第58話 会社員だって平日ライブに行きたい
『デザロズのメンバーが初期のファンたちに向けてシークレットライブをしたいって言い出したんだけど、来られるか?』
始発駅だからこそ、座れる満員電車。
俺はラリマー艦長からきたLINEを見て完全に動きを止めた。
古参を集めたシークレットライブ……そんなのめちゃくちゃ行きたい。
最近デザロズのライブは平日でもかなりの客が入り、休日ともなると満員御礼になる。
まあ箱が小さいんだけど、それでも快挙だ。
休日しか行けない俺は朝一番で現場に行くことで入場券をゲットしていたが……シークレットライブ……。
「……行きたい」
「どうしたんですか?」
咲月さんは横でスマホゲーを走らせていたが、俺のため息に気が付いて覗き込んでくる。
俺は来週のライブのことを咲月さんに話した。
「え……それ何があっても行くべきですよね。でも来週火曜日ですか。火曜って確か……」
「そうなんです。絶対いけない日なんですよね」
俺はスケジュールアプリを立ち上げた。
毎週火曜日は最近仕事を始めた会社との会食ミーティングがある日だ。
半年ほど前に、俺は『オフィス箱猫』というヒット商品を出した。
咲月さんが部屋に置いている段ボールに猫の顔を描いているのをみて、オフィスに置かれるコピー用紙の箱に猫耳をつけた。
これがとてもよく売れた。
その時に知り合ったオフィスレンタルの会社が、うちの会社に事務用品すべて任せると言ってくれたのだ。
大口の仕事で俺が担当者なので、会食は外せない。
外せないが……シークレットライブも外せないだろう。
きっと年末のテレビ出演の話もあるし、新曲の掛け声の練習もある、衣装も少し見られるのかも知れない。
どうしようもなく行きたい。
食事好きな社長が会食を無くすことはしないだろう。
無理なのか……。
諦めそうになる俺の腕を、咲月さんがキュッと握ってくれた。
「なんとか行けるといいですね。だってこんなの、めっちゃ嬉しいですよね」
「……はい。行きたいですね」
「テレビの収録も近いでしょうし、メンバーも不安だから馴染みの人たちとライブしたいんですかね」
「そうだ……その通りですね!」
そうだ、俺たちだけじゃない、きっとライブを見て欲しいのはデザロズのメンバーだ。
俺はもう一度スマホを立ち上げた。
これは行くべきライブだ。
夜、俺は仕事を終えて秋葉原に向かった。
今日もライブがあり、片蔵や古参メンバーは和平交渉という名の反省会をしている。
平日に仕事を終えて秋葉原に行くと22時を過ぎてしまうので、あまり行かないが今日は特別だ。
デザロズがシークレットライブをしてくれるなら、せめて俺たちはお揃いのTシャツを作ろうじゃないか、という話らしい。
カラオケのパーティールームがいつもの場所だ。
入ると片蔵が手をふってくれた。
「滝本。おつかれー」
「どんな感じ?」
「今みんなで文字書いてる所。お前も書けよ」
片蔵にA4の紙を渡されて俺も椅子に座った。
見ると見慣れたメンバーがいて、みんなイラストや文字を書いている。
「滝本さん、おつかれです」
「横山さん、お世話になります」
書き始めた俺の横に横山さんが来た。
彼も古参メンバーの一人で、お菓子やパッケージのデザインをしている人だ。
今回は急遽横山さんが、みんなが描いた絵や文字をTシャツにしてくれるという。
「今日は奥様はいらっしゃらないんですか?」
「咲月さんは自宅で作業があるようです」
俺は答えた。
咲月さんもライブはもちろん、このTシャツを作る会にも誘われていたが「私は古参じゃないですよ。そういうのは違うと思います」とはっきり断った。
メンバーは喜ぶと思うが、咲月さんはそういう所の線引きはしっかりしているし、古参じゃないのは間違いない。
それにここに来るとイラストの件もあって、神さま扱いされてしまうのもイヤなのだと苦笑していた。
まあ正直神だから仕方ない。
隣に片蔵も来て話し始める。
「どうだよ、来られそうか?」
「いや……火曜日だけは、本当に厳しいんだよな。でも諦めてない。これは絶対行きたい」
「もう会社員なんて辞めたらどうだ。いいぞ、フリーターは」
「あ、ごめん、俺結婚して奥さんいるからさ」
「か~~~~~っ!!! うらやましいいいい~~~~~~~!!」
分かりやすく片蔵は叫んだ。
「奥さん!!!! 奥さんだって奥さん、はああ~~~~~」
横山さんは机に突っ伏した。
悪いが俺はもう、堂々と惚気ることにしたんだ。
咲月さんは可愛いし、俺の自慢の奥さんだ。
俺は奥さんを守りつつ仕事をして出世する、そしてオタ活もする。そう決めたのだ。
「空間デザイナーのヒラタデザインさんが、ぜひうちで……と言ってくださいました」
「ここの照明はすごく良いからね。シアタールームがあるレンタルオフィスは需要が高いから」
「そう思いまして、来週はプロジェクターの専門家の方をお呼びしました」
「滝本くん、良いね。君の先を読む能力、僕は好きだよ」
「ありがとうございます」
今日は火曜日……ライブの日だ。
会議は順調に進んで、抜かりはない。
ここでミスをするとこの後に響くからだ。
俺はホワイトボードに書いた文字を写メって議事録用にテキスト化させる。
写メった文字がそのまま使えることはないので、社長がトイレに行っている間に全て直してメールで送る。
いつもこの作業は本村に頼んでいたが、今日はもっと大切な仕事を頼んでいた。
さあ食事に……という空気になり、社長がトイレから戻ってくるのと同タイミングで俺のスマホにLINEが入った。
俺はそれを確認して社長の横に立つ。
「今日は何食べるかね。君は新婚さんらしいじゃないか。やっぱりお肉かな」
「社長。本日、出口の方でお渡ししたいものがあります」
「お? なんだね?」
俺は社長と一緒に会社の出口に向かう。
そこには白い手提げ袋を持った本村がいる。
俺はそれを受け取って、社長に渡した。
「週末の11月14日は、社長のお母様のお誕生日だと知りまして。わが社から
「あ!! そうだったね! そうだ、もうすぐ母さんの誕生日だ。それに冬桃?! 母さんの大好物じゃないか」
「お好きということで、ケーキに仕上げされて頂きました」
「本当かい?! これは母さんが喜ぶな。桃か。持たないな……今から持って行ってあげてもいいかな」
「もちろんです。桃はフレッシュなうちに食べるのが一番良いですから」
「滝本くん、本村くん、ありがとう!」
「あとこちら、誕生花デルフィニウムの花束です。花言葉は高貴。お花の教室で教師をされていたお母様にぴったりな言葉だと思います」
「いやあ、ありがとう滝本くん。食事は来週にさせてもらっていいかな。すまないね」
「全く問題ありません。いってらっしゃいませ」
俺たちは荷物を抱えてウキウキと車に乗り込む社長を見送った。
頭を下げているが……正直めちゃくちゃニヤニヤしている。
完全に勝った!!!
俺は挨拶をしながら、会社を出た。そして本村の肩を叩く。
「助かった!!」
「滝本さん、すごいっスね……社長めっちゃ嬉しそうだったじゃないですか」
「小さなことが今後の円滑油になるからな」
「カッコイイっす!!」
偉そうに言っているが、とにかく会食に行きたくない、その一心だ!
社長夫婦はSNSを嫌い、まったく情報が無かった。
困り果てたが、社長の娘さん……美穂子さんがお花の教室を開いていることは知っていた。
当然だが、その教室はSNSをやっている。社長の娘さんが開く教室にお金を払ってくるのは、社長に取り入りたい人間が多い。
俺は繋がっている人をチェックして、本名でFacebookをされている方を見つけたのだ。
そして社長のお母様の誕生日と、元お花の教師だということ、冬桃がお好きなことを知った。
冬桃はクリスマスピーチと呼ばれ、超希少品種。
主に現地で消費されてしまい、あまり出回らないと聞き、急遽確保。
そして現地のケーキ屋さんにお願いして仕上げてもらった。
当然当日しか食べられないものなので、本村に山梨まで取りに行ってもらったのだ。
ここまでしても俺たちと飯が良いなら、もうそれでいい。
そこまでやり切っての完全勝利だ。
「本村おつかれ」
「何事かと思いましたよ、突然山梨行けとか言うから」
「久しぶりに早帰りできるぞ。じゃあな」
俺は本村と別れて速攻秋葉原に向かった。
時間はまだ17時半、こんなに早く秋葉原に来られるのは久しぶりだった。
「滝本!」
「間に合った!!」
俺はカバンもスーツの上着も全てコインロッカーに入れてライブ会場に来た。
そしてトイレで横山君が作ったライブTシャツに着替える。
俺たちが書いた応援メッセージとイラストが散りばめられている。
胸元には大きく『デザロズ、テレビ出演おめでとう!』と大きく書いてある。
よく見たら、俺の書いた文字の横に小さく絵が描いてあった。
これきっと咲月さんの描く絵だ。
「やっぱテレビに出られるのは咲月神さまの力がデカいからさ!」
片蔵は完全に準備万端な状態で興奮しながら言った。
どうやらラリマー艦長が直々にお願いしたらしく、とても控えめに小さく絵が描いてあった。
俺はそれをギュッ……と握った。
ものすごく嬉しい。
ライブ会場内は古参のファンたちがみんな準備万端で待っていた。
そして照明が落ちて、のんちゃんの声が響く。
「みんなーーー!! 今日は昔のセットリストでいくよーー!」
「うおおおおおお!!!!」
ライブは初期の曲を中心に盛り上がった。
久しぶりに思いっきり身体を動かせる空間で思いっきり応援した。
まあこれは客が居なかった頃の名残で、今は混んでいるのが嬉しいと思っている。
曲のつなぎもMCも、全部七年前と同じ……。
そしてのんちゃんが最後にテレビの報告をしてくれた。
「明日。テレビの収録に行ってきます。マモティ~さんが衣装を……作ってくれたんです」
話すのんちゃんの目には涙が見える。
俺たちも感極まって泣きはじめてしまう。
のんちゃんはクッ……と顔をあげた。
「ここからです。ここから全て始まるんです。みなさん、引き続き応援、よろしくお願いします!」
「お願いします!!」
他のメンバーも一斉に頭を下げる。
俺たちは両手が痛くなるまで拍手をしてライブを終えた。
最高の夜、俺たちは叫び続けた。
デザロズのファンで良かった。
俺と片蔵と横山くんは泣きながら飲んだ。
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