第68話 運命じゃないふたり(清川視点)

「……やべぇ、俺、本当に文字が下手だな」


 ミスること前提で二袋持ってきて良かった。

 俺……清川正嗣きよかわまさつぐは、書きミスった紙を見てため息をついた。

 夕方前の喫茶店に客は少ない。

 俺は薄墨の筆ペンを置いた。


 文具メーカーで働いていても文字が上手に書けるわけじゃない。

 むしろ香典袋に書く文字をプリンターで出したい。

 でもそれはマナー的にNGなんだろうな。

 中に入っていた二枚ともミスしたので、次の袋を開けて書き始めたが……またなにか曲がったぞ。

 ラスト一枚。……マジか。


「もしよければ書きましょうか。見ていられません」

「え?」


 再び筆ペンを置いてため息をついていたら、ひとつ離れた席でコーヒーを飲んでいた女性に話しかけられた。

 黒縁眼鏡をかけていて髪の毛を後ろにひとつに縛っている真面目そうな人だ。

 何度かこのお店で見かけたが、いつも本を読んでいて話しかけられたのははじめてだった。

 女性は眼鏡をあげてはっきりと言った。


「文字、下手すぎます」

「あ……はい、そうですね」


 その通りすぎて何も言えない。

 女性は俺が使っていた筆ペンを持って、迷いなく文字を走らせた。

 紙の上に静かに着地して、流れ出す薄墨。

 同じペンで書いているとは思えないほど、美しい文字が並び始めた。

 全然良いペンじゃないんだ。会社にあったサンプルを適当に掴んで持ってきた。

 会社で書けば良かったんだけど、お通夜にいくのは俺だけだろうと思い、持って出てきた。

 

 今から俺は、新人のころからずっと世話になっていた吉田産業の社長のお通夜にいく。

 昨日突然亡くなったと奥さまから連絡があった。

 正式な葬儀は明後日だけど、今日近親者のみでお通夜するんですけど……と言ってくださり、いくことにした。

 新人だったころに面倒みてくれた人で……俺は大好きだった。

 この前伺ったときは元気だったのに、突然すぎる。

 

 俺がぼんやり考えている間にも、文字は書かれていく。

 目の前で『どうしようもなく正しく、美しく書かれていく』文字に、俺の心は少しだけ落ち着いていた。

 そして新人のときにめっちゃ怒られたなあ……発注ミスとかめっちゃしたなあ……となぜか思い出していた。


「お名前は?」

「はい?! ああ、すいません」


 俺は自分の名刺を出した。

 女性は名刺を目の前に置いて、俺の名前を書き始めた。

 それが墨の出方まで完璧に理解した書き方で驚いた。

 俺の名前って丁寧に書いてもらうとこんなにカッコイイんだな。

 女性は書き終えて、俺に渡してくれた。

 仕上がりは完璧で感動した。

 すげぇ。


「ありがとうございました!! 本当に助かりました」

「いえ、では」


 女性は椅子から降りて帰ろうとした。

 俺の名刺も机に置いたままだ。

 慌ててそれを持って席を立つ。


「あの、俺、清川といいます」

「知ってます、さっき書きましたから」


 そりゃそうだ!

 女性は眉ひとつ動かさずに言った。そして店から出て行こうとするので声をかけて止めた。


「あの、お礼に奢らせてください」

「いえ、私から言い出したことなので」


 そう言ってお会計に向かおうとするので俺はさっきの気持ちを素直に言うことした。


「あの、ただの文字じゃなかったです、文字を見ながら色々思い出しました。だからただの文字じゃなかったので奢らせてください」

 女性はその言葉を聞いて立ち止まり、俺に伝票を渡して

「では、ご馳走になります」

「はい!」

 俺は伝票を受け取った。


 女性とは、その後何度か店で会った。

 名前は片桐理紗かたぎりりささんで近くにある大手百貨店で働いているのだと知った。

 文字がきれいな理由を聞いたら、百貨店の中に熨斗やお手紙用に文字を書く専門の部署があり、そこの所属なのだと言った。

 どうりで別格の文字の美しさだったわけだ……!

 うちの文具メーカーももちろん知っていて「このペンを職場で使っています」と話してくれた。

 周りにいないタイプの人で、俺は興味を持った。

 しかし色々と話しかけてみたが反応が薄い。

 いつも本を読んでいて、むしろ迷惑そうだ。

 だったら……と思い、俺も適当に本を買って店でアピールするように読んでみたら、帰りに会釈してくれた。

 俺のほうを見た! いえ~い!

 仕事でも恋愛でも、攻略するのが一番好きなので楽しくなってきた。

 鼻歌歌いながら残業してたら、LINEが入った。


『お酒が飲みたい気持ち!』


 相手は経理の村上さんだった。

 噂話とスポーツ的なセックスが大好きなFカップで、俺のヤリ友だ。


『オケ! 今から出るわ』


 近くの飲み屋で夕食がてら食べてお酒を飲む。

 村上さんは社内のゴシップが大好きで、食事しながら全部話してくれる。

 俺たち営業は情報が生命線で、プロジェクトにいるふたりが別れたばかり……とかだと大変なことになる。

 恋人もダメ。仕事中にイチャイチャして仕事しないから。

 不倫も浮気も隠れて超あるから、全部見張ってないとダメ。

 何度もクソみたいな理由でプロジェクトがダメになったから、情報の大切さは身に染みてる。

 もう好き嫌いの感情で仕事するなよ~。


「清川くん、しよう!」

「いいよ」


 食事を終えて当然のようにラブホに入る。

 村上さんはとにかくセックスが好きで、超エンジョイ派だからしてて楽しい。

 あと少ししか楽しめそうにないので、もりもり味わいたい。


 実は先月のパーティーで専務の娘さんに気に入られたみたいで「少し話してみないか?」と言われてた。

 これ以上ない条件で、まあ普通に進んだら結婚することになると思う。

 見たら普通にきれいにしてる人だった。

 俺を見たら恥ずかしそうに頭さげて……顔はまあ普通。

 どこまで演技なのかは分からん。

 村上さんが上着を脱ぐと、豊満な胸が見える。


「マジで結婚するの? 清川くんとエッチするの好きなのになあ~~」

「見合いしたらもう無理だわ。バレたときの慰謝料と快感の料金が見合わない。でもおっぱい……おっぱい……おっぱいがないのがなー……さようならおっぱい~~~」

「隠れてさせろって言わない無駄な誠実さが好きよお~。じゃあ本村くん紹介してよ。あの子可愛いじゃん」

「いいよ、だから情報は引き続き俺にくれ。飯なら奢るし、他にも良いのいたら紹介するわ」

「おっけ~~。じゃ、しよしよ!」


 村上さんの首を舐めて、そのまま胸を揉みしだく。

 専務の娘は、マジで胸が無さそうで残念すぎる。

 でも専務の娘っていう最強のラベル持ってるからな、もうこりゃ仕方ない。

 天は二物を与えない。


 立場がある人の娘ってラベルと、身体の相性が良いってラベルは同じだと俺は思う。

 結婚して役立つのは立場のラベルだ。

 それに結婚なんて結局努力して維持する必要があるから、誰としても同じだろ?

 長谷川さんとか、みんな結婚維持するためにめっっっちゃ努力してる。

 努力してないやつはみんな離婚して慰謝料ライフ。

 あれは地獄。


 結婚生活を続けるために努力が必要なら最初に恋愛なんて必要ない。

 恋愛して結婚したら努力は必要ないのか? 要るんだろ?

 むしろ恋愛してスタート時点で期待値があがるから大変じゃん。

 専務の娘に現時点で期待値はゼロ。

 これはもうお茶を入れてもらっても嬉しいね。

 いけるいける。


 そんなこと考えながら村上さんと三回エッチしてしてラブホを出た。

 すげぇ疲れた。即寝たい。

 村上さんは200回くらい「俺の家でセックスしたい」って言ってるけど絶対入れない。

 ていうか俺は家に他人を入れるのが大嫌いだ。

 してすぐに寝られるのはいいけどなあ……。

 村上さんが水を買うって言うからラブホの目の前のコンビニに入ろうとしたら


「!!」

「こんばんは」


 コンビニから片桐さんが出てきた。

 俺の腕には村上さんがしがみついているし、まあその状態だ。

 片桐さんはすたすたと歩いて去っていった。

 別に悪いことしたわけじゃないのに、なんだろうこの気持ちは。

 

 


 

 数日後、喫茶店で片桐さんに会った。

 そして店に入って俺の顔を見るなり、一番離れた席に座った。

 実は先日、少しずつ距離を詰めた結果、片桐さんから本を借りることに成功していた。

 せめてこれを返したい。

 俺は会計がてら近くに寄り、本を返した。


「これ、ありがとう」

「いえ」


 片桐さんは俺のほうも見ないで本を机の上に置いたまま言った。

 別に悪いことしたわけじゃないんだし……と普通に話しかけてみる。


「もしよかったら、また本を貸してくれない? この本も面白かった」


 片桐さんは俺のほうを一瞥して口を開いた。


「やめたほうが良いと思います。私があの女の人なら、私を殺します」

「ころ……」


 あまりに当たり前に言うので俺は言葉を失った。

 殺す……って。

 いやいやあれはヤリ友だしと思ったけど、そういうことじゃないのは分かる。

 片桐さんは続ける。



「言葉の貸し借りは、心の貸し借りです。恋人がいるなら、良くないです」



 俺の顔をまっすぐに見て言い切った。


 ……かっけぇ。


 普通に思ってしまった。

 俺が立ち尽くしているのが邪魔だったのか、顔も見たくないのか。

 片桐さんはコーヒーを持って、いつもの席にいってしまった。

 俺は会計を済ませて外に出て、マフラーを巻いた。


 言葉の貸し借りは、心の貸し借り。


 俺はぼんやりと先日亡くなった吉田社長から届いた年賀状のことを思い出していた。

 社長は11月には年賀状をすべて書き終えていて、それを奥さまが封筒に入れて送ってきた。

「最後の言葉。貰ってあげて?」とメモ付きで先日届いた。

 内容は『今年も一緒に頑張ろうな! 息子も新しい仕事するみたいだからさー、話を聞いてやってくれよ』。

 この前それを見て、なんだか落ち着かなくて村上さんのおっぱい揉みまくって三回出してみたけど、落ち着かなかった。

 でも不思議と今は落ち着いている。




 俺はきっと吉田社長から言葉っていうカタチの心を預けられたんだな。

 ずっとなにかザワザワしててよく分からなくてイライラしてたけど、分かった。




 社長が突然亡くなって、吉田産業は廃業すると聞いた。

 あそこの息子は超絶アホなのだ。

 何も考えずに事業をはじめて廃業を繰り返している。

 みんなバカ息子に甘すぎるんだよ。

 

「……はーー……」


 俺は白い息を空に吐いた。

 奥さまも俺にあのハガキを送ってくるのは、人が悪くないか?

 面倒を見られないんだろ、自分の息子をさあ。

 社長の下にいて、どうしてああなるのか分からないくらいのアホなんだけど。

 いや……社長の下にいたからこそ、アホで居られたんだ。


「関わりたくねええーーー……」


 どう考えてもこのまま繋がりを切るのが『正解』だ。

 でも……俺はスマホを取り出した。


「……吉田さん? 今度一回酒を飲みませんか? 社長の話でもしましょうよ」


 俺は白い息を吐きながら話しながら思った。

 今度天国にいる社長に手紙を自分で書こう。

 死ぬほど下手だけど、俺の文字で。 

 

 あー、おっぱいに顔つっこんで寝たい。

 毎日疲れる。

 

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