第60話 メロンソーダと恋の詩


「私が卵サンドを頼むので、隆太さんはハムサンドにして半分こしませんか? そしたら両方食べられるじゃないですか」

「いいですよ」


 今日は約束したランチの日だ。

 同じ会社で働いていても一緒にランチをしたのは数えるくらいしかない。

 俺は外回りも多いし、咲月さんは社食で簡単に済ませることも多いからだ。

 夜も別々に済ませることが多いので、一緒に食事をするのは休日に家がメインで、外食は少ない。

 咲月さんは楽しそうに喫茶店のメニューを見ている。


「私メロンソーダのアイスが氷に乗ったところが好きなんです」

「一度長靴のメロンソーダを飲んでみたいですね」

「行ってみたいです!」


 咲月さんは目を輝かせた。

 同時に昨日トリートメントしたという髪の毛がサラリと揺れる。

 少し切りすぎました……と恥ずかしそうにしていた前髪は短めで、会社用にしっかりとメイク。

 そして俺が選んだハイネックのセーターを着ていて美しい。

 家とはまた違う良さがあって、もう少し一緒に外出しようと思った。

 咲月さんはスマホを取り出して一番近い店舗を探す。


「あっ、これって頑張ったら自転車で行けませんか?」

 マップで調べてみると家から7キロくらいだった。

「行けると思いますよ。途中に川もありますし……あ、行きたかったパン屋さんもあります」

「週末に行きましょうか! 見てください、チョコのシロノワールですよ。自転車で行くなら甘い物食べても実質カロリーゼロですよね!」

 そう言って目を輝かせるが、俺は真実を伝えることにする。

「自転車は思ったよりカロリーを消化しないんですよ?」

「えっ……そんな……じゃあ隆太さんと半分こにします……」

 目に見えてションボリしたのが可愛くて目を細めてしまう。


 会社の人たちがわりと来る店なので、ランチの時間を少し遅くして集合した。

 だから店の中はガランとしていて、三本さんはニコニコしながら俺たちの前でサンドイッチを作っている。

 咲月さんは店に置いてある『読書ノート』を開いた。


「あ、また増えてる。この方、ものすごく本読みさんなんですよね。そして尋常じゃないほど字がきれい!」

 その声に反応して三本さんが読書ノートを覗き込む。

「ああ、片桐さんね。今日ももう少ししたら来るんじゃないかな」

「週に二冊、この量の本を読むのはすごいと思います。しかもジャンルが多種多様なんですよ」


 咲月さんは読書ノートに書かれた本を説明してくれる。

 女性向けの王子様が出てくる話、その後に読んでいるのが陰陽師の話、その後に読んでるのが漢方の専門誌……。

 説明を聞いているだけでも、色んな事に興味がある博識な人だと分かる。


「私もかなり乱読なタイプなので、気持ちはよく分かりますね。知識が楽しいんですよ。色んな本を読みたい。本屋さんって漢方の本の所には、漢方の本しかないじゃないですか。でも私とか彼女さんみたいに乱読タイプの人は、漢方の本の横に美容鍼の本を置いてほしくて、その横にはダイエットメニューの本を、その横にはオシャレな服の雑誌を置いてほしいんですよね」

「俺たちがアイドルのフェスに行くと、新しい地下アイドルがたくさん出てきて楽しい……みたいな感じでしょうか」

「地下アイドルで言うなら、フェスに演歌歌手さんも出てくるような感じです。あの小林幸子さんが初音ミク歌うような!」

「なるほど、オタクに別の世界を見せてほしいんですね」

「その通りなんですよ!」


 咲月さんは目を輝かせて語った。

 確かに地下アイドルが集まるフェスでも、何か共通点があり、それで繋がりがあるのは面白いかも知れない。

 曲のテーマだったり、作曲者が同じだったり、同じ地名が出てくるとかでも行けそうだ。

 俺はふむ……と考えた。こんどラリマー艦長に提案してみよう。

 咲月さんは読書ノートを棚に戻して、俺のハムサンドと卵サンドを入れ替えて美味しそうに食べ始めた。

 パンをたくさん冷凍しているのでサンドイッチはあまり出してないけど、こんなに目を輝かせて食べるなら週に一度は出そうと思った。


「いらっしゃいませ、こんにちは」


 三本さんが入り口に向かって声をかけた。

 ふと見ると、清川と女の人だった。

 咲月さんは軽く頭をさげた。俺は手を振る。

 清川は「お」と俺たちに軽く挨拶して、店内に入ってきた。

 女の人はいつも座っている席があるのだろうか、迷いなく窓際の席に座った。

 清川は一瞬女の人の席を見て……テーブル席に方に座った。

 

「片桐さんと清川君、いらっしゃい」

「丁度外で会ったんです」


 片桐さん……さっき三本さんが言われていた本をたくさん読む方だ。

 三本さんと天気の話をして、コーヒーを注文、すぐにカバンから小説を出して静かに読み始めた。

 清川はサンドイッチを頼んだ。

 二人は外で偶然会って一緒に入ってきたのに、別の席に座った。

 これは……俺たちは邪魔なのでは?

 そう思って咲月さんの方を見たら、恐ろしい速度でギュワワワワとメロンソーダを飲みこんだ。

 そしてパクパクッとサンドイッチを食べて俺の方を見て頷いた。

 俺たちはお金を払って店外に出た。


 

「……見ました? 清川さんの表情」

 咲月さんは俺の横にツイと近づいて口を開いた。

「『時間ズラしたのに、なんでお前らがいるんだよ』って顔に書いてありましたね」

 清川は店内にいた俺たちを見るなり、一瞬目がスン……となったのだ。

 本当に一瞬だけど目に『邪魔』と書いてあったのだ。

「だから最近あの店で見かけたんですね。落ち込んでると思ったら、元気貰ってたんですね!」

「そうですね」


 俺は頷きながら考えた。

 彼女さんには見えなかった。

 それに清川は専務の娘さんと付き合ってるとか、情報通の経理さんとも良い仲だとか、色々聞いてるけど。

 咲月さんは社内ゴシップにまるで興味がないし、俺も話題にしない。

 俺は半分仕事なので、誰と誰が付き合ってるとかは9割知っているが……情報更新したほうが良さそうだ。


「清川さん、ちょっと片桐さんを気にしてる感じでしたね。清川さんって本読みます?」

「グルメガイトをよく読んでますね。あと自己啓発本」

「自己啓発本より自伝のが面白くないですか? この前畳業者の方がゲーム会社を作った本を読んだんですけど、すっごく面白かったです」


 咲月さんは「あ!」と目を輝かせてスマホをいじり、俺にある店のURLを送ってくれた。


「本屋さんのお話したら行きたくなってきました。このお店は、私が月に一度本の仕入れに行っているお店なんですけど。さっき話してたみたいに関連している本が並んでいる面白い本屋さんなんです」

「俺も興味があります」

「今度一緒に行きましょう! すっごく面白い本屋さんなんですよ。昔は丸善の丸の内本店にあった松丸本舗が最高だったんですけど、つぶれちゃったんですよ。もう本当に最高のお店で行くたびに2万円くらいお買い物したのに! 今はここが一番良いですよ」


 咲月さんはそう言って俺に手を振って会社に戻っていった。 

 俺も咲月さんの本棚に、あまりに色々な本があるので、たまに借りて読んでいる。

 それは仕事や会食の時に小ネタとして使えることも多くて、知識があって困ることはないと実感している。




 夕方、仕事を終えて今日も忘年会会場へ向かう。

 漢方をやめて分かったのだが、俺は仕事で酒を飲んでも酔わない。

 頭が常にフル回転していて、酔えないのだ。

 酔うのは咲月さんと家で飲んでいるときだけだ。

 飲んで家に帰った瞬間、すごく酔いが回ったりする。

 きっとメンタルに直結してるのだろう。

 咲月さんは最近俺をとても甘やかしてくれるから、家ですごく気持ちが楽なんだ。

 だから俺も咲月さんを甘やかしたいし、家に居るのが本当に好きだ。

 ……はあ、早く帰りたい。

 ため息をつく俺の横に清川が来た。


「よう」

「おつかれ」


 俺はスマホをスーツに入れて口を開く。


「昼は邪魔したな」

「……お前ら仲良し夫婦すぎるだろ。朝も一緒に来てるのに、昼まで一緒に食わなくてよくね?」

「咲月さんが卵サンドとハムサンド、どっちも食べたいっていうからさ」

「は~~~。滝本にこんな真顔で惚気られる日がくるなんてな」

「片桐さんは近所の会社の人なのか?」


 俺は清川をチラリとみて言う。

 清川はスマホで時間を確認して顔を上げる。


「いや、俺も詳しく知らないけど」


 ふーん。嘘だな。

 俺はスマホをいじって今日咲月さんに聞いた店を表示する。


「この本屋知ってるか?」

「ん……? なにここ。へえ……ふーん……」

「色んな種類の本が関連付けて置いてあるんだってさ。セレクトショップみたいな本屋なんだって」

「へえ……片桐さんが好きそうだな」


 清川は俺のスマホの画面をじ~~っと見て、ハッと顔を上げた。


「お前、結婚して余裕出てから本当にイヤなヤツになったな!」

「そうだな。その通りだ。お詫びとして場所をLINEに送っといた。礼は二人で行った時の話でいい」

「滝本おお????」


 清川は俺の背中を肘でグリグリしてくる。

 それもこれも咲月さんが「あのイケイケ営業の清川さんが本読み女子さん気にしてるとか、すてきですね~~」って言うからさ。 

 というのは嘘で、最近落ち込んで、飲み会で潰れてばかりの清川が、喫茶店では『生きた表情』をしてた。


「本読みさん曰く、グルメガイドと自己啓発本は全く読まないらしいぞ」

「……マジか」


 清川が真顔になったのが面白くて俺は爆笑した。

 営業成績で抜かれてる清川なんて面白くないから、元気になってほしい。

 いや……半分くらい面白がっている。

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