第64話 呪いのパリピ王子様と100人目の花嫁(ワラビ視点)
「お見合い、100回断ってるって本当?」
「それは噂ですが、たくさんお断りできる立場の方ではありますね」
私……
そんな人なら即断ってくれるだろう。
私は黒井さんに『週末行けそうです!』とLINEを打った。
先日『隆太さんMCUの〇パイダーマン見てないんだって! 週末家でオールナイトしない?』と誘われた。
そんなの絶対行きたい。
でも週末はお見合いの用事を入れられていた。
そんなの行かずに朝までMCUキメたい……。
私は相手に「お見合い前に一度会いませんか?」と連絡を取った。
だって相手は製薬会社のひとり息子で、ポルシェ乗ってるパリピ内科医。
今まで100回お見合いして全部断ったというすさまじい経歴。
写真を見たらイケメンの高身長で、漫画の担当さんに「イケメン設定」と言われたら出すような人だ。
病院のスレで評判を調べたら、お見合い断られた人が逆恨みして、一年間藁人形を送り付けていると書いてあり絶句した。
だから命名! 彼は『呪いのパリピ王子様』だ。
私みたいな陰キャお嬢さま絶対断られる。
断られるなら早い方がいいじゃない?
というか週末前にフラれたいじゃない?
そして「フラれましたぁ」って報告してMCUキメたいじゃない?
連絡を入れると相手も『では、仕事場に来てください』と軽く答えた。
余裕余裕。今日中に断ってもらおう~。
私は車の中で伸びをした。
私は会社を数えきれないほど持っている財閥企業の一人娘だ。
でも勉強しろとか、会社を継げとか、一度も言われたことはない。
一つだけ強く言われているのは『家の名前に恥じない人間でいること』。
家の名前さえ外に出さないならBL書いてても何してても良い、好きなことをしろ。
ただこっちが決めた相手と結婚だけはしてくれ。
そう言われて育った。
だから何度かお見合いしてるけど、少し素を出すとすぐに断られる。
みんなが期待してるのはピアノが上手な加賀美家のお嬢さま。
本当の私はBL漫画を読むのが三度の飯より好きで、好きが高じて書いてる人間だけど。
だから断られるために素を出してるんだけどね!
もう諦めてお人形さんにならないとダメだって分かってる。
立場を理解しろ、それが仕事だと頭では理解している。
でもどうしても諦めきれない。
「……黒井さんの結婚、楽しそうで羨ましいなあ」
私はため息をついた。
運転する板橋がミラー越しにチラリと見て口を開く。
「麻友さまも御結婚されればよろしいのでは?」
「理想が上がったよ。めっちゃ幸せそうなんだもん」
コミケの会場で黒井さんにプロポーズしてきた時はすぐ警備を呼ぼうと思った。
でも同僚さんだって分かって……それに私は気が付いてた。
お店で滝本さんの手が震えていたこと。
そして黒井さんが「結婚しましょう」と受け入れた時、滝本さんは蕩けるような表情になった。
最初からめちゃくちゃ好きじゃん。何が偽装だよ~、この人策略家だよ~と思ったけど、天然な黒井さんは微塵も気が付いてなかった。
そこが黒井さんの良いところ。自分の好きなこと最優先で、迷いも、嘘もない。
有言実行で、言ったらするし、やる時はいつも真剣で。
黒井さんはそのまんま。
だから私は黒井さんが大好きなのだ。
滝本さんの気持ちがよく分かる。
分かるけど……
「……ふう」
私は車の外を見てため息をつく。
黒井さんの結婚が羨ましい。
同時に、黒井さんが結婚するのが、どうしようもなく淋しかった。
私が心底信用してて好きな人なんて黒井さんしかいない。
小学校の頃から『加賀美家のお嬢さま』として扱われてきて、本音で話せる人なんて誰もいない。
だって私の言葉なんて誰も聞かない。
私じゃなくて加賀美家の言葉なら聞く。
それに気が付いてから、すべては口先、気持ちがいい『加賀美家』がいう言葉を適当に言っている。
「あー、めんどくさ」
黒井さんとダラダラ話しながら漫画を書いていたい。
私に漫画を教えてくれたの当時私にピアノを教えてくれていた先生だ。
面白いのよと持ってきてくれた漫画は男性ふたりがピアノを弾きながら仲を深めていく話で、今思い出しても最高。
板橋が「そろそろ着きます」と言うのでスマホをカバンに入れて外を見た。
ずっと海沿いを走ってるなあと思っていたけど、右側は海で左側は壁のように高くそびえたつ崖。
すごい所にあるホスピスみたいね。
「これは……気持ちがいいわね」
「素晴らしい眺めですね」
呪いのパリピ王子様が働いてるという病院は都内から一時間車を走らせた所にあった。
車から出てみたら、見晴らしが良くて気持ちがいい~!
灯台が見えるし、黒井さんと遊びに来たいなあ。
一度黒井さんを熱海にあるうちの別荘に呼んだんだけど、ずっと潜水してて面白かった。
頭だけ見えててずっと出ててこないの。何してるかと思ったら「モリで魚を突きたいのよ!」って、なんで素人がそんなこと出来ると思うんだろう。
黒井さんは面白すぎる。海なんて何年も入ってなかったけどあまりに楽しそうだから入ってみたら、黒井さんは私の目の前で魚をモリで突いた!
原始人みたいに焼いて食べようとか言うから板橋に火を熾してもらって焼いて食べたんだけど、これがマズいの! 全く美味しくなくて!
二人でゲラゲラ笑った。
結婚したらもう来てくれないよね……。
でも滝本さんと来てくれるかな? でも夫婦で私はひとりだと気を遣わせるかな?
友達がひとりしかいない私、思考が暗すぎる。
小さく首を振って現実に戻る。
「ここがホスピスなの? 教会みたいね」
坂を登った先にある塔のような建物で、周りはたくさんの木々に囲まれていた。
一番高い所に鐘があり、教会を居抜きして病院にしたのかと疑うほどだ。
来る前に少し調べたけど、今はホスピスの事業が盛んで、自分らしい最後を迎えたい人たちが金に糸目を付けず来るらしい。
ビジネス的にも最高ね。私は風で暴れる髪の毛を押さえながら思った。
中に入ると驚くほど広い吹き抜け……それに……
「パイプオルガン!」
「イタリアのアンドレア・ミーニ社の特注品ですね、素晴らしい」
美しく輝く銀色のパイプが壁から天井に向かって伸びている。
4段の
見惚れていると、後ろから看護師さんらしき人に声を掛けられた。
「
「そんなことないです」
そう言いながら、弾いてみたい欲には抗えなかった。
お父さんがピアノ好きで、コンサートホールにある物で習ったことがある。
あの時、もう少し弾いてみたいと思ったのは確かだ。
触れてみると鍵盤が重い。まさに鍵盤の先にパイプがあるのが分かる。
そして音の響きが……やはり気持ちが良い。
私は讃美歌を弾き始めた。ホールに比べて小さいから、音が籠もって響く。
気持ちよく弾ききって気が付くと、下の席に数十人の人たちが集まっていた。
私に弾くように促してくれた看護婦さんが拍手をしながら口を開く。
「素晴らしいです……ぜひもっとお願いします」
どうせ待ち時間だし……と私は続けて弾いた。
鍵盤を押していくと音が出るタイミングがはっきり分かる。
私は夢中になって弾いた。
「あめにはさかえ……讃美歌98番 聖歌652番」
弾き終わって振り向くと、車いすに誰かを乗せた人が私に話しかけてきた。
写真で見たことがあったのですぐに分かった。
この人が
断られたいので、最初からアクセル全開、いつも通りの自分でいくと決めた。
「はじめまして、加賀美麻友です。すいません突然お邪魔して」
「大丈夫ですよ。加藤さんを霊安室に連れて行ってから、お話しましょう」
「霊安室?」
よく見ると車いすに座っている人は全くまばたきをしない……。
目を開いたまま亡くなっているのだと気が付いた。
私は車いすの前に座って加藤さんに挨拶した。
「はじめまして、加藤さん。まだ見たい物があったんですか」
「……僕もそう思ってドライブに連れて行った所だったんです」
「亡くなる時に痩せすぎると、瞼がくっつかなくなると聞きました」
そう言って私は立ち上がった。
後ろを見ると真っ赤なポルシェのオープンカーが止まっていた。
亡くなった加藤さんをこの車に乗せてドライブしてきたの?
私は黒井さんと話す時のように、思いついたことをそのまま口にする。
「ドライブと死は似てますよね。車が遠くにいくとその場から見えなくなるじゃないですか。車は居なくなったのではなく、その場から見えなくなっただけ。寺内さんは少しだけ付き添ってあげたんですね」
「結婚しましょうか、加賀美さん」
「結婚ね、そうなんです、お見合いをね……はああああああ?????」
「結婚しましょう。貴女を気に入りました。ちょっと待っててくださいね、加藤さんも疲れたと思うので休ませてあげないと」
「はい……?」
色々分からず、私はその場に立ち尽くした。
看護師さんは「寺内先生の呪いを溶かしたんですね、おめでとうございます!」と拍手してくれた。
呪いって藁人形の話だろうか。ちょっと興味がある。
「……てな感じの出会いでした」
「婚約者さんすごいね。真っ赤なポルシェで死後のドライブ。加藤さん、気持ちよかっただろうね~」
「そうですね、私も正直、そこはわりと興味を持ちました」
話しながら思ったけど、寺内さんは看護師さんに『パイプオルガンを弾ける人が来る』と伝えて外に出ていた。
つまりに私に弾かせて腕を見たかったのかな。
そして加藤さんに会わせて反応を見た……?
あの時は何も思わなかったけど、それくらいは仕組まれてた気がする。
「週末めっちゃ楽しみになってきたよー!」
「もう準備で燃え尽きましたよ……」
私は黒井さんが持ってきた地ビールを飲みながら言った。
週末に結婚式があり、私は結婚したら都内のマンションに引っ越すことになった。
「料理とか全部お手伝いさんがするから別居婚を提案したんですけど『毎日絶対に家にいてください。BL漫画書いてて良いですから。むしろ読ませてください』って言われて、超意外です」
黒井さんはそれを聞いてソファーからガバリと起きて目を輝かせる。
「もしかして腐男子?! ほらだって、この前のイベントも来てたじゃない。何人か男性が」
「その可能性は少し考えたんですけど、私が書くなら見るそうです」
「なんだ、惚気かよ。つまんない」
「今まで散々惚気てきたくせに、なんですか!! てか婚約者の話が聞きたいからって来たんじゃないんですか?!」
「板橋さぁん、キムチ炒め食べたいのー。イカが入ってるやつー」
「黒井さぁぁん?? 板橋も『分かりました!』じゃなーい!」
黒井さんは「まあまあ、今日はお祝いだからさ」とピーナッツを口に入れて転がった。
「また熱海に行きたいなあ。温泉超最高だった」
「月末にどうですか? 別にいつでもいいですよ」
「本当? 実はワラビちゃんの家が遠くなるから、少し淋しかったんだよね。山の中仲間だったのにー!」
黒井さんは身体を起こして言った。
私が淋しいみたいに、黒井さんも思ってくれたんだ……。
「滝本さんも一緒にどうですか?」
「お、じゃあ婚約者さんも誘ってみてよ。隆太さん誰とでも話せる人だからきっと余裕だよ」
「かあああ~~~。結局惚気られてる気がしますね」
「なんか楽しみだね、私たちただの同人仲間だったのにさ、人生のサイコロころころ、一緒に動いてちょっと楽しいね」
「……はい」
板橋がキムチ炒めを持ってきてくれたので、二人で食べながら飲んだ。
「呪いのパリピ王子は送られてきた藁人形、全部集めてホスピスの庭で焼いたらしいですよ」
「なにそれ、のろし?! 焼いて大丈夫なの?」
黒井さんは腹を抱えて笑った。
婚約者のそういう変な所、少しだけ黒井さんに似てると思う。
だから結婚するって決めたんだ。
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