第65話 ワラビちゃん結婚式(隆太視点)


「咲月さん……ものすごく美しいです」

「変じゃないですか? この状態で駅まで歩くのも恥ずかしいんですけど」

「そんな危ないことさせません。もうタクシーを呼びました」

「あ、そうですよね、ヒールが高くて坂を歩ける気がしません」

「はああ……素晴らしいです。帰りに写真館を予約すれば良かったです」

「もう隆太さん!!」


 咲月さんは小さなカバンで力なく俺を叩いた。

 正直美しくて、このままどこかに出かけたい。

 そうだ、そういう日を作ろう、来週だ。

 咲月さんにスケジュールを確認して、すぐにネットでホテルプランを検索した。

 またこの服を着てもらって、一緒に食事をしたい、色々したい。


「お化粧が濃くないですか? 本当に変じゃないですか?」

「ぜんっっっっぜん、一ミリも変じゃないです。ホテルプランの予約をしたので、来週も着てください」

「もう……」


 咲月さんは苦笑するが、本当に美しい仕上がりだと思う。

 今日はワラビさんの結婚式だ。

 許可を頂き、衣装はすべて俺が選んだ。

 長く悩んだ結果、ハイネックで(首は見せたくない)背中部分、縦に切れ込みが入っていて、チラリと見えるドレスにした。

 全身は深い緑色で、裾に向かって淡い色になっている。

 そして動くたびに背中がチラリと見えるのだ。

 ああ……美しい……最高だ……。

 俺は恥ずかしがる咲月さんを大切にエスコートして会場へ向かった。

 正直、朝から最高に楽しい。


 

 結婚式会場は都内のビルだった。

 最初、招待状をいただいて「?」と思った。

 そこはすべて企業が入っているビルで、結婚式が出来るような所ではなかったからだ。

 しかし調べて知ったのだが、公開されている階より上に会員専用のホテルがあり、屋上は巨大庭園になっていた。

 政治家のパーティ―で活用されていると聞いて驚いた。

 エレベーターの中、咲月さんはカバンからメモを取り出して見ている。

 

「文章これで大丈夫ですかね。私しかいないから引き受けましたけど、はあああああ……」

「大丈夫ですよ。俺が保証します。そのまま読めば大丈夫ですから」

「お返しにワラビちゃんには推しのフルカラー漫画を描いてもらいますけどね……! それでも辛い……」

 

 ワラビさん……今日だけは本名でお呼びすべきか、加賀美麻友さんの友人として出席するのは俺と咲月さんしかいない。

 だから友人の挨拶は必然的に咲月さんになるのだが、一週間くらい前から「うう……」と苦しんでいた。

 なにしろ出席者数が多すぎる。総数350人。

 最初聞いていたのが200人だったのに、かなり増えている。

 咲月さんはずっと緊張しているけど、俺は色んな人たちと会うのが好きなので楽しみにしている。


 お相手を調べたら、寺内薬品工業という巨大企業の御曹司だった。

 1700年代から続く歴史ある会社の本家、寺内の一人息子。

 写真を見たら、そこらのアイドルより顔が良く、しかも寺内記念病院で医者をしているという。

 あまりにすごい相手で、俺は絶句してしまった。

 お名前を知ったので加賀美麻友さんのことも少し調べたが、こちらは日本屈指の財閥、加賀美家の一人娘。

 お金持ちで働く必要ないらしいですよ~? と咲月さんから気楽に聞いていたが、ここまでの方だったとは。 



 豪華すぎるラウンジで名前を告げると、係の方が控え室に案内してくれた。

 今日は午前中にチャペルで挙式、そして午後から披露宴となっている。 

 加賀美さんに「お二人には挙式から来てほしいんです」と誘われていた。

 挙式は親族と近親者のみで行うらしく、咲月さんは誘われて嬉しそうだった。


「しかし挙式前に控え室に来てって……。呼ばれたから来ましたけど、大丈夫ですかね」

「加賀美さんが『絶対来てくださいよ!』とスタンプ20個も押して呼んでいるので、むしろ行かないとダメなのでは?」

「なんかホテルがすごすぎて落ち着かないです」


 咲月さんは小さな声で話しながら俺に腕にキュッとしがみ付いてきた。

 俺は優しく肩を抱く。

 通されて控え室に入ると、大きな鏡の前に真っ白なウエディングドレスを着た加賀美さんが立っていた。

 肩が大きく出ているデザインで背中にはリボンが見える。

 スカート部分はレースが幾重にも重ねられて、フワフワと舞う。

 首から胸元には豪華なレース。

 真っ黒で美しい髪の毛はアップにされ、小さなティアラが輝いている。

 

「黒井さん! ……じゃないや、咲月さん! どうです?」

「お姫さまみたい……! すごいよ麻友ちゃん……!」

「正直めっちゃ可愛くないですか? 式の前に咲月さんに見せたかったんです!」

「マジで可愛い、すごい、すっごくきれいだよ、きゃーー! 写メろ写メろ!!」


 咲月さんはカバンからスマホを取り出して、横に立っていた新郎に気が付いた。

 新郎……寺内さんは俺たちに丁寧に頭を下げた。

 咲月さんは加賀美さんの美しさに興奮していたが、慌てて挨拶した。


「はじめまして、滝本咲月です」

「はじめまして、寺内響です。お会いするのを楽しみにしていました」


 俺も横で頭を下げて挨拶した。

 寺内さんは写真で見るよりはるかに爽やかな青年だった。

 タキシードも着慣れていて、立ち姿に余裕すら感じる。

 加賀美さんに「こっちで撮りましょうよ!」と促されて、咲月さんと加賀美さんは窓際に行く。

 奥から鈍器のようなカメラを持った板橋さんと、カメラ部隊が出てきて、撮影会を開始した。

 寺内さんが静かに口を開く。


「お二人に祝ってほしいから結婚式をするんだと麻友が言っていて、お会いできるのを楽しみにしていました」

「そうですか」

 

 なんとも加賀美さんらしい……と俺は素直に思った。

 寺内さんは続ける。


「僕は基本的に毎日死んでいるので、生命力がある人と結婚できて嬉しいです」


 咲月さんから「ホスピスで働いてて藁人形送り付けられるポルシェボーイです」とは聞いている。

 俺が調べた情報とはかけ離れていて、正直よく分からない。

 でも毎日亡くなっている方を見送っている……と独自に理解した。

 俺は静かに答える。


「妻も加賀美さんも、二人でいる時はいつも楽しそうです」

「麻友がお二人を熱海の別荘にお呼びしたいと言っているのですが、大丈夫でしょうか」

「妻から伺いました。ご結婚されたばかりなのに、お邪魔してよろしいのでしょうか」

「新婚旅行は断られてますし、それがないと次の楽しみがありません。ぜひ来てください」


 新婚旅行を断る……さすが加賀美さんだ。

 咲月さん曰く「商業の締め切りが近いらしくて、明日から手伝うんです」と言っていた。

 寺内さんは楽しそうな二人を見ながら言う。


「何も欲しいものはない。ただ夏になったら熱海の海に一緒に入り、モリで魚を突いてほしいと言われましたが……ご経験は?」

「それは間違いなく妻がしてることだと思います」


 俺は噴き出して笑ってしまった。

 前に咲月さんに聞いたことがある。

 石垣島に行った時にモリで魚を突くのにハマって、カラフル熱帯魚を煮て食べたら「全部白身魚でした」と。

 熱帯魚を煮て食べる……? と驚いたら「島の味噌汁によく入ってますよ?」と言われた。

 沖縄には仕事で一度だけ行ったことあるが、そこの味噌汁は普通だったと思う。

 知らないことばかりだ。

「石垣島にマグロを釣るツアーがあるんで、今度一緒に行きませんか?」とも誘われているが、俺は酔いそうで怖い。

 咲月さんは本当に『楽しそう』に溢れている。

 寺内さんは静かに続ける。


「それが出来ないと麻友に見向きもして貰えそうにないですので、専門の機関でトレーニングをしようと思っています」


 そんな機関がこの世界にあるのだろうか。

 海女さんに弟子入りするとか……寺内薬品工業の御曹司が?

 その前に海女さんはモリでは突かないのか?

 「取ったど~~」の芸人さんが脳裏に浮かび、俺は黙った。


「誰かに興味を持ってほしいと思ったのは初めてです」


 そう言った寺内さんの表情はネットで調べたどの時より静かに見えた。 

 俺たちはキャッキャッと楽しそうに撮影会している二人を静かに見守った。 




 挙式が始まるというので、控え室を出て屋上のチャペルに移動することにする。

 専用エレベーターで最上階に上がると、そこには真っ赤な絨毯が引かれていて、屋上庭園まで続いていた。

 俺たちはその長さに驚く。青空が抜けて見える空間の真ん中、数十メートル真っ赤な絨毯だけが引いてあるのだ。

 通路には屋根があり、その左右は庭園になっていて、東京の街が一望できる。

 

「富士山が見えますよ!」


 咲月さんの目が輝いた。

 都内でも高い場所にあるビルの屋上が、こんなに緑地化されていたのか。

 歩いても歩いてもずっと続く迷路のような緑と花のアプローチ。 


「空を歩いているようですね」


 咲月さんは楽しそうに見て回った。

 森を抜けると小さなチャペルがあった。

 三角屋根で中は暗く、竹のような細いもので全体が作られていて、また違った表情を見せる。

 チャペルの中は天井に向かって大きなリボンが結ばれていて、太陽の光が優しく降り注いでいた。

 中にはもう両家のご家族がお待ちになっていて、俺たちは順番に挨拶した。

 時間になり、リボンの上にある鐘が鳴り響いた。

 すると天井のリボンがふわりとほどけて正面の扉が開き、寺内さんと加賀美さんが出てきた。

 咲月さんは俺の横で目を輝かせる。

 太陽光の下でほほ笑む二人は神々しく美しく、丁寧にこちら側に頭を下げて挨拶した。

 寺内さんが口を開く。


「皆様、本日は、私たちの結婚式にご列席いただきまして、ありがとうございます。こうして式を迎えられて本当に嬉しいです。この後の披露宴は正直仕事として考えているので、ゆっくり挨拶できるのは今だけだと思っています。僕と麻友は、きっと真逆の人間だけど、だからこそ彼女に興味があります。お見合いという出会いでしたが、出会えたことに感謝しています」

 

 そう言って静かに頭を下げた。

 両家のお母さまは涙を流されていて、咲月さんは嬉しそうに拍手していた。

 式は厳かに進み、二人は静かに誓いあった。

 そして寺内さんは加賀美さんのベールを持ち上げて、優しく口づけをした。





「はあああ……とっても素敵でした」


 挙式が終わってラウンジで披露宴を待つ間、咲月さんはずっと目を輝かせていた。

 俺はここぞとばかりにグイグイ前に出る。


「今からでも遅くないですよ、俺たちも結婚式をしましょうか」

「いえ、私はしたくないです。〇パイダーマンになりたいとは思いません、見たいんです」

「そうですか……」


 目に見えて落ち込んだ俺の横に咲月さんはスススと近づいてきて


「隆太さんと二人なら結婚式をしても良いですよ? はい、滝本隆太さん。滝本咲月を妻にしますか?」

「……咲月さん、もう滝本になってるじゃないですか」

「ありゃ間違えた。えっと、相沢咲月を妻にしますか?」

 

 そう言って咲月さんは優しく甘く目を細めてほほ笑んだ。

 もう……この人はなんでこんなに可愛いのだろう。


「妻にします」


 そう言って頬に優しくキスをした。

 咲月さんは「えへへ」とほほ笑んで、俺の腕にしがみついてきた。


 しかし話しながら思ったのだが……。

 寺内さんと加賀美さんは、心許せる友人と家族だけで挙式をしたくて、加賀美さん側には俺たちだけが呼ばれた。

 でも寺内さん側のご友人は誰もいなくてご家族のみだった。

 つまり寺内さんには心許せるご友人が一人もいないことになる。

 披露宴には348人も来ているのに。


 加賀美さんは「二人でバカにされなくて良かったですよ」と笑っていたけど、寺内さんはその『二人』が羨ましかったのかも知れない。


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