第63話 新しい私と、冬コミ
『コンビニ前にいるよ』
『了解、もう少しでつきます!』
今日は冬コミの日だ。
楽しみで早めについてしまったので、コンビニ前でワラビちゃんを待つ。
外は風が冷たくて寒い。
でも並んでる人たちは楽しそうで、その情熱に目を細める。
私はコミケが大好きだ。
買う人たちは、まだ暗い時間帯に家を出て始発に乗り、宝の地図を作りながら何時間も待つ。
作る側は普通の生活をしながら時間を捻出。それを自ら金を出して形にするという驚異の事業を成し遂げている仲間なのだ。
ゾンビのように朝日を避けて歩く人、キャバ嬢さんみたいに盛り盛りメイク人、そして高校生にしか見えないほど若くて可愛い子……
「おはようございます」
「あ、ワラビちゃんだった。可愛いと思っちゃった」
「可愛いに決まってるじゃないですか!! 最近結婚式のためにエステ通ってるんですよ、エステ」
「全身揉まれてるの?」
「紙のパンツ履かされて六人くらいの白装束を着た女の人に色んなマシンで身体を吸われるんです」
「人体改造じゃん!」
「すごいんですよ、キュポポ……ジュワワワ……キュィィィッィ……とか変な音が響いてて」
「もうメカワラビちゃんなんじゃない?!」
「キュポポポポ……ポワワワ……」
「ギギギ……シュキンシュキン……」
オタク、すぐに会話が効果音になる。
オタク、それを普通に受け入れる。
「ていうか、コミケで黒井さんを待たせたのは、初めてですよね」
「気が付いた? 実は私もそう思ってた」
私はむふふふと笑った。
前日入稿しか出来なかった頃は待ち合わせなんて無理で、ワラビちゃんが先に入って準備してくれた。
壁サーは段ボールの数も多いし、ノベルティやポスターの準備もある。
それにサークル参加してる人たちは開場前に買いに来るので、すべて早くないと間に合わないのだ。
今まではそれをワラビちゃんがしてくれていた。
申し訳ない……。
「黒井さんがっ……開場してから客にまじって『おはようごじゃります……』って11時にきてた黒井さんがっ……人間になった……!」
「すべて隆太さんのおかげなの。今朝も一緒に早起きしてくれてね、髪の毛アイロンしてくれたの。サラサラでしょ?」
「ぐああああ……、今までの私はやられっぱなしでしたけど、秘技のろけ返ししますよ! 今引き出物考えてるんですけど、見てくださいよ」
ワラビちゃんはスマホを見せてくれた。
「どうですか、紅白餅2キロ。老舗の旅館がテストで作ってくれたんですけど、めっちゃ重たいですよ」
「想像をはるかに超えて迷惑……うち二人で4キロになった餅どうすればいいのよ……冷凍庫パンパン……邪魔……」
「だったらこっちはどうですか、絵織部手付け鉢40cm×20cm×20cm。焼き物なのに持ち手付き」
「これはもうあれじゃん? 台所から柿ピー入れて持ち歩けるから、いいよ。2日で割るから大丈夫」
「黒井さん!! 人の家から出す引き出物割るとか言わないでくださいよ!!」
私たちは『迷惑だった引き出物』を延々検索して笑った。
どうやら変な引き出物を言ってもパリピ婚約者は「面白いですね」と反論しないらしく、ワラビちゃんは「頭の中大丈夫なのか心配になってきました」と言っていた。
「ヒーローショーして太鼓も叩くんでしょ? 楽しみになってきたよ、結婚式」
「もうこうなったら口から炎でも吐きますよ」
「限界越えのエンタメショーになってきたね!!」
楽しみにしててくださいよ!!
ワラビちゃんは段ボールの箱をビリビリ破いて笑顔を見せたけど、そんなこと絶対しないと私は知っている。
間違いなく品の良い引き出物つけて、素敵な式をするんだろうなあと思う。
ワラビちゃんは本のネタ出しでも、適当に面白いこと言うけど本当に描かない。
すごくいい話ばかり描く。
変な話をそのまま描くのは私。
今回の私の新刊は義勇さんが天下一武道会に出る本だ。
クリリンと戦う義勇さんという一点突破だが、アクションが多くて大変だった。
アクションなんて描けるかな……と思ったけど、わりとスムーズにコマも割れた。
そろそろBL作家の看板下ろしてギャグ漫画家を名乗ったほうが良い気がする。
ワラビちゃんはめっちゃ純情な恋物語を描いてて、さっき思わず涙ぐんだ。
なんだよ、話してる時はナッパと義勇さんがバカンスに行く話って言ってたのに!
口先だけのワラビちゃんが変な結婚式なんてするはずない。
「黒井さん、もうラストの箱です」
「ええ……分かった。ツイートするね」
売りながらダラダラ話していたのだが、在庫が音速で消えて現実に戻った。
新刊告知した時のファボ数が少なかったので控えめに刷ったんだけど、会場して2時間持たないのは壁サー的に犯罪だ。
並んでくれている人が買えないのは悪いので、在庫と並んでいる人の数をかぞえて、列を終了させた。
すぐにTwitterに完売通知と、通販に少し回してあることを伝えた。
ギャグ本は刷る数が全く読めない……申し訳ない。
でも売り切れてしまうと、ゆっくりと席に座ってスケブも引き受けられるし、何よりお買い物も行けるのだ。
私とワラビちゃんは差し入れに貰ったお菓子を食べながらダラダラと話し始める。
「ドレス決まったんですよ。両家の両親、結婚に喜びすぎて5回着替えることになってます」
「ちょっと待って。何時間パーティーするつもりなの?」
「イ〇フィニティ・ウォーとエンドゲーム見終わるくらいやりますよ」
「なるほど、5時間42分。インド映画なら2回トイレタイムがある」
「超エンタメですからね。ゴンドラから降りてきますよ」
「ねえ、涙出るほど笑うと思うけど、本当にそれでいいの?」
ワラビちゃんが見せてくれたドレスは黄色で大きな羽が背中についていた。
「ミツバチハッチ?」
「違います、天使ですよ!!」
「小学校の時にお遊戯会でアリの役をやったんだけどね」
「え? 黒井さんがですか?」
「お尻に黒いゴミ袋ぶら下げて頭に手作りの触覚つけて……楽しくてそれで廊下を走りまわったなあ。ワラビちゃんは何やった?」
「私は発表会で常にピアノ弾いてた種族ですから」
「あのクラスに一人はいた優等生キャラ……?!」
「言ってませんでしたっけ? 私幼稚舎の頃からピアノだけが友達だったんです」
「うっそ、今度聞かせてよ。上手なの? 私ピアノの下でピアノ聞くの好きだよ」
「どうして下で聞くんですか! 普通に聞いてくださいよ!!」
ワラビちゃんは笑いすぎて出た涙をぬぐう。
私もワラビちゃんも同人歴は長いけど、あまり友達はいない。
最高に気が合うのでそれ以外の人と話すのが面倒なのだ。
話の内容がポンポン飛んでいく私たちについて来られる人は少ない。
ケラケラ笑いながらスケブを描いていたら、目の前に女の子がきた。
「すいません、今日は完売しちゃって……」
ワラビちゃんが言うと、女の子の一人がツイ……と私の前に座り、小声で言った。
「滝本さん初めまして、デザロズの、のんです」
「?!?! あっ……初めまして」
目の前に座ってほほ笑んだのは、隆太さんが応援しているアイドル、デザロズののんちゃんだった。
変装なのか、深く帽子をかぶっているが、オーラが凄まじいので周りが見ている。
後ろにはラリマー艦長も見えて、私に小さく会釈してくれた。
私は書き散らしていたスケブを置いて立ち上がった。
ここはR18スペースだ。たぶん良くない。
すぐに立ち上がって外に出た。
物販スペースから遠く離れて人が少なそうな場所で私は立ち止まった。
のんちゃんは帽子を取って頭を下げた。
「ご迷惑かと思ったのですが、いらっしゃると伺ったのでどうしても一言お礼が言いたくて。イラストとか衣装とか……本当にありがとうございました」
たしか隆太さんの推しがのんちゃんだ。
キラキラとした瞳と、小さな頭、それに髪の毛がグロスPP加工したみたいに艶々していて美しすぎる。
これは人種が違う……!
とりあえず私は一息ついて冷静になる。可愛さはないが、私は大人だ。
「初めまして。滝本咲月と申します。喜んで頂けて嬉しいです。テレビも拝見しました。本当に素敵でした!」
「咲月さんのおかげです。年明けにもテレビ出演が決まったんです。来年絶対ブレイクします。次のCDにもイラストを頂けると聞いたので楽しみにしています」
「もちろん。えっと分析官補佐ボルトンですから」
「あはは! そうでしたね、ボルトンさん、よろしくお願いします!」
のんちゃんはラリマー艦長に連れられて、その場を離れていった。
デザロズの絵を描く時に名前を変えたのは、私がR18も描いている同人作家だからだ。
私は好きで描いてるけど、そんな私の色をこれから羽ばたいていく女の子につけなくても良いと思う。
さて戻ろうと振り向いたら、柱の陰に隆太さんがいて震えて感動していた。
そういえば昼過ぎから顔を出すと言っていた。
「隆太さん?! 見てたなら、来てくださいよ。私ひとりで対応して緊張しました」
「……すいません。俺はお金を払わないとアイドルと会話できないのです」
「なるほど? それは配慮が足りませんでした……??」
隆太さんは手の汗をハンカチで丁寧にふいて、お茶を一口飲んだ。
「俺の二大アイドルが共演していて動けませんでした……すいません」
「いや……のんちゃん、めっちゃ可愛いですね。本当に惑星が違うのでは……」
本当に宇宙人なのでは? と思うほど顔が小さくて足が長かった。
ライブも見たし写真も見ながら描いてるけど、本物は全然違う。
隆太さんは私の横に立ち、手に優しく触れて言った。
「アイドルは人前に立つことで磨かれていくのです。咲月さんは俺の前だけで可愛ければ良いです」
「……私、隆太さんのそういう独占欲、全然嫌いじゃないですよ」
「あまり調子に乗せないほうが良いです。本当は咲月さんを家に閉じ込めたいほど、独占欲が強いですから」
隆太さんは優しく私の頬に唇を寄せた。
イベントに興奮していたが、いつもの隆太さんの体温にどっと疲れを感じた。
「……疲れたし、ご飯行きましょうか」
「そうですね、お腹がすきました」
撤収作業をして、ワラビちゃんの引き出物とドレス写真を見ながら、三人でご飯を食べた。
隆太さんは「結婚式用に咲月さんにドレスを用意します!」とワラビちゃんと盛り上がり始めた。
ワラビちゃんのドレスネタはギャグだけど、隆太さんは本当にすごいドレスを買いそうで怖い。
「奥様だし、着物はどうですか、滝本さん」
「ああ……想像するだけで美しいですね……」
「このドレスも黒井さんに絶対似合うと思う……シンプルだけど裾が可愛くないですか?」
「間違いなく似合いますね……ワラビさん、素晴らしい見立てだと思います」
「黒井さん、どうして結婚式しないんですかー」
ワラビちゃんがプリンを食べながら私を睨む。
そういえばワラビちゃんに伝えてなかった。
「写真撮りましたよ、ねえ、隆太さん」
「見ますか?!?!」
隆太さんが食いぎみに私とワラビちゃんの間に入ってきて机の上にリュックをザバーと広げた。
動きが素早くて少し驚いてしまう。
ワラビちゃんは空になったプリン容器を遠ざけて身を乗り出してくる。
「見ます見ます!」
「素晴らしい出来栄えなのに、語り合える仲間がいなくて寂しかったのです」
え……そうなんだ。なんだか悪いことをした気がする……けどやっぱり悪くないよね……?
何この罪悪感。
隆太さんはカバンの中から小さなアルバムを取り出してワラビちゃんに見せていた。
アルバム持ち歩いてるの??
恥ずかしくて私は頭を抱える。
でも隆太さんが嬉しそうで、ワラビちゃんも楽しそうだったから、まあ良いかと思った。
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