第66話 ワラビちゃん結婚式(咲月視点)


「この部屋、すごいですね」

「変わってますね」


 披露宴の会場に入り、驚いた。

 中がすり鉢状になっている巨大ホールで、真ん中に新郎新婦の席があり、それを取り囲むように席が並んでいる。

 席が階段状に並んでいて、すべての席から真ん中がよく見える。

 なんだっけこれ見たことある……分かった!!


「(〇ターウオーズの帝国元老院ていこくげんろういんですよ、これ!)」

 さすがに自重して小声で隆太さんに言う。

「(すいません……ちょっと分からないです)」

 隆太さんも小声で返してくれる。

「(あの真ん中の席が動くんですよ!)」

「(〇ターウオーズは少ししか見てないんです……)」

 

 そうか、隆太さんは〇ターウオーズの1.2.3を履修してないんだった。

 正直1.2.3は辛い……じゃなくて。

 私は小さく息を吐いて落ち着いた。

 披露宴といえば普通の会場しか知らなかったので、少し興奮してしまった。 

 でもワラビちゃんは絶対帝国元老院だと思ってここを借りたと思う!

 先日も一緒にカ〇ロレンの絵を描いて遊んだもん。式が終わったら聞こう……!

 気持ちを切り替えて案内されるまま席に移動した。

 場所は新郎新婦の斜め前。よく見える席で嬉しい!

 帝国元老院なら新郎新婦の席がすっごく高いところまで浮くんだけど、本当に動かないかな。

 もし浮いたら泣いて笑うんだけど。

 チラチラと席を見て、いやいや……と思いなおす。

 あんなすてきな式をチャペルでした麻友ちゃんがそんなことするわけない。

 まったく真面目だなあ~と結婚式もしない自分を棚にあげて無責任なことを思う。


 着席すると披露宴開始まで時間があることもあり、私たちの元に参列者の方々が挨拶に見えた。

 その数……マジで尋常じゃない。

 行列ができて握手会会場状態。

 新婦側の出席者が私たちのみで、二次会もない。

 今しかタイミングがないのは分かるけど……!

 私は人の顔と名前を一致させることが苦手だ。

 事前に伝えておいたので、すべての挨拶は隆太さんが受けてくれている。


「先ほどご挨拶した田沼ですが」

「RINA薬品の田沼さんですね。先ほどはありがとうございました」

「こちらの矢崎を紹介させてください」

「先ほど沼田薬品のMRさんだとご紹介して頂きました」

「そうですか!」


 隆太さんは一度会った人の顔と名前を一瞬で覚えられるし、会社名も入りますと言っていたけど、本当だった。

 次々くる方に挨拶して「あちらの会社の方と同じですね」と会話を繋いでいく。

 私は後ろでほほ笑んで頭を下げているだけだ。

 ひとりだったら絶対無理で、披露宴開始までトイレに隠れていたと思う。

 披露宴が始まることになり、一度挨拶タイムは終了になった。

 席についた隆太さんはババ抜きができそうなほど名刺を抱えていた。

 私は腕にキュッとしがみつく。


「(挨拶ありがとうございます。すごくカッコイイです……惚れなおしました)」

「(これくらいしか特技がありませんから)」


 隆太さんは私の耳もとに唇を寄せて小さな声で答えてくれる。

 こういう時にすごく好きだと実感する。

 私ができないことをできるひとは100%無条件で超尊敬!

 嬉しい。私にはないものを隆太さんが持っている。

 私も少しくらい隆太さんが持ってないものを持ってるかな。

 適当な性格と絵くらい? 



 司会者に照明があたり、披露宴が始まった。

 麻友ちゃんは深紅のドレスで出てきた。

 胸元にレースで作られた大きな薔薇があり、これまた可愛い!

 内容は寺内さんが言っていた通り、まさに『仕事』で、会社の偉い人たちが次々と挨拶をする会だった。

 分かっていたことなので、私は食事を楽しんだ。

 これがぜんぶ美味しくて!

 お酒も10種類ほどあり、飲んでも飲んでも出てくるんだけど、挨拶があるので控えた。

 人前に出て挨拶するのは本当に苦手だ。

 『本日はお日柄もよく……』って、メモを持ってきたけど……チャペルでの寺内さんの挨拶を聞いて、これを読み上げるのが『違う』気がしていた。

 でも突然変えるのも……そう思っていたら、麻友ちゃんが席を立って、席の横に置いてあったピアノに移動した。

 

 すると場内が暗くなった。

 上の方から小さな音が降ってくる……それが重なり、会場全体を包む。

 よく見ると、会場を取り囲むように弦楽器や管楽器を持った人たちが座っていた。

 麻友ちゃんがスウと息を吸い込んで鍵盤の上に手を置いた。

 トーン……と最初の一音から連なるように流れはじめた音は、私を一気に違う世界へ引き込む。

 鍵盤の上を遊ぶように踊り、そのまま飛び込む……顔をあげたところには青空。


 それは間違いなく麻友ちゃんと遊んだ熱海の海だった。


 真っ青な海を走りまわるように音が飛んで、それを受け止めるように弦楽器が彩る。

 鍵盤を走る指が笑い声のように踊る。

 麻友ちゃんはまったく鍵盤を見ないで、波のようにピアノを弾いた。

 その細やかなのに大胆な演奏に、鳥肌が立つ。


 ふと横を見ると、寺内さんが本当に優しい表情で麻友ちゃんを見ていた。


 きっと僕たちは真逆の人間。


 さっき寺内さんが言った言葉が音楽と共に響く。

 指先が鍵盤の上を舞うのと同時に、麦わら帽子が風にあおられて空を舞う。

 私は手元に持っていた挨拶の紙を握り潰した。

 今、私が伝えなきゃいけない言葉は、これじゃない。





 演奏が終わり、会場は大きな拍手に包まれた。

 私も手が痛くなるほど拍手する。本当に素晴らしい演奏だった。

 次が私の挨拶だ。

 さっきまで緊張していたのに、今はまったくそれを感じなかった。

 麻友ちゃんはピアノで私に伝えてくれた。

 だから私も麻友ちゃんに伝えたい。

 席を立ち、挨拶のマイクまで歩く。

 両家と新郎新婦の席に向かってお辞儀をする。

 麻友ちゃんと目が合うと、にっこりとほほ笑んだ。

 もう、カッコイイんだから!


「すてきな演奏をありがとうございました。私は新婦の友人で滝本咲月と申します。350名の方が出席する披露宴で言っても恥ずかしくない言葉を考えていたのですが、麻友ちゃんのピアノを聞いてそれは違うと気が付きました。ふたりに送りたい言葉を、表面上ではなく、私の言葉を今、話しますね」


 目の前で麻友ちゃんが口元を押さえてメチャクチャ笑っている。

 その表情を見て私の緊張は完全に解けた。


「麻友ちゃんの最初の印象は『素性が見えない人』です。これほどの立場なら当然ですね。ちなみに私の最初の印象は『偉そうなバカ』だそうです。残念ながら異論はないです。そんな私たちが初めて話したのは、映画についてでした。私がオススメの映画を教えてよと言ったら、麻友ちゃんがまったく知らない個人制作の映画を教えてくれました。これはさすがに……と思ってみたら、最高に面白かったんです。だから私も麻友ちゃんが絶対知らないオランダのドキュメンタリー映画を教えました。『偉そうなバカ』としては、普通の作品を教えられないですから。でも麻友ちゃんは即日見てくれて『最高に面白かったです』と反応してくれたんです。お互いに『これは知らないでしょ?』と球を投げあい、お互いに興味をもち、一緒に映画館に行きました。そして意気投合して三時間語り合った。それが出会いなんです」


 見ると麻友ちゃん、さっきは爆笑してたのにもう泣いている。

 その横に寺内さんが優しく付き添っているのが見える。

 私は続ける。


「私たちは、いちばん遠くから球を投げあって、今いちばん近くで笑いあってるふたりです。麻友ちゃんはさっきピアノを弾きながら海を泳いでた。私はたった一つの音で海に呼ばれて一緒に泳ぎました。ずっと一緒にいたから、きっと繋がってる。麻友ちゃんが今、幸せだと私には分かります。寺内さんに出会えたことを楽しいと思ってる麻友ちゃんが見られて、私も嬉しい」


 麻友ちゃんは本格的に泣きはじめてた。

 私はまっすぐに見て伝える。


「ここから始まるふたりなら、朝ごはんを一緒にたべて目玉焼きには何をかけるか話してほしい。朝の天気はアプリで見るか新聞で見るか話してほしい。食器を一緒に片づけて今日の帰宅時間がどれくらいか話してほしい。すぐそこにある小さな幸せを一緒に見つけ続けてほしい。麻友ちゃんが明日も明後日もずっと笑顔で居られることを祈ってます。世界でたったひとりの親友だから」


 言い切ってお辞儀をすると、目の前にグチャグチャに泣いた麻友ちゃんがいた。

 そして「黒井さぁん……」と抱きついてきた。

 こらこら、今日は咲月さんって呼ぶ約束だぞ? と思いながら抱きついて耳もとで

「(……ここって帝国元老院だから借りたんでしょ?)」と小声で聞いた。

 麻友ちゃんはグチャグチャに泣いた顔で

「なにを言ってるんですか、違うに決まってるじゃないですか!!」

 と泣きながら爆笑した。あれ? 違うの??

 麻友ちゃんは丁度衣装チェンジのタイミングだったらしく、泣きながら付き添いの人と会場を出て行った。

 すると前に寺内さんが立っていた。

 

「すてきな挨拶をありがとうございました」

「寺内さんがとても優しい笑顔で麻友ちゃんを見ていて安心しました」

「麻友さんを好きになったんです」

「仲間ですね! 私は前から大好きなんです」


 そう言って席に戻ったら、今度は隆太さんがドロドロに泣いていた。

 ちょっと!!

 私はハンカチを渡そうとしたが、反対側にこれまた目を真っ赤にしている板橋さんが座っていて、隆太さんにバスタオルを渡した。

 さすがに大きすぎない?! と私は目を疑ったが、隆太さんはそれをノールックで受け取って顔を拭いた。

 そして机の下で優しく私の手を握った。


「……素晴らしかったです」

「思いつくままに話したので、スピーチNGな言葉を使ってそうで怖いです」

「そんなの誰も気にしてませんよ。咲月さんがどれほど麻友さんを大切に思っているか、よく分かりました」

「ピアノがあまりにすてきで……感動して夢中で話してしまいました」


 それほど麻友ちゃんのピアノは素晴らしかった。

 また家で弾いて貰おう。

 きっと新居には大きなピアノがあるだろうから。



 

 今度は紺色のドレスに麻友ちゃんが着替えてきて、両親に手紙を読んだ。

 大きく暖かな拍手に包まれて、結婚式は終わった。

 会場を出たホールで、再び隆太さんは列ができるほどの人たちに挨拶をしてくれた。

 さっきとは違い私もかなり話しかけられてしまった。

 本当に顔と名前が一致しない……! みんなスーツのおじさんだ~~!

 きっと一生会わないから雰囲気で返した。


 なんと披露宴終了後、1時間以上挨拶することになった。

 やっと引き出物を頂き、すべて終わった。

 あまりに軽いので中をチラリと確認すると、紅白餅でも焼き物でもなく、美しい漆のお重が入っていた。

 中には有名店のお菓子が詰まっていて、どれも個別包装されている。

 これは完全に夜作業のお供として作ったんだな? と思ってしまう。

 でも帝国元老院も違うらしいし、個別包装も狙いじゃないかも……と、疲れた頭でどうでも良いことを思う。


「やっぱりゴンドラも太鼓もファイヤーダンスもありませんでしたね」

「その夢、叶えましょうか?」

 隆太さんが私の荷物を持ちながら楽しそうに言う。

「隆太さんがねじり鉢巻きで笛を吹くなら考えますよ?」

「やりましょう」

「嘘です、嘘嘘!!」


 板橋さんが車を準備しますと言ってくれたけど、はやく隆太さんとふたりになって気を抜きたかったので断った。

 私たちは笑いながら腕を組んで駅に向かった。

 でも結婚式は自分たちのためにするんじゃなくて、周りの人に感謝を伝えるものだということは理解した。

 少なくともワラビちゃんが私のことを大好きってことは伝わってきた。

 知ってるけどね!

 今ごろ夫婦になったふたりが、大きなベッドで「つかれましたああ」って転がっていると良いと思う。


 ずっと友達だから、ずっと笑顔で、ずっと一緒にいたい。

 たったひとりの親友だから。

 ……ワラビちゃんを優しい瞳で見つめてくれる旦那さまで良かった。

 あの表情なら、少し安心。

 隆太さんの腕にしがみついて、ほんの少し泣いた。

 おめでとうワラビちゃん。


 そしてフルカラーの推しの漫画、忘れないでほしい。

 明日原稿を手伝う時に100回言おう。

 超がんばったし、疲れた!!

 私は電車の中でヒールをポイと脱いで隆太さんにしがみついて即眠りについた。

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