第59話 潤いあるオタクライフは最高です
『あ~~~ワラビちゃん見て、この膝の下にいる所が良いよね』
『わかります、戦車の中は狭いのが萌えますよね』
私とワラビちゃんは戦車が出てくる映画を同時再生しながら絵を書いている。
泥臭い戦争映画はそれほど好きじゃない。
でも戦車映画は別だ。
軍服を着た男の人が数人乗り込み、戦車を動かすために共同作業をしている所が萌えるのだ。
『この、帽子の上にヘッドフォンしてるの、めっちゃ萌えない?』
『分かるしか言えないですね。なんていうか……今それを書いています』
『ワラビちゃん、神~~~!!』
相変わらず私たちの好きなものは完全にカブっている。
お互いにハマったものをプレゼンしながら絵を書く時間は最高に楽しい。
画面共有して、ワラビちゃんが書いている横に、私もヘッドフォンをしている大佐を書いた。
このヘッドフォンをしてると軍の帽子がへこむ所がいい!
するとワラビちゃんが、大きなため息をついた。
『どうしよっかなあ……結婚式の内容、もう決めなきゃいけなくて悩んでるんですよね』
『ワラビちゃん偉いわ、ちゃんと結婚式するなんて』
私は人前に立つのが本当に苦手だ。
会議やプレゼンで前に立つ日は、前日から気が重い。
注目されて持ち上げられて褒められたりするのも、すごく苦手だ。
逆の立場になったら、全力で褒めるし、ワラビちゃんの結婚式はとても楽しみなのに。
まあこれは性格だから仕方ない。
『そういえば聞いてくださいよ。私、鞄に〇イアンマンのキーフォルダー付けてたからだと思うんですけど、結婚式の余興で旦那さんにヒーローになって頂くショーもありますとか言われて!』
『ぎゃはははは!! その営業、ちゃんと客見てるね。二人でやったらいいじゃん』
笑いすぎて線がガタガタになってしまう。
ワラビちゃんはサラサラとタキシードを着た〇イアンマンを書きながら口を開く。
『その場合、黒井さんも顔青色に塗ってサ〇ス決めてくれるんですよね?』
『あ、すいません、私もう既婚者なんで、そういうギャグはちょっと』
『私も既婚者になるために結婚式するんですけど?!』
仕方ないので私たちはサ〇スがウエディングドレスを着ている絵を書いて遊んだ。
指輪しすぎてて、どれが結婚指輪か分からない!! というオチまでついて大満足だ。
玄関で物音がして、私はワラビちゃんとの作業イプを落とした。
隆太さんが帰って来た!
「ただいま」
「おかえりなさい」
「咲月さん、ああ……もう飲みたくないです」
「お風呂入れておきました。もう入れますよ?」
「ありがとうございます、すいません……少しだけ抱っこしていいですか?」
「ダメです。昨日もそういうから甘やかしたら、ソファーで寝ちゃって大変だったんですから」
私はしょんぼりとした隆太さんの頬に軽くキスをした。
冷たくてお外の味がする。
「お風呂から出てきたら、お部屋で抱っこしましょうね?」
「洗ってきます!!」
隆太さんはパジャマセットを掴んでフラフラとお風呂場に向かった。
12月に入り、隆太さんは毎日忘年会で大変そうだ。
漢方をやめてもお酒は強いみたいだけど、連日は辛いと思う。
私は会社の飲み会に全く出ないと決めているので、もう誘われることもない。
でも営業は人と付き合うのが仕事だから、断れないのだと思う。
「隆太さん、大丈夫ですか?」
「……はいっ、寝てないです」
静かだったので声をかけてみたら、完全に寝ていた声だ。
隆太さんはお酒を飲んでお風呂に入るといつも眠ってしまう。
お風呂で眠るのは気絶に近くて危ないと読んでから心配で仕方ない。
私は脱衣所に座って話しかけることにした。
「ワラビちゃん、結婚式の余興で和太鼓提案されたらしいですよ」
「なんですか、それは。今の結婚式はそんなことになってるんですか」
お風呂の中で隆太さんが身体を起こした音がする。
良かった。
私は脱衣所でそのまま話し続ける。
「旦那さんと二人で頭にねじり鉢巻きして、巨大な太鼓をドコドコ叩くそうです」
「ケーキカット的な何かでしょうか」
「共同作業ですよ! 二人で息を合わせてドコドコドコドコ」
「ワラビさんは当然……」
「激オコしてました」
隆太さんはお風呂の中で爆笑した。
私は「やるなら隣で笛を吹く」と言ったんだけど「婚約者に『いいですよ』と言われそうで怖い」と笑っていた。
ワラビちゃんの婚約者は相当な変人か、結婚式に本気で興味がないか、どっちだろう。
「結婚式が楽しみになってきました、私」
「ちょっと会ってみたいですよね、婚約者さん」
隆太さんはお風呂場の中で笑った。
目も覚めたみたいだし、もう大丈夫そうだ。
私は冷たいお茶を準備するために台所に戻った。
一人で暮らしていた時は誰かのために何かをしたいなんて考えたこと無かった。
自宅で一人の時間ってサイコー! と思っていた。
でも今は甘やかしてあげたいと思うし、それで元気になったら甘やかしてもらいたい。
優しくしたら、優しくしてもらえて嬉しいなんて知らなかった。
数十分後、隆太さんがお風呂から出てきた。
「スッキリしました」
「お茶をどうぞ? ここに座ってください。毎日がんばってる隆太さんの髪の毛を乾かしてあげましょう」
嬉しそうにソファーの前に座ってお茶を飲んだ隆太さんの髪の毛にドライヤーを当てる。
隆太さんの髪の毛は普通の男性に比べたら少し長い。
私はそれをオタ活するときに帽子に入れるためだと思っていたけど、マメに切りにいくのが面倒だからと言っていた。
分かる。私も洗うのが楽でショートカットにしてた時期もあるけど、すぐに伸びるのがイヤで髪の毛を伸ばしている。
「乾きました」
「ありがとうございます。じゃあ、抱っこしてもよろしいでしょうか?」
「えへへ、もちろん」
私はソファーのふちに移動した。
隆太さんはソファーに座り、私を太ももの間に入れて優しく抱き寄せる。
ふわりと香るお酒の匂いと、シャンプーの香り。そして体温。
隆太さんは私の肩を優しく抱き寄せて甘く口づけをしてくれる。
優しく確かめるように、ゆっくりと何度も。
そして私を抱き寄せて首筋に頭をうずめて、ため息をつく。
「また清川が潰れて。本村と運んだんですけど、もう重くて疲れました」
「清川さん、最近荒れてますね。やっぱり吉田産業さんが潰れたの辛いんですね」
「廃業ですから、仕方ないですけどね」
清川さんをずっと支えていた営業先が最近廃業を決めて、成績が一気に落ちた。
それもあって最近荒れているのだと隆太さんは話していた。
営業さんって、私には絶対できない仕事だから本当に尊敬する。
「そういえばこの前三本さんの喫茶店で清川さんが寝てました。疲れてるんですね」
「あそこは電波弱いですからね。眠るには最高の店なんですよ。咲月さんも行くんですね、あのお店」
「私も同じ理由です。通知が入らなくて本が読みやすいんですよ。読書ノートを見るのも楽しいですし」
「あれいいですよね」
隆太さんはうなずいた。
三本さんのお店は輸入した海外の文房具をたくさん置いていて、そこに『読書ノート』というものを置いている。
電波が弱くて本を読みたい人が集まってくるので三本さんのアイデアでオススメの本を書き込む『読書ノート』というのを置くようになった。
そのノートは外国の絵本のようなノートで紙も特殊。
貸してもらえるペンも高い万年筆だ。
書き心地は最高で、正直あのノートとペンで文字を書きたいからおすすめの本を書きたい。
それにランチも美味しくて大好きだ。
「卵サンドがいいんですよね、あのマヨネーズたっぷりの卵が好きなんです。隆太さん今度一緒に行きましょう?」
「いいですね。明後日はどうですか?」
「大丈夫です!」
私たちはお互いにスマホを取り出してスケジュールに入れた。
隆太さんは明日も忘年会のスケジュールを見て「はあああ……」とため息をついた。
私は抱き着いて、頭をなでなでした。
隆太さんは優しく私を抱き寄せて再び甘くキスをした。
次の日の朝。
隆太さんを見送って私は部屋の掃除を始めた。今日は有給を取っている。
12月、デザイン部はクライアントが動かなくなるので、わりと暇なのだ。
だからオタクライフ初の冬コミ前の美容院にいくことした!
結婚して一番改善したのは、オタ活に対する時間の使い方だ。
前は休みの日といえば朝から晩までダラダラして眠りたい時に眠り、食べたいときに食べた。
でも結婚して隆太さんと一緒にいるようになってから、夜は眠り朝起きるようになった。
そして一番集中できるのは夜ではなく、朝一番になったのだ。
生活が整い、食事が潤った結果、なんともう冬コミの原稿が入稿済!
潤ってるオタクライフすごい……!
「トリートメントとカットですね」
「よろしくお願いします」
美容院に到着して、私は小さなポーチを持って椅子に座った。
中には文庫本とスマホが入っている。
私は美容院にくると全く話さない。
世間話はするけど、気を遣うのが面倒だからだ。
この美容院も馴染みなので、話しかけてくることはないけど……どうやら今日対応してくれる人は新人さんらしく、前に本を並べてくれた。
私はそのラインナップに首を傾げた。
『エジプトのすべて』『日本の城の全て』『世界の不思議な建築物』
エジプトと城と不思議……? 完全に混乱したチョイス……これは一体……?
そして気が付いた。
席に持ってきた小さなポーチに、某ゲームのガチャで出てきた城とピラミッドが合体した妙な物体のキーフォルダーが付いていた。
きっとこれを見たんだ!
違うんです、これあまりに変でワラビちゃんに見せたくてここに付けたの忘れてたんです……。
こりゃワラビちゃんがヒーローショー薦められてるのを笑ってられないな。
私は苦笑しながら読んだ『世界の不思議な建築物』はメチャクチャ面白かった。
アビタ67団地、やっぱりカッコイイ~~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます