第73話 それぞれのカタチで


「やっほー、きたよー!」

「わあ! もう完全に妊婦さんじゃないですか!」

「ここ二週間で一気にそれっぽくなってきたね」


 仕事終わりにワラビちゃんの家に行くと、目をキラキラさせて出迎えてくれた。

 ワラビちゃんにも、会社と同じタイミングで伝えた。

 とても喜んでくれて「出産までにもっと遊びましょうよ!」と誘ってくれていたけれど、どう考えても響さんに悪いので控えていた。

 でも先週、響さんが出張だから来てくださいよお~~と誘われてまた来てしまった。

 板橋さんがスススと寄ってきて、まずお茶を出してくれた。


「咲月さまのために仕入れたお茶でございます」

「わあ、ありがとうございます」


 緑茶に見えるけど……匂いを嗅ぐと全然ちがう。

 飲んでみたらすこし煮詰めた茎茶のような味がした。

 板橋さんはウキウキと説明をしてくれる。


「これはマルベリーティー……桑の葉茶のお茶でございます。非常に栄養豊富でノンカフェインです」

「すごい、全然知らないです。ありがとうございます」

「桑の葉は、中国では『聖なる木』と呼ばれていて、葉も実も木皮も枝も使えるんです。葉は桑葉そうようとしてお茶として飲まれてますし……」

 目をキラキラさせて語り始めた板橋さんをワラビちゃんが一掃する。

「あ~~もうウンチク長い~~。今日は気合い入れて作ったんでしょ? ご飯ご飯!」

「もちろんです!!」


 板橋さんはスススと部屋から出て行った。

 私はお茶の飲みながら苦笑する。


「男の人ってウンチク好きだよね。隆太さんは妊娠を調べすぎて『ゾウは22ヶ月も妊娠してるんです!!』って語りだしたよ」

「どうしてそこに行きつくんですか」

「私の本棚にあった『ゾウの知恵』を読んだみたい」

「黒井さんこそなんでそんな本持ってるんですか」

「義勇さんがゾウ使いになる話を書こうと思った時期があるんだよ」

「くっそ……なんで書いてくれなかったんですかっ……読みたすぎるっ……」

「ゾウが書けなくて」

「私が書きますよ!!!」


 ワラビちゃんはサラサラとゾウを描き始めた。

 しかもそれがすごく上手い。


「なんでゾウがこんなに書けるの!!」

「ゾウが宇宙船になってるSF漫画を投稿したことがあるんです」

「え、読ませて?」

「黒歴史です」


 私たちはキャーキャー話ながら板橋さんが準備してくれた『私が今、咲月さんに食べて欲しいスペシャルディナー』(本当に板橋さんがそう言いながら並べてくれた)を頂いた。

 チキンパテが添えられたサラダに、アサリとトマトのスープ、メイン料理はお魚のブイヨン煮に、ゴボウをたっぷり使ったフォカッチャ。

 しゅごい……最近は何を食べても太るので泣きながら味がない野菜スープばかり飲んでいたのに、同じくらいのカロリーでこんなに食べられるなんて最高に幸せ……。

 私は「うう……」と味わいながら食べた。

 ワラビちゃんが食べながら聞いてくる。


「滝本さんが料理作ってくれるんじゃないんですか?」

「土日はね、すっごく頑張ってくれる。でも仕事が忙しいし、平日は自分で作らないと。でもまあ9割大根煮てる」

「毎日来てくださいよ。ねえ、板橋」

「まっったく問題ございません」

「いやいや、響さんに悪すぎる」

「響さん、関連病院に長期出張で二か月も居ないんです。だから淋しいし」


 ワラビちゃんはムウとむくれた。

 出張に行ってるとは聞いてたけど、二か月は長い。

 そういえば私も、隆太さんが福岡にライブに行った時、淋しかったんだよなあ。

 なんだかその時の気持ちを思い出して、私はほほ笑んだ。


「じゃあ……お言葉に甘えて、明日もお邪魔しちゃってもよろしいでしょうか、板橋さん」

「お任せください!!」

「わーーい。手芸しましょうよ、新しいミシン買ったんです」

「マジで?!」


 私たちは食事を終えて、布を取り出して遊び始めた。

 安定期とはいえ、病院から離れすぎるのは怖く、夏の熱海旅行はやめることにした。

 正直旅行は今じゃなくても行ける。

 今しか出来ないことは、ワラビちゃんとたくさん遊ぶことだと私は思う。


 それに隆太さんのご家族とも、もう一度会っておきたいなあと考えていた。

 産後何かあったら、一番お世話になる人たちだと思う。




 先日、久しぶりに隆太さんのご家族と食事会をした。

 妊娠の報告は会社と同時にしていたけれど、会ったのは久しぶりだった。

 みんな、ものすごく喜んでくれて幸せな会だった。

 自宅に近いのは隆太さんの家族なので、何かあった時はお世話になります……と私は挨拶した。

 お義母さんは「産後のお手伝いもさせてください」と言って下さった。


 でも……私は絵里香ちゃんと同じ……家に人を入れられる状態じゃない。

 当然だが、同人誌が部屋中に溢れている。

 そして片づけるパワーもない、時間もない。

 隆太さんもそれは分かっていて


「うちの会社は男性も産前産後に休みを取ることを推奨してるんだ。だから夫婦で頑張ってみるよ。でも困ったらよろしくね」


 と上手に伝えてくれた。

 出産、産後がうまくいくかはこれまた運だと思う。

 とりあえずヤバそうな本はなんとなく二階の物置に移動させてるけど……そのたびにイニシエの同人誌が発掘されて、むしろ前より汚くなった。

 妊娠報告してから週に一度くらいしていた残業も消えて、きっちり家に帰って来られるようになったので、更に読む時間があり、地層を掘っている。

 美大時代に書いた同人誌が完全に病んでてすごい……。

 一番したの地層には中学生の時にはじめて本にした漫画が見えて「ひいいいい!!」と叫んで封印した。

 これは隆太さんが目にする可能性がある二階にも持って行けない……!!

 私は元通り段ボールをガムテープでぐるぐる巻きにして封印した。




「……はあ」


 ワラビちゃんと手芸を楽しんで、心配性の板橋さんに家まで車で送ってもらった。

 お風呂に入って一息……というか、ため息をついた。

 ワラビちゃんの家で充電したかったのには理由がある。


 今日は私の実家への定期連絡をする日だ。


 隆太さんの実家に報告したあと、私も実家に連絡することにした。

 最近たまに隆太さんから私のお母さんの話を聞くことがあり聞いてみたら

「メル友なんです。でも妊娠のことは伝えてませんから。日曜日の深夜……今なら、お部屋にいらっしゃるはずですよ」

 とお母さんの生活時間帯まで把握していた。

 メル友って……隆太さん、すごすぎる。

 情けないんだけど、ほんとうにありがたい。


 身体に染みついた『苦手』は何年経っても抜けない。


 そして渋々電話で妊娠を報告。

 東京で産むこと、隆太さんと二人で頑張ること、産前産後のお手伝いは不要なことを伝えた。

 自宅は旅館の仕事が忙しいし、まあそんなこと関係なく絶対帰るつもりなんてなかったけど。

「こちらでは見られないから、お義母さんにお願いすればいいわよ。そっちのが気が楽でしょ」

 とまた棘のある言い方……。

 はあああ~~~~~~~。

 その時に「月に一度第三水曜日の23時に電話しなさい」と言われた。

 なにそのお野菜定期便みたいな連絡方法……。

 はああああ~~~~~~。

 仕事、これは仕事!! 私は背筋を伸ばして電話をかけた。

 するとワンコールでお母さんが出た。


「咲月です」

「声は元気そうね」

「はい」

「あのね、みんな咲月を甘やかしてくれると思うけど、自分でちゃんとしなさいよ。咲月の子どもなんだから。結局最後は自分で全部面倒みるのよ」

「はい……」


 冒頭10秒で投げつけられる正論が重すぎて黙る。


「旦那なんて結局メインの戦力にはならないの。結局あたまのどこかで『母親がやるだろう』って思ってるんだから」

「……はぁ……」


 これはただお父さんの愚痴を聞かされているのでは……? と思うけど黙る。

 お母さんは機関銃のように話し続ける。


「旦那なんて仕事のことしか考えてないんだから! 育児の責任者は結局咲月なんだからね、しっかりしなさいよ! 今から勉強!!」

「……はい」

「じゃあね!」


 私は短い会話を切り上げて電話を切った。

 ほんの数分の会話で泥沼のように疲れてソファーに崩れ落ちる。

 この電話に意味はあるのだろうか……。

 圧倒的に正論なんだろうけど、私の話は何も聞かずに投げつけられても疲れてしまう。

 はああああ……。

 私はあんなお母さんになりたくない~~。


「ただいま」

「あっ、隆太さんおかえりなさい、ちょうど良かった、HPがゼロに近いです」


 私はスマホを放り投げて帰って来た隆太さんに抱き着いた。

 隆太さんは優しく私を抱き寄せてくれた。

 私はお母さんに言われたことをすべて吐き出して愚痴る。

 すると隆太さんはすべて聞いてくれた。


「……正論ですね。耳が痛いし、咲月さんを通して俺に伝えているんですね」

「あー、それもモヤモヤポイントですね。言われて気が付きました。私だったら娘が妊娠したら絶対あんなこと言わないです」

「咲月さんならどうするんですか?」

「今言っても仕方ないことは言わないですよ。ていうか、先輩ならなおさら自分の話はしません。まず聞きます」

「そうですね、咲月さんならそうしますね」


 隆太さんが静かに聞いてくれて心が落ち着いた。

 そして、お母さんと私はちがうと思い出した。

 一番身近なお母さんが強烈すぎて、お母さんになるのが怖くなってしまう。

 でもそうだ、私なら『そうしない』。

 私はお母さんとは『ちがうお母さんになる』。

 それに隆太さんも私のお父さんとは全然ちがう。


「頑張った咲月さんに、むくみを取るふくらはぎのマッサージをしましょう。オイルも買ってきました」

「……いやですよ、隆太さんのマッサージはくすぐったいんですよ!!」

「練習が足りないのだと思います。オイルも買ってきました」

「ええー、やだーー」


 結局私は捕まえられてマッサージを受けたんだけど、やっぱりくすぐったくて転がって爆笑した。

 私たちだけの夫婦になろう。

 そう静かに思った。

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