日は宿泊するホテルに荷物を預けて、鈴虫寺に行くことになっていた。


 最初に「旅行に行こう」と決めたとき、隆太さんに「どこか『ここだけは行ってみたい』というところはありますか?」と聞かれていた。

 ガイドブックを見ると京都には無限のお寺があって、目的を絞らないと「歩き回るだけで疲れる」結果になりそうだと言われたからだ。

 その時私は「鈴虫寺!」と答えた。

 そこは前に見た映画で「ひとつだけ願いが叶うお寺」と言っていたのだ。


 実は来年MTUに出演している人たちが来日して、撮影会が決定している。

 私が大好きなドクターエイトを演じている俳優さんの撮影会もあるのだが……ちょっと信じられない倍率なのだ。

 はあい、私は会社員オタク。お金を稼いでいるの。

 だから一番人気の無料枠で当選するのはあきらめて、少しお金を払った枠での当選を狙っている。

 そこでも倍率は一千分の一らしい。ああっ、どんな奇跡?! それでも日本にほとんど来ない俳優さんが来てくれるのならフィギュアにサインを入れてほしい、家宝にしたい! その願いをぜひ叶えて欲しいと思った。

 隆太さんはそれを聞いて「そんな素敵なお寺が。それは行ってみましょうか」と言ってくれた。

 隆太さんもきっとお願いごと、たくさんあると思う! 聞かないけど!!


 鈴虫寺は京都から電車を何本か乗り継いだ所にあるようだった。

 私はあまり旅行に行くタイプじゃないけど、中校生の時修学旅行の電車は、大きな本で調べた覚えがある。

 そもそもどの電車に乗って行けばそこに行けるのか……から調べて、駅の大きさもわからないし、乗り継げるのかもよく分からず、すごく苦労した覚えがある。それなのに今はアプリですぐにわかる。

 私は隆太さんの後ろをついて歩きながら、


「どこら辺に乗るのかも全部教えてくれて……本当に楽ですね。時刻表の本、今思い出してもめまいがします」

「ああ、俺は今もあれが結構好きですよ」

「えっ?!」


 予想だにしない言葉に私は普通に叫んだ。

 あのみっちり書かれた本が好き?!

 隆太さんはアプリとマップで現在地を確認しながら目を細めた。


「こう……時刻が縦に並んでいて、こことここの間はすごく長いな……とか、ここで待ってて、この電車を通すのか……とか考えるのが好きですね。小学生だった頃誕生日プレゼントに時刻表の本を買ってもらったのを覚えています」

「えーーっ、そんなに好きだったんですか」

「知ってますか? 青春18切符」

「高校生が使う切符ですか?」

「大人も使えるんですよ。基本的に普通列車に使える切符で、乗り放題になるんです」

「へええーー、楽しそうですね」

「高校生の時にアイドルのライブにいくために使ったんですけど、時間はかかるけど楽しいですね。主に計画を立てるのが」

「隆太さん、本当に計画するのが好きですね!」

「これが自分でも面白いと思うんですけど、実際行かなくても計画するだけで満足なんですよね」


 隆太さんは今回の旅行用に作ったタイムスケジュールを出して微笑んだ。

 私は準備と調べるのが苦手だけど、どこかに行くのは好きなので、こうして隆太さんと旅行にくるのは最高に楽しい!

 鈴虫寺の最寄り駅に着くと、目の前に大きな鳥居が見えた。

 あれもこれも寄っている時間はないけれど、駅をおりてすぐに大きな鳥居が見えると、いつもと違う場所に来たんだなあと思える。

 鈴虫寺へはバスが出てきて、それに乗り込んだ。

 鈴虫寺では「鈴虫説法」という住職のお話を聞いてから、お願いごとする……という約束がある。

 それは一日8回受け付けていて、GWなど人気の時は、並んでいてもその回に入れず、一時間待つこともあるようだ。

 今日は1月でもかなり寒い日で、パラパラと雨が降りだしたのも関係しているのかお寺近くのバス停で降りて来てみたら、それほど並んでなくて安堵した。

 それもそのはず……パラパラと降っていた雨はみぞれまじりの雪になりはじめていた。

 お寺に続く階段に並び、隆太さんは傘を開いて私を抱き寄せた。


「くっついているほうが、寒くないかも知れません」

「そうですね。前に15人程度しか並んでないし、一回で入れそうですね。……えへへ」


 私は隆太さんにしがみついた。

 よく考えると、前に隆太さんと旅行に行ったのも寒い時期だったことを思い出した。

 私はコートの前をあけて抱き寄せてくれる隆太さんで暖を取りながら、

「朝日を見た時のことを思い出しました」

 と胸に頭を埋めた。

 隆太さんは私を優しく抱き寄せて、

「ああ、あれも寒かったですね。よく考えると冬にばかり旅行してますね」

 と微笑んだ。夏は毎年実家に帰って手伝っているのもあり、あまり好きな季節ではない。

 でもこの前の帰省は本当に楽だったから、隆太さんと一緒なら夏も好きになれるかな……としがみついた。

 時間になり神社の中に入ることになった。入り口から入り、大きな広間のような場所に向かう。

 その中は鈴虫の鳴き声が響いていた。私は前のほうに見えるボックスに引き寄せられるように歩いて、隆太さんの腕を引っ張った。


「鈴虫! たくさんいますね」

「本当ですね。冬だからヒーターの中にいるんですね。おお……すごい量ですね」


 鳴き声に引き寄せられるように一番前の席に座ると……目の前の飼育箱の中に暖房のようなライトが付いていて、そこにたくさんの鈴虫がいた。 

 今は冬なのに、夏にしか生息していない鈴虫がリーン……リーン……と静かに鳴いていた。

 そして住職の説法が始まった。お寺近くに元々たくさんの鈴虫がいたことなど、予想外なギャグなど含めて三十分ほどお話を聞いた。

 説法が終わると、小さなお菓子を頂いて会は終わり、その後にお参りをした。

 願いはひとつしか叶わないこと。

 お地蔵さんが家まで来てくれるので住所をちゃんということ。

 住職に言われたとおりに手を合わせてブツブツと願いを正確に言った。お寺に来て郵便番号から住所まで正確に伝えたのは初めてだと思う。

 この目の前にいるお地蔵さんがトコトコ歩いて来てくれて願いを叶えてくれると考えると少し笑ってしまう。

 うちは坂道の上にある家で大変だと思うんですけど、よろしくお願いします!!

 帰りはバスの時間に間に合わず、歩いて駅に向かうことにした。

 私は頂いたお菓子をポケットから取り出して……少し開いてみる。


「……隆太さん。住職はああ言いましたけど、どう思いますか?」

「何がですか?」


 私はポケットからお寺で頂いたお菓子を取り出した。


「これ、白いお砂糖の塊に見えますけど……どうして、どうして黒い粒々がある商品を選んだんですかね?!」

「やっぱり気になりますか。咲月さんは出されたお菓子は何でもわりとパクパクと食べているのに、鈴虫寺で出てきたお菓子はポケットに入れていたので、気にしてるのかな……と思いました」


 私は隆太さんの腕にグイとしがみついた。


「お寺の住職は『これほど鈴虫がいると、このお菓子の黒い粒はもしかして鈴虫なのでは? とたくさんの人に言われますが、全く違いますので安心して食べてくださいね』と言ってましたけど、白いお菓子の中に黒い粒があるとどうしてもそう見えませんか?! それにやっぱりどう考えても……鈴虫って……ただの黒い……あいつと同じですよね?!?!」

「ああ……はい、あいつ……ですね」

「そうあいつ!! あいつと結局同じなんですよ!!」


 私は叫んだ。

 家に侵入する憎きあいつ、あいつと鈴虫は正直あまり変わらない。

 なによりケースの中には山のように鈴虫がいて、モサモサするほど生息していて、正直……。


「あの量は多すぎかなって。あれを見たあとに、このお菓子はちょっと!!」

「では俺が食べますよ。普通の砂糖のお菓子でしたから」

 そう、隆太さんはお寺の中でぱくりとお菓子を食べていた。

 横眼で見ながら、ええすごい……て思ってたんだけど。

「でも食べないとお地蔵さんが来てくれない気がします、ちょっとだけ、一口だけ、黒い粒々がない所を、一口だけ!!」


 私はポケットからお菓子を出して、白い部分をひとかけらだけ食べた。

 うん、確かにただの砂糖菓子。

 住職、お地蔵さん、ごめんなさい……私やっぱり黒い虫を大量に見たあとに、黒い粒々が入ったお菓子、これ以上食べられません……!!

 私が残したお菓子を隆太さんがパクリと食べてくれた。

 あああ……こんなんだとパワーが足りない気がするっ! じゃあ食べた隆太さんにしがみついて補充しようと私は手を握った。

 隆太さんは「関係ありますかね、それ」と笑いながら私を抱き寄せてくれた。

 あーーん、鈴虫って大量にいるとあんなに怖いって知らなかった。

 ご利益~~! パワーー!!! ほしい、お地蔵さんきてーー!

 でも黒い粒無理ーー!!


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