第70話 熱海旅行と春の日に
「隆太さん、桜が満開です!」
「今年もきれいに咲きましたね」
去年もお花見した桜の木が、今年も見事に咲いている。
今日は天気もよく風もないのでお花見をしようと咲月さんが提案してくれた。
俺が準備しておいたお重を出すと、咲月さんが歓声を上げた。
「キャー! 隆太さん、すごい、めっちゃ豪華じゃないですか」
「去年は突発的にお花見をしたのであまり準備できませんでしたが、今日は余裕がありましたから」
「あのお重を使ったんですね!」
「とてもいい品ですね、さすがワラビさん」
先日ワラビさんの結婚式で引き出物として頂いたお重にお花見弁当を詰めてみた。
おかずを四角い箱に詰めていくのが楽しくて、どこに何を入れるかまで考えてから作った。
咲月さんがお重に入ったお花見弁当を写メってワラビさんに送ると
『すごい! 使ってもらえて嬉しいです!!』
とすぐにレスが返って来た。
「幸せが詰まっていた箱に、また幸せを入れるとか最高ですね。幸せのくり返し!」
と咲月さんがほほ笑み、俺は嬉しくなった。
結婚式が終わり、一か月ほど経った先日、俺と咲月さんはワラビさんの別荘に呼ばれた。
観光地から離れた場所にポツンとある豪邸で、ワラビさん曰く「おばけが出そうで怖い」と笑うほど広かった。
海のすぐ隣に露天風呂があり、何時間でも入れるほど気持ちが良かった。
咲月さんは「この前来た時は夏だったので、海で泳いで風呂に入って……をくり返しました。夏に一緒にしましょうね」と目を輝かせた。
手にはモリを持ってそれをしている咲月さんを想像して笑ってしまった。
お風呂から上がり食事を済ませて、咲月さんとワラビさんはswitchで延々と〇プラトゥーンを始めた。
俺も呼ばれて、途中から板橋さんも入り、四人でリグマを開始。
寺内さんは……? と伺ったら
「ゲームはしたことがないんです」
とはっきり言った。
でも楽しそうにゲームしているワラビさんを見まもる表情はやはり優しかった。
そして出てくるおつまみは全て美味しくて、飲みすぎるほどに飲んだ。
酔った咲月さんとワラビさんは映画を流し、ノートに絵を書き出した。
これがどれも上手で、さすが絵描き二人組だと思った。
「響さんはね、すっごく変な〇ラえもん書くの。書いて書いて!」
とワラビさんが寺内さんを引っ張ってきた。
寺内さんは戸惑いながら、〇ラえもんを書き始めたんだけど……妙に劇画タッチが上手でふたりは床に転がって爆笑した。
当然俺も書かされて必死に書いたんだけど「普通ですね」と酔った咲月さんにスン……と言われて、あとでコショコショタイムを決意した。
酔って眠ってしまったワラビさんを、響さんが当然のように軽々とお姫様抱っこして、部屋から出て行った。
咲月さんは「ふたりは、めっちゃラブラブなんですよ」と嬉しそうに目を細めていた。
結構飲んだけどやはり簡単に酔えず、部屋にある露天風呂に咲月さんと入った。
半分に欠けた月が、羽衣のような雲をまとって輝いていた。
暗闇の中、波の音だけが存在だけを主張する夜。
咲月さんはずっと甘く歌っていて、俺はその柔らかい肌を抱き寄せた。
次の日は四人でゴルフに行った。
響さんがメチャクチャうまくて! 三人で叫んだ。
ワラビさんもお上手で、聞いたら「お父さんが行くから付き合ってるんです」と苦笑した。
咲月さんは「今日のためにワラビちゃんと打ちっ放しで練習したんです!」と目を輝かせていた。
そして性格通り……迷いがない……豪快極めたゴルフで、どこに球が飛んでいっても楽しそうに追い回していた。
来ると決まった時から「カートを運転したいんですよね!!」と宣言、ものすごく楽しそうに運転していた。
俺もゴルフはするけれど、いつも仕事で来てる。
だから会話がメインで、全力でゴルフ自体を楽しんだことなどなかった。
でも咲月さんがあまりに全力で打ってるのが楽しそうで、思いっきり打ってみたら予想より遠くまで飛んだ。
「! 隆太さん、すごいカッコイイ! めっちゃ遠くにびょ~~んって行きましたよ!」
「……できるものですね」
「よっし、私もがんばります!!」
と咲月さんが打った球は予想通り山の中に消えた。
コースは貸し切りにされていたので、後続を気にすることなく楽しめた。
商談先にゴルフ好きな人がいて、誘われていたことを思い出した。
今度一緒に本気で回ってみようかな……と俺は思った。
本当に楽しい旅行で、また夏に来ることを約束して別れた。
響さんから「お土産に」と日本酒を頂いて、今日はそれも準備した。
咲月さんはお酒に気がついてほほ笑んだ。
「これゴルフの景品ですね」
「美味しそうなので持ってきました」
「ご飯も色々あって美味しそう」
「鶏肉も準備してあるんですよ。焼きましょうか」
「はい!」
俺たちは去年と同じ桜の木の下に座った。
朝から七輪に火を入れておいたので、もう安定していた。
準備していた手羽先を置くと、パチ……と美味しそうな高い音が響いた。
ビールも、シャンパンも、温かいお湯と焼酎も準備した。
「満開で気持ちいいですね。さあ、始めましょうか」
「その前に……ちょっといいですか」
咲月さんは手に何かビニール袋を持っていた。
そこから何かを出して、桜の木の横、花壇前にチョコンと座った。
そしてスコップでジョリジョリと穴を掘り始めた。
種を埋めるのだろうか?
たしか咲月さんは去年、自分にはお花を育てる才能がなく、苦手だ言ってたけれど……。
どうして突然?
穴を掘って、球根を埋める姿を俺は黙って見ていた。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
咲月さんは球根を少し離して丁寧に埋めた。
そしてお水をたっぷり与えて、俺の横にトスンと座った。
「えへへ、隆太さん」
「なんですか、咲月さん」
春の風が吹き抜けて、咲月さんのまっすぐな髪を揺らす。
髪の毛に桜の花びらが付いたので、俺は髪の毛に手を伸ばす。
伸ばした手を、咲月さんが優しく包んだ。
そして目を細めて、言った。
「どうやらお腹に赤ちゃんができたようです」
再び強い風が咲月さんの髪を揺らして、花びらが舞い散る。
咲月さんは乱れた髪を耳にかけて、顔を上げた。
そしてポケットから白黒の写真のようなものを取り出した。
「昨日人生で初めて産婦人科に行きましたよ~。現在妊娠8週目で、これがエコー写真というものです。なんと心臓が動いてますよ、動画で見るとピコピコしてました」
そして俺の掌に、優しくのせた。
風でそれがソヨリと動き、俺はクッ……と掴んだ。
「避妊をやめたらあっさりできましたね。できると良いなあと思っていたので、嬉しいです」
咲月さんが嬉しそうにほほ笑んでいるが、俺は身動きひとつ取れない。
誰の、なんの話を聞いているのか分からない。
心臓の音が大きく聞こえて、胸が苦しい。
あの話し合いから、俺たちは避妊をやめた。
心の準備はしていたけど、こんなすぐに……。
茫然としている俺の手を優しく包んで、自分のお腹に触れさせた。
柔らかくて温かい、咲月さんのお腹。
じんわりと体温を感じる。
「ここに赤ちゃんがいます」
「っ……、嬉しいです」
俺は咲月さんの肩に頭をのせて泣き崩れた。
声が震えて視界が歪む。
震える手を伸ばして咲月さんの身体を前から、後ろから、優しく包む。
咲月さんは俺の肩を優しく抱いてくれる。
「お父さんと、お母さんになるんですけど……実感がまるでわきませんね」
「咲月さん……咲月さん……」
俺はもう言葉がない。
嬉しくて苦しくて、愛しくて。
もがくように確かめるように咲月さんに手を伸ばして抱き寄せる。
「なんともう出産予定日が出るんですよ、11月だそうです。年末には生まれてますね」
「駄目だ、俺……なんの知識もないです……何も分からない……どうしよう……」
11月というリアルな数字に我にかえる。
咲月さんの細い肩、小さな身体に命が入っているというのに、俺は何一つ知識がないことに気がついた。
というか
「ここ、外で寒くないんですか?!」
「あ、もう一瞬で過保護モードに突入ですか。大丈夫ですよ、寒く無いです」
そう言われても落ち着かない。
俺は転がっていた毛布で咲月さんを包んで、でも触れたくて、同じ毛布にもぐりこんで、もう一度ゆっくりと咲月さんのお腹に触れた。
薄くて柔らかい咲月さんのお腹。
「……ここに?」
「はい、ここに命が。今度一緒に病院に行きましょう。エコー面白いですよ。ちょっと棒が頂けないですが……なんでしょうあれ……文明でなんとかしてほしい……」
「棒?! ちょっと待ってください、やっぱり知識が圧倒的に足りない、情けなくてイライラしてきました」
「隆太さん」
咲月さんが俺の頬を両手で包んで、優しく引き寄せる。
「私も妊娠したばかりです。そして隆太さんも知ったばかりです。一緒に学びましょう。温かくして、お花見しながらお勉強会しましょう。来年は赤ちゃんも一緒にお花見できるとよいですね」
「本買ってきます!!」
「実は、買っておいたのです。ささ、これがたまひよです。とても分かりやすい妊娠仕様書です」
「おお、なんと分かりやすい年間スケジュール。いい仕事してますね」
「お互いに仕事病ですね」
咲月さんは毛布に包まり、俺が作ったお花見弁当をパクパクたべて、焼き鳥もたべた。
よく考えたら、最近咲月さんはお酒を飲んでなかった。
俺は全く気がつけなかった。
「まだ妊娠初期で油断大敵ですけど、とりあえず一日一日積み上げましょうか。ニュープロジェクトです」
「はああ……もう全てが心配です。もう産休入りませんか? 会社に行かせたくないです」
「全てが早すぎる……隆太さん、勉強が足りてませんよ!」
俺たちは温かい白湯を飲みながら花見をして、勉強した。
大切な未来のために。
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