第69話 できる事と、できない事と、生きてる糸

「黒井さんは、滝本さんの誕生日に何をあげたんですか?」

「ファボってたじゃん、デザロズの絵」

「あ~~~、カラーが苦手な黒井さんが恐ろしいほど頑張って仕上げてた絵」

「大変だったよ、ほんとカラー苦手。なんかグッチャグチャになっちゃう」

「難しいですよね~、私も満足したこと一回もないです」


 今日はワラビちゃんの新居に遊びにきている。

 前は自宅から近かったけど、今は会社から近くなり、たまに仕事終わりに食事に行くようになった。

 都内の一等地にあるマンションで、入り口のコンシェルジュさんに名前を告げて専用のエレベーターでしか入れないフロアだ。

 お手伝いさんや板橋さんが同じフロアに住んでいて面倒を見てくれる。

 作ってもらったカルボナーラは、チーズと卵が濃くてすごく美味しい。

 最高すぎてダメ人間になる。

 ワラビちゃんは食べながら「絵か~~」とため息をついた。

 そして続ける。


「バレンタインが誕生日なんですよ、響さん」

「おおっと。響さんって名前で呼ぶの初めて聞いて、ちょっとドキドキしちゃった」

「そりゃ私も寺内になったんで名前で呼ぶしかないですよ。なんかね『バレンタインは誕生日なので、何か準備してください』って言われて。ええー? 要求してくるのー?って」

「試される大地!! 甘えられてるね。ワラビちゃんはハーレーダビッドソン貰ったんでしょ?」

「そうですね、冗談で言ったらくれました」


 前に聞いたことがあり、思い出した。

 あの時に買ったクリスタの素材、あれ以来一回も使ってない。

 よく考えたらヤンキーものとか書かないとバイク素材なんて必要ない。

 まあ元は取ったから良しとする。


「てか前から気になってたんだけど、バイクの免許を持ってるの?」

「バリバリ伝説を読んだ時に取ったんですよ」

「ちょっと!! 私もめっちゃハマって読んだよ!!」

「めちゃくちゃ面白いですよね!! 走り出したくなって免許は取ったんですけど。ここに持って来ようとしたら響さんがものすごく真顔で『心配なので、やめてください』って言いました」

「まあね~~生身だから、見てても怖いもん」

「楽しいですけどね。まあ真顔で言われると、やめとこうかなーと思いました」


 ワラビちゃんは仕事だから結婚する……と言っていたわりには幸せそうで、ほんとうにうれしい。

 私はクッキーをつまんでソファーに転がる。


「誕生日は難しいよね。とくにワラビちゃんの所みたいにお金持ちだと欲しいものなんて何でも買えるし」

「マジで全く思いつかないです。要求されると更に難易度があがります」

「あっ、ワラビちゃん手芸が上手じゃん。前に推しのカラーで作ってたブレスレットすごかったよ」

「七宝編みですね。そんな素人が編んだものうれしいですかね」

「あのねえ、素人っていうけど、私みたいのが素人なの。すっごいよ、編み物と縫物の腕は」

「想像つきます。あー、ひさしぶりに手芸店キメたくなってきましたね。黒井さんまだ時間大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、行こう行こう!」


 私たちは急遽外に出ることにした。

 部屋から出るとすぐに板橋さんが来た。

 前は「誰かが付いてきてすごいなあ」と思ってたけど、結婚式に出て立場を知ると「一人で歩いたら誘拐されるわ」と思うようになった。


「お出かけでしょうか。お車を準備します」

「そんなに遠くないから、黒井さんと電車で行くよ。駅の近くだし電車のが早そう」

「響さまに私が怒られます」

「怒らないでしょ! 響さんを利用しないの。心配なのは板橋でしょ!」

「いいえ、怒られます」


 結局車に乗せられて手芸店に向かった。

 ワラビちゃん曰く響さんと板橋さんは超仲良しで、夜中に二人で話しているらしい。

 そして結託して監視しているのだと笑った。


「隆太さんも心配性で、部屋着でコンビニ行くのはやめてくれって怒るんだよね」

「え……部屋着って、あの着古した服ですよね。あれで家出ていいんですか? 滝本さんに同情します」

「冬は上からコート着てるもん!」

「夏はそのまま出て行ってますよね?」


 その通りすぎて、私は鼻歌歌って誤魔化した。

 怒られてからやめたもん!

 手芸店にはすぐ到着して、都内に家があるとすぐ来られるのが楽しいとワラビちゃんと盛り上がった。

 色んな布にリボン、レースにボタンに、コスプレ用の特殊な布。

 はああ~~楽しい。

 私たちはあちこち移動して楽しんだ。

 手芸店に来るたびに色々買っちゃうんだけど、ひとつとして作り上げてない。

 それなのにまた買ってしまいそう!

 私は本を見ながら言う。

 

「型紙とか手順って……すごくあがるよね」

「わかります! なんでここを先に縫うの? って思うのに、縫ってひっくり返すとキレイ……みたいなのですよね」

「そうそう。騙されたと思ってやってごらん? って型紙が言ってる。あとこの布を無駄なく使おうとする感じが好き」

「わかりますー! あ、この前ホスピスで会った女の子……管つけてて服が着にくそうだったから前開きのかわいい服作ってあげようかなあ~」


 ワラビちゃんは本を見ながら言う。

 私は心の中がスン……とする。


「え……ちょっとまって、服作れるの?」

「書いてある通りに作ればいいんですよ」

「そんな簡単にできたら苦労しないよ! 参考書を見たら東大に入れるのかー!!」

「本気出せば可能なんじゃないですか」

「できるかーーー!!」


 私たちはキャッキャッと買い込み、ワラビちゃんが編み方を教えてくれると言うので、糸を何本か買った。

 そして家に戻って早速作業を始めた。

 ワラビちゃんは私の横に座って丁寧に編み方を教えてくれた。

 なるほど? ここを、こうして……こうね。

 私は必死に編み始めたんだけど……。


「……糸って生きてるよね」

「なるほど、糸に責任転嫁するのは新しいですね」

「ここにあったやつ、お出かけしたみたい」

「ていうか、ちょっとまってください、なんでこんな急速に細くなってるんですか」

「あかん、生きてるわ、糸……」


 私は瞬時にやる気を無くしてまたクッキーを食べてゴロゴロした。

 これまた絶妙なタイミングで板橋さんがロイヤルミルクティーを持ってきてくれる。

 一口飲むと濃くて甘くて最高に癒やされる。

 ふうう~~、手芸に向いてない。

 ワラビちゃんは楽しそうに型紙を取っている。

 ほんとうになんでも器用にできるなあー。

 

「ただいま」

「あ、おかえりなさーい!」

「お邪魔しています」


 寺内さんが帰って来た。

 スマホで時間を確認したら、もう22時をすぎていた。

 仕事が終わってから来て、食事と手芸店をキメてるから当たり前だ。

 遊びすぎた! とカバンに紐や荷物を詰める。

 ワラビちゃんは本を抱えて響さんに近づいた。


「あの、日奈ちゃんって何色が好きですかね。あの子、前に会った時に管で腕が通せなくて辛そうだったから服を作ってあげようと思って。響さんにもなんか作りますね」

 

 すると響さんは私の目の前で普通にワラビちゃんを抱き寄せて、キスをした。

 おおっと……。

 私の邪魔度、マックスレベル!


「ちょっと!! 黒井さんの目の前でやめてくださいよ」

 ワラビちゃんは寺内さんから離れようとモガいて叫ぶ。

 響さんはワラビちゃんの腰をがっちり抱いたまま、私のほうを見て口を開く。

「とてもうれしいので妻にお礼をしたいです。お借りしてもいいですか?」

「いえ、私のほうこそ遅くまですいませんでした」


 私は荷物を抱えて部屋から出た。

 部屋の中でワラビちゃんが「黒井さん、明日続きしましょうねー! 絶対きてくださいぃぃぃ……」と叫んでいる。

 というか響さんに拉致されて声で消えて行く。

 明日来るのはいいけど……もっと早く帰ろう……新婚家庭に22時までいるのは、さすがに常識がないわ、反省。

 だって手芸って楽しくてしていると時間を忘れてしまう。

 いやごめん、半分お菓子を食べてただけだわ。

 いや世の中才能ないこともあるよね……と三角になってしまった何かを見て思った。




「咲月さん、これは何ですか?」

「ああ~……、今日ワラビちゃんの家で少し習ったんですけど……紐の塊です」


 帰ってきてお風呂から出てきた隆太さんは、机の上に置いてあったものを見て聞いてきた。

 隆太さんはそれを手に持って


「あれですね、修学旅行で買うペナントみたいで、かわいいですね」

「!! 隆太さん……好きです。ていうか、あれってまだ存在してるんでしょうか……あ、売ってはいるみたいですね」

 私は即ググって調べる。

 隆太さんがそれを横から覗き込んでほほ笑む。

 私はうれしくなって隆太さんにしがみつく。

「デザロズのグッズで作ったら楽しくないですか、なつかしのペナント。ふさふさもつけて。それぞれの惑星で!」

「!! それは面白いですね。購買層もおっさんが多いですから笑ってくれそうです」


 私は思いつくままに絵を描いて、隆太さんは元々ある設定を調べて出してくれた。

 手芸の才能はないけど、絵なら描けるもん!

 でもワラビちゃんに習って、今年のバレンタインは隆太さんに私も何か作ろうと思った。

 手芸はほんとうに楽しい。

 もっと紐の数が少ないものを教えてもらおうっと!

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