第92話 アカリちゃんの再起動
「これを見ろ」
デザロズの反省会が行われている飲み屋で、片蔵がiPadを机の真ん中に置いた。
そこには名前一覧があり、マーカーが付いている部分には『
川村燈凛……? 覚えがない名前だ。
俺は「覚えよう」と思って見て聞いた名前は忘れない。それは仕事の強みにもなってるんだけど……。
片蔵はクッと名前の部分からズームアウトしてサイト全体を見せた。
そこは新人声優オーディション・二次審査結果と書いてあった。
片蔵はグイとビールを飲んで顔を上げた。
「川村燈凛。これはアカリちゃんの本名なんだ」
「えっ……片蔵、それマジかよ」
俺はすぐにその名前をスマホで検索した。しかしその『二次審査結果』以外には引っかかってこない。
当然だがアイドルの本名は禁忌。しかし本気を出して調べれば、このSNS時代、すぐにわかる。
しかしアカリちゃんは引退して数年経っている元アイドル、調べるのは容易ではないが……。
「片蔵さん……本名をデビュー当初から知ってたんですね」
俺の横で横山さんがググッと焼酎を一気飲みして目を光らせた。
横山さんも俺と同じ……あの文化祭でアカリちゃんに一目ぼれしてデザロズにはまったが、ライブ会場で見ることは叶わなかった勢だ。
片蔵は枝豆を口にいれてビールを飲み、
「はは、何も違法なことをしたわけじゃない。デザロズを結成する前、事務所に入った時の名前が『川村燈凛』だったんだ。燈凛という名前が燈すのに凛としている……なんて素敵な名前だなと思って顔写真と共に覚えてたんだ。そしてデザロズが結成された時、アカリと名前を変えたんだ。珍しい名前だが同名の子がいてもおかしくない。だから先日ラリマー艦長に聞いたら、色んな声優事務所のオーディションを受けてるけど中々合格しないらしい……と聞いた。だからこの子は、アカリちゃん本人で間違いないと思う」
「マジか……」
俺は絶句してしまった。
アカリちゃんの近況はのんちゃんがファンクラブ限定ブログでたまに報告してくれていた。
一緒にご飯を食べたよ、アニメ映画見に行った、買い物も一緒! ……など、芸能界を引退したので顔は出ていなかったがチラリと映り込む車椅子から、その相手がアカリちゃんだと分かっていた。
そして咲月さんが描いたあのポスター……紫色のリングをポスターに描いてあったの、アカリがすごく喜んでた……と書いてあったのも覚えている。
アカリちゃんが再起動する……? そんなの予想もしてなかった。
「今は声優事務所も大手はかなり狭き門ですからね。二次審査まで残るのもすごいことですよ。しかもここ、ドラゴンじゃないですか!」
横山さんはサイトを見て叫んだ。
ドラゴンというのは芸能界最大の竜宮院グループが持っている巨大芸能事務所だ。
竜宮院グループは、日本トップの巨大エンタメ会社で、1970年代にオーディション番組を始めたのをきっかけに、ヒットを量産。現在に至るまでトップを走り続けている。仕事の質は高く、多種多様、エンタメ業界をすべて仕切っている超巨大企業だ。
その声優部署の新人オーディションの二次審査結果にアカリちゃんは残っていた。
片蔵はiPadをいじりながら、
「そうだ。正直、デザロズの事務所の千倍デカい」
と笑った。千倍は言い過ぎ……いや、正直間違ってない。
それくらい竜宮院グループは巨大だし、ここに入れただけで将来の道は保証されている。
片蔵はiPadをいじり、障がい者雇用のページを出した。
「竜宮院グループは年間百人以上の障がい者雇用を目標としてるから、正直合格する可能性は高いと思ってるんだ」
「なるほど」
俺は頷いた。うちの会社にも数人そういう方がいる。身体が不自由だったり苦手なことがあったりするが、特性を生かした仕事なら問題なく作業できている。うちはサンプル発送する時、宅配便を四百個以上出す必要があるんだけど、障がい者枠の方が毎日丁寧に作業してくれていて、助かっている。
片蔵はビールをグイと飲み、
「あとな、ドラゴンに所属してる音響監督がいて、その人は昔デザロズのライブに関わっていたことがあるんだ」
「片蔵。お前、何から何まで完璧に調べすぎだろう」
「かなり初期の頃のライブにお手伝いで来られた方で、その時はフリーの音響さんだった。俺もライブの手伝いをしたときに挨拶したから覚えてる。あの当時子どもが生まれたって聞いてたから就職したのかな。だからさ、これは偶然じゃないと思うんだ」
「つまり?」
俺の横で横山さんがグイと体を前にだした。
片蔵はニヤリとして、
「燈凛ちゃんがドラゴンのオーディションを受けた時、あの音響監督さんも居たと思うんだ。アカリちゃんの過去も実力も、頑張りも、全部知っていて二次審査まで残してると思うんだ」
片蔵……さすがのリサーチ力すぎて恐ろしいものがある、さすが唯一俺を越える粘着質な性格。
気になるとすべてを調べずにはいられない本物のオタク。家にあるHDDは四年に一度新しいものにデータを入れ替えているマメさ……。
ドルオタとして尊敬に値する。
俺は机に備え付けられている注文用のiPadを手に取った。
「片蔵……焼き肉丼食べるか」
「滝本。特上にしてくれ。ワサビ大盛りでな」
「片蔵さん、日本酒一本入れますか」
「横山くん、焼酎がいいな。氷セットでよろしく」
俺と横山くんはその調べる力と素晴らしい情報に対価を払った。素晴らしすぎる。
片蔵は焼き肉丼と焼酎を飲みながら、
「知ってるか。音響の世界はコネがすべて。アイドルなんてレベルじゃない。とにかく音響監督に気に入られるか、気に入られないか……それがすべてを決めるんだ。ぶっちゃけアイドルは外で歌ってても良いけど、声優は音響監督に気に入られて仕事を一つでもしないかぎり、ただの所属声優。何ものでもない。新人の声優がこの世界に何千人居ると思う? その中で選ばれるのは至難の業だ。顔が可愛い? 当たり前だ。声がいい? 当たり前だ。アイドルとの境界線が無くなっている昨今、普通に歌って踊れて人前に出られるほうが有利だろう。でもアカリちゃんにはケガから立ち上がる元アイドルという他の人にはないストーリーがある、苦労があるんだよ、合格してほしい、俺たちにできる応援をしよう!」
そういって片蔵はスマホをスイスイと動かしてサイトを出した。
「そしてだな。さっそく俺たちにできる応援があるんだ。二か月後のこの日。二次審査の最終発表日……プラネットTVで配信がある」
「プラネット?! それは……」
横山さんはスマホの画面を見て目に力を入れた。
二か月後……ボーナスが出た後のタイミング……いける……俺は思った。
プラネットTVはドラゴンが経営している配信サイトで、誰でも気軽に配信をすることができて初期のアバターの種類が多いことが特徴だ。
人間ではないキャラクターも多く存在していて、たくさんのvチューバーが誕生している。
そこにはドラゴンでデビュー前の子たちも配信していて、俺もたまに見ている。
大きな特徴として、視聴者もアバターを作り、応援してるアイドルの画面に登場することができるのだ。
そのアバターは金を出せば出すほど派手になり、アイドルの周りを飾ることができる。
アバターを出すだけじゃなく、キラキラと光らせてあげたり、花を咲かせてあげたり、見ている人たちが課金することによって、応援していることを画面でアピールできる仕組みになっている。
つまり、推しを目立たせるためには課金がすべての鬼畜サイトである。
片蔵は静かに頷いた。
「プラネットは推しへの課金力を見るサイト……。俺たちの本気を見せてやろうぜ!!」
「片蔵さん、長年続けてるドルオタ情報サイト、最近スポンサー付いたらしいですね」
「情報量だけはどこにも負けないからな!!」
片蔵はギラリと目を輝かせた。
なるほど。わざわざプラネットでやるということは『試されている』のは間違いない。
俺は結婚してからのほうが職場での評価も上がり、曲も売れてきた。
なんのために働いている、好きなものに課金するためだ!!!
俺たちは再び酒で乾杯して最終日にはまた集まることを約束した。
このドマイナーから登っていく感覚が何より懐かしい、そして楽しい。
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