第62話 ドルオタ、最高の日


「隆太さん……寝ないんですか?」

「咲月さん、スプラトゥーンしませんか?」

「いやいや、今、深夜2時ですよ。冬休み中とはいえ、もう眠いです」

「咲月さん、映画見ませんか?」

「おやすみなさい~~」


 咲月さんは寝室の扉をススス……と閉じた。

 仕方ない、俺も二階に行こう。

 今日は一睡もできる気がしない。

 24時間後の深夜2時にデザロズがテレビに出るのだ。

 気が早いのは100も承知だけど、ずっとアドレナリンが出ているのを感じる。

 全く眠くないし、落ち着かないのだ。

 二階に上がり、片蔵にLINEする。

『起きてるか?』すぐに既読になった。

『寝られるわけないだろ』その返信に俺は軽く笑った。

 そうだよな、無理だ。


 俺たちはずっと同じアイドルを追い続けてきた同士なんだ。

 一大イベントを前に眠れるはずがない。

 

 初めてデザロズを見たのは、いつも見に行く学園祭だった。

 学長が『ガチなドルオタ』で、毎年マイナーなアイドルが呼ばれることで有名だった。

 的確なアドバイス、そして苗字が同じことから「ドルオタ界の仰木彬おおぎあきら」と呼ばれていた。

 最初に聞いた時、誰だそれは? と思ったけど、イチローを育てた監督だと聞いて納得した。


 学園祭に呼ばれたころのデザロズはまだ普通のアイドルだった。

 ラリマー艦長(大学の卒業生らしい)とデサロズをセットにして「人間じゃないほうがいい」とアドバイスしたのは仰木さんだと聞いた。

 本当に素晴らしい感覚だと思う。

 

 学園祭の一番小さな会場にデザロズは出演していた。

 俺がまず気になったのは「ダンスのすごさ」だった。

 興味を持って近づいたら、スーツをバシッと着た男が歌詞カードとメンバー設定が書かれた紙を渡してくれた。

 それが片蔵だった。

 

『声のかけ方と、動きが完全に風俗のキャッチだったぞ』

『あれ、まだ働いてる時期だったんだよ。会社終わって即駆け付けたんだ』


 片蔵は『懐かしいな』とケラケラ笑った。

 俺たちは古い動画を見ながらLINEで語り合った。

 初期のデザロズはアカリちゃんとアユちゃんのダンスが素晴らしかった。

 それが評判になり過激化、アカリちゃんは舞台から落ちて大けがをしてアイドルを諦める事になった。

 俺が学園祭で興味を持ち、半年後に秋葉原に向かった時には、もうアカリちゃんは引退していた。

 そしてのんちゃんは、アカリちゃんカラー、紫のマフラーをしていたのだ。


 俺はあの瞬間デザロズにハマったのだと思う。


『アカリちゃん、この前シークレットライブに来てたよ』

 片蔵の言葉に俺は頭を抱えた。

『マジかよ……』

 俺が直接アカリちゃんを見たのは、あの学園祭のライブ一度だけだ。

 早く行けばよかったと何度も後悔したけど、もう遅い。

 アイドルをやめている子を特別視するのは禁忌。

 でも会場に現れると、俺たちは横眼で見て心底安堵する。

 俺たちドルオタは引退した子にただ元気でいて欲しいんだ。

 片蔵は続ける。

『車椅子じゃなくて、杖で歩いていた』

『そっか……』

 打ちどころが悪かったようで、長く車椅子生活なんだ……とラリマー艦長から聞いていたけど、杖のほうが生活の自由度は高いだろう。

 少女が怪我で夢を諦めるのは、ドルオタ的に一番辛いことだ。

 売れないとか、結婚の方が数千倍安心する。

『出てきた理由がさ、ネットで咲月さんの絵を見たんだってさ』

『マジかよ』

『紫のリングが嬉しくて、出てきたって。車椅子だと会場入れないから、リハビリしたって』

『もう無理、尊い、泣ける、ダメだそんなの』

 俺と片蔵は夜中の三時だというのに声を上げて泣いた。

 咲月さんの仕掛けは、俺の心の奥、ずっと住み着いていたシコリさえ溶かしてくれたんだ。

 俺たちはデザロズの思い出話をして、夜をすごした。



「隆太さん、おはようございます。おうどん作ったんですよ? 食べませんか?」

「咲月さん……おはようございます」


 咲月さんは俺のお布団にモゾモゾと入り込んできた。

 ふんわりと甘い出汁の匂いがする。

 片蔵の話を思い出して優しく抱き寄せる。

 感謝を伝えても「絵を描いただけなんですよねえ」と苦笑するんだ。

 心を持って過去を溶かし人を動かしているのに……と思うけど、そこが咲月さんらしい所だ。


「さっき駅前に自転車で行ってお赤飯買ってきたんです。今日はお祝いですから」

「咲月さん……」

「そしてなんと! デザロズの絵が入ったお饅頭も宅配便で届きましたよ~」


 この人は……俺は強く抱き寄せる。

 咲月さんは俺の胸元でモコモコ動いて頬に優しくキスしてくれる。

 俺は頬を優しく包む。

 

「外は寒いのに、ありがとうございます」

「お祝いにはお赤飯ですからね。早く起きてお饅頭見てください! 同人グッズにあってずっと気になってたんですよね。わりとキレイにお饅頭の上に絵が描けるんだなーって。ちょっと線が多かったから、次はもう少し減らします。……隆太さん?」

「好きです、咲月さんが本当に、どうしようもなく好きです」

「私も大好きですよ。毎日、とっても楽しくて幸せです」

「咲月さん……」


 俺は引き寄せて唇に優しくキスをする。

 そのままベッドに押し倒して髪の毛を優しく撫でて、何度も唇を落とす。

 頬に、耳に、首筋に。

 咲月さんは俺の肩を掴んで吐息を漏らす……が、ハッと目を開いて


「お饅頭見てください!!」

「……はい、そうですね。後で抱いてもいいですか?」

「もう。そんなこと、いちいち聞かなくてもいいですよ」


 咲月さんはムウと少しむくれて俺のほうを力なく睨む。

 くっ……可愛い……やっぱり今したい……。

 咲月さんはスルスルと抜け出して早く早く~~! と階段を駆け下りていくが、俺は諸事情によりすぐに立ち上がれない。

 しかしデザロズの絵が書いてあるお饅頭……! 気合いを入れて立ち上がった。


 一階に行くと机の上に可愛いお盆が置いてあった。

 その上には、おうどんとお赤飯。

 横にチョコンと紅白の饅頭が置いてあり、上にデザロズの宇宙船のロゴが簡易化して書いてあった。


「すごい」

「文字のフォントをもう少し太くするべきでしたね。ここが潰れてるのがなあ」

 

 咲月さんは眉間に皺を入れていて、その表情さえ可愛い。

 そして俺に写メるように促す。


「Twitterにアップして今日の放送を宣伝しないと! 隆太さんは恋結軍の分析官なんですから、情報戦略は大切ですよ!」

「!! なるほど、わかりました、分析官補佐ボルトンさん」


 俺たちはお盆を持ってウロウロと移動した。

 台所の背景はイマイチだと言うので窓際に小さなテーブルを持ってきて置いた。

 そしてやっぱり太陽光ですよ! と言われてカーテンを開けて写メる。

 咲月さんのアドバイスで一番前にお饅頭を置いて、後ろのうどんやお赤飯からピントを外す。

 写メをUPするとすぐに1000RTをこえて『今日が放送なんですね! 楽しみです』とたくさんのリプが来た。


「やっぱり当日にPRするのが大切だと思うんです、隆太分析官」

「素晴らしい仕事ですね、分析官補佐ボルトンさん」

「補佐官として当然の仕事です、しかし隆太分析官……うどんが伸びちゃいました……」

「そうですね、出汁を吸った何かになってしまいましたね。でも美味しいですよ」

「お、2000RTこえましたよ。のんちゃんがRTしてくれたからですね」

「楽しいですね、もう少し仕掛けますか、ボルトンさん」

「過去ライブをUPするというのはどうでしょうか、隆太分析官。あ、衣装のラフもどこかにあるはずです」


 咲月さんはノリが良すぎる。

 たまに恋結軍ごっこをして遊ぶのだが、先日ついに軍服を書き出して笑った。

 ちなみに自分が着たいらしい。咲月さんはいつも楽しそうだ。

 俺たちはご飯を食べ終えて、過去の写メをUPしたりして宣伝した。

 その最中、7年前の俺の写真が出てきた。


「!! 隆太さんっ……これはワラビちゃんに写メを……!!」


 とか言うので捕まえてコショコショした。

 酔って両手にビールを持ち頭にバンダナ、そして5色のペンラ刺している写メはさすがに黒歴史すぎる。


 咲月さんは宣伝に……と衣装のラフ絵を出してきた。

 それをラリマー艦長にLINEで送るとすぐに公式からUPされた。

 マモティ~さんもRTしてくれて今日の宣伝として完璧に出来たと思う。

 咲月さんは「分析官、おつかれさまでした!」とビールを飲み始めたけど、俺は緊張して動けなくなってきた。




 やがて2時になった。

 俺は床に座り、膝の間に咲月さんを座らせた。

 緊張しすぎて、手が震える。

 唯一落ち着くのは、咲月さんの香りを嗅ぎ、後ろから抱きしめている時だ!!


「おお……始まりましたね」

「くっ……!!」


 俺は後ろから咲月さんを羽交い絞めにする。

 咲月さんは「いだだだ」と悲鳴をあげるが、めちゃくちゃ笑っている。

 司会者が「デザロズ」と口にするたびに我慢できずに呻き声を漏らす。

 そのたびに咲月さんは振り向いて頬にキスしてくれる。

 うう……咲月さんが居てくれて助かった。一人だったら外に走り出している。

 やがてデザロズの番になり、裏から出てきた。


 ああ、本当に、本当に、テレビにデザロズが出ている。

 

 涙が出てくるのを無理矢理止める。

 咲月さんはスッ……と膝を前について、テレビに少し近づいた。

 俺ばかり一日中興奮していたが、咲月さんが考えた衣装なのだ。


「本当に着てますね、すごい。ちゃんと動ける衣装になってる。書いた絵が動いてる……こんな……」

 

 咲月さんは小さな声で何度も「すごい」と言う。


 舞台に移動した五人は、耳にファーストシングルと同じ通信機をしている。

 そしてセンターにはダンスが一番得意なアユちゃんが立った。

 イントロが響き、五人がしている腕輪が紫色に光る。

 肘を右側に引くと、紫色の帯がカメラを横切る。

 俺は泣けて仕方ないが、画面を見たいので、涙を流したまま見続ける。

 のんちゃんの声が響く。

 カメラがその強い視線を捉えて世界を支配する。

 低音から高音まで自在に操る声で、デザロズの特殊な音楽を作り上げていく。

 耳にある通信機に触れると声が機械音に変換される。

 これはファーストシングルのオマージュだ。

 そしてのんちゃんと声がよく似ているミイちゃんが支えるように寄り添っていく。

 みいちゃんも、ほしなちゃんも……みんな今までで一番良いダンスをしている。

 咲月さんが考えた衣装は「衣装なんだけど、身体そのものが変化した状態」というテーマなので、上半身、肩の部分まで肌色だ。

 そこから各メンバーの色に羽のような状態で色が足されていく。

 それは広がるたびに華やかに揺れて、身体の一部のように動く。

 マモティ~さんが「気合いを入れた」という特殊カットされた裾は動くたびに神秘的な美しさを見せた。

 そして曲の真ん中で五人が縦に並ぶ。すると服の色が重なって、見た事がない深みを見せた。

 のんちゃんが高らかに高音を響かせた瞬間に、五人が散って目を覚ます。

 一気に散った五人は彩をまき散らして、華となった。


 俺は身動きひとつ取れなかった。

 ただただ涙が溢れて止まらない。


「……これはもう、売れてしまうのでは……ねえ隆太さん……?」


 振り向いた咲月さんはギョッとして洗面所にタオルを取りに行って、すぐに戻ってきた。

 そして俺の涙と鼻水でグチャグチャな顔をせっせと拭く。

 俺はタオルと咲月さんの手を一緒に上から握る。


「……ありがとうございます」

「すごく良かったですね」


 俺は無言で頷いて、そのまま咲月さんを引き寄せた。

 咲月さんは俺の胸元に収まって、背中をトントンと優しく叩いてくれる。

 それでもグズグズと泣き続けるので今度はテレビの前からティッシュの箱を持ってきてくれた。

 優しい……俺は今、涙と鼻水製造機だ……。


 それから何度も放送を見直して、始発で家を出た。

 片蔵たちが都内で泣いているというので、それに参加するために。

 もちろん咲月さんが作ってくれた紅白饅頭を両手に持って。

 早朝の冷たすぎる空気を肺に吸い込んで、顔を上げた。


 嬉しい、本当に嬉しい。

 ドルオタとしてこんなに嬉しい日はない。




 

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