第57話 一緒に食べる朝ごはんとスーツ


「すごい……」


 ラリマー艦長から送られてきた画像を見て私は言葉を失った。

 私の描いた絵が、本当に衣装になろうとしていた。

 こんな風に考えるのか、布の一枚でこんなに印象が違うのか、切り方一つで違う表情を見せるのか。

 全く知らない事ばかりで、私は家のパソコンでその画像を一時間も見てしまった。

 実現不可能な絵を描いたつもりはなかったけど、本当に作れるものなのか。

 ラリマー艦長曰く「マモティ~さんは別格です」と言っていたので、Twitterなど拝見したけど、有名アイドルさんや芸人さんの衣装を手掛けていた。

 歌い手さんの法被も作っていて、その細かい芸に驚いた。

 こんなすごい人に私が描いた絵を衣装にして貰えるのか……私は緊張で胸元の服を摑んだ。


 昔から二次創作といえば漫画、小説が主流だけど、最近は手芸が増えてきている。

 推しの人形に着せる服を作ったりするのだ。私はアイロンさえかけられない不器用の国の人なので、手芸が得意な人は恐ろしく尊敬する。

 ミシンで何か作ったりするのは興味があって、高いミシンは持っているし、手芸店に行くとカワイイ布を買ってしまう。

 そして新聞紙で型紙を作って、布を切って、うまく縫えなくて投げ捨てる。

 全く才能がない。

 でもさすがの私も分かっている。

 私は漫画が描けるから良いのだ!

 



 

 珍しく激しく私を抱いた隆太さんは、朝早く起きて、いそいそと朝ごはんを作っていた。

 よく分からないんだけど、隆太さんは私を抱いた朝、いつも少し凝った朝ごはんを作る。

 それが個人的には可愛くて、嬉しくて、なんだか幸せなのだ。

 隆太さんは私に優しすぎる。もっと自分勝手に動いてくれてもいいのになあ……とか、もっと激しくしてくれてもいいのになあ……とちょっとだけ思っていたので、昨日みたいな隆太さんは大歓迎だ。とても気持ちが良かった。


 トントン……カタカタ……静かに続く甘い音にウトウトしてしまう。


 二つに分かれていた台所を一階にまとめたのは隆太さんだった。

 一階の台所は二階の二倍の広さがあるし、シンクも新しい。

 それなのにあまり使っていなくて、もったいないなあ……と思っていた。


 私は基本的な料理は全てできるけど、食に関してはかなり適当な人間だ。


 あるもの適当に食べて、栄養が足りないならサプリでもジュースでも飲めばいいのでは? と思っているので、台所の装備は貧相だった。

 それこそ唐揚げ2キロあげて、一週間食べ続けても飽きない。

 漫画と仕事以外は適当なのだ。

 隆太さんは元々調理器具を買うのが好きで、更に私という「なんでも食べます~」という適当な生物が転がったことでテンションが上がったのか、先日ついに「メインの台所を使わせて頂いてもよいでしょうか」と私に言ってくれた。

 願ったり叶ったりだ。

 でも全ての料理を隆太さんが担当してるわけではなく、私も隆太さんと一緒に台所にたつ時間が増えた。

 だって隆太さんが一階にいる時間が延びたのだ。それが単純に嬉しいし、一緒に作ったほうが楽しいし、早く出来る。

 そして一緒にご飯は最高に美味しい。


 私は実家が旅館をしていたこともあって、両親の朝は常に早かった。

 ごはんを母屋で家族が作って一緒に食べる……という行為をした覚えがない。

 そもそも母屋にあった台所はかなり貧相だったのを覚えている。でもそれは当たり前だ。

 お父さんは料理のプロだったし、数百メートル離れた旅館に食堂があったので、常にそこで食事をしていた。

 余ったものでも食べ物は何でもあった。あの頃に「とりあえず残ったもの適当に食べれば良いや~」精神が作られたのだと思う。

 悲惨な子供時代とかではなく、そういうものだったので悲壮感はない。

 食堂で食べたほうが間違いなく効率が良いのは分かる。

 でもこうして誰かが私のために食事を作ってくれる音がこんなに優しいなんて知らなかった。


「咲月さん、朝ごはん食べませんか?」

「隆太さん……」


 私の頬に優しい指が触れる。

 幸せな料理の音を聞きながら二度寝していた。

 腕を伸ばして抱っこをねだる。隆太さんはエプロンで手を拭いて、私を抱き寄せてくれた。


「……身体、辛くないですか?」

 隆太さんが私の頬にキスしてくれる。なんて優しいんだろう。好き。大好き。ここはちゃんと伝えようと思って隆太さんを引き寄せる。

「あの、ちゃんと言いますけど、昨日のエッチはとても気持ちよかったですよ」

「咲月さん……」

 隆太さんは嬉しそうに、少し恥ずかしそうに私に唇を落として、ベッドに押し付けるように抱きしめてくれる。

 ああ、このまま一緒にゴロゴロしたい。

 大好きなコーヒーと隆太さんの香りに包まれてそう思う。でも分かってます……もうスーツ着てるんですね、今日は火曜日、平日です。

 うわああ……会社に行きたくなあああい……!!

 朝のラブラブタイムを諦めて、ゾンビのように布団から這い出す。


 でも台所に行って机の上を見ると、一気にテンションが上がった。

 ふわふわに仕上げられているスクランブルエッグ、少しだけ添えられたケチャップ、丁度良い量が添えられたサラダに乗ってて嬉しい新玉ねぎ。

 三枚添えられたパンのサイズのベーコンはカリカリに焼かれていて、切り落として食べるチーズが置いてある。

 そして入れたてのコーヒーが大きいポットに入れてある。


「さあ、どうぞ」

「うう……朝ご飯すごい……量も丁度良い……結婚してよかった……」

「俺気が付いたんですけど、パンを買いたいんです。東京には美味しいパン屋が多いのに、食べられる数は限られているので、咲月さんが毎朝パン食で助かります」

「うう……美味しいです……なんでこんなパリパリしてるの……しゅごい……」


 隆太さんは立場が上がって長距離の出張は減ったけど、逆に都内を移動することが増えたようだ。

 ついでに美味しいパン屋に寄って、パンを買って帰ってくる。

 営業先でも「妻がパンが好きで」と言って、情報を集めていると聞いた。

 この前、初めて打ち合わせで行った会社で「滝本さんって、パンが好きな奥様?」と言われて赤面したが、すべての女性社員に「羨ましい」と言われて嬉しかった。

 えへへ、私の旦那さまはとても素敵で、毎日が幸せだ。


「そういえば、デザロズの衣装アイデア見ました。ヤバいくないですか?」

「実はあれを事務所で見て飲み過ぎたんですよ。 マモティ~さんは本当に凄いんですよ。偶然スケジュールが空いて、デザロズに興味を持ってくれたらしいのです!!」

「あああ隆太さん、コーヒーがこぼれてますよ!!」


 隆太さんは言いながら興奮しすぎて机にコーヒーがこぼれてしまった。

 どこまで可愛いのだ、この人は。

 私は慌ててシンクから布巾を持ってきて拭く。


「すいません、もう興奮が抑えられなくて……!」

「わかります」


 デザロズ初心者の私でさえ興奮したのだから、ずっとファンでいる隆太さんの興奮は想像に容易い。


「私が描いた絵がこう……どんどんと展開されて、アイデアが足されて、カタチになっていく部分の絵が、もう凄かったですね」

「そうなんです……!! 人の気持ちが集約していく感じがもう、尊くて!!」

「……隆太さん、ご飯全く食べてないですよ? 間に合います?」

「食べます!!」


 オタクあるある……トークに夢中になって飯が冷める。

 オタクあるある……食事はおまけで、ただ語りたいだけ。


 私たちは食べて語りながら、一緒に皿を片付けた。

 何をしていても共通の話題があるから、家事をしていても楽しい。

 いつもの流れだと、徒歩の私が少し先に出て、その間に隆太さんは掃除機をかける。

 出ようと玄関に座ったら、横に隆太さんも座った。


「今日は歩きなんですか?」

「話したりないので、駅まで一緒に歩いてもいいですか?」

「もちろん!」


 私と隆太さんは玄関で一緒に靴を履いて外に出た。

 なんだかとても大好きで、玄関で目を閉じてキスをねだった。

 隆太さんは私の肩を引き寄せて、軽く唇をついばむ。

 同じ歯磨き粉のミントの味。

 目があって二人で少し笑って外に出た。

 気持ちが良い青空で、空気はキンキンに冷えていた。

 隆太さんが私の首元のマフラーを直してくれる。

 私は少しだけ聞かせてもらったデザロズの新曲を口ずさむ。


「結局ダンスナンバーになったんですよね?」

「そうなんですよ、頭の部分だけダンスを見たんですけど……こうなって、こう! でした」

「ちょっと?! その予想を超えた身軽な動きは……! 今まで黙ってましたけど……隆太さんオタ芸出来ますよね……?」

「……すいません、さすがに咲月さんの前で踊るのは恥ずかしいんですけど……その次は、こうなって、こう! でした」

「隆太さん、スーツが、スーツが変なことになってますよ!!」


 スーツで軽快に踊る隆太さんを見ていると楽しくて仕方がない。

 私たちは爆笑しながら駅に向かった。

 オタク夫婦朝から元気すぎる。



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