第56話 デザロズが動き出す


「え……本当ですか?」

「今ラリマー艦長からLINEが来ました。すごい事になってきましたね」

 

 突然二人同時にLINEが入ったので、咲月さんが気にして見てみたらラリマー艦長からの緊急連絡だった。

 内容は、この前咲月さんが提案してくれた衣装でデザロズが年末のテレビ番組に出演するという事で……俺は立ち尽くした。


 この前ライブに行った時「音楽番組にチョロっと出るかも」という話は聞いた。

 無名の地下アイドルだし、チョロっと出るだけでもすごいことだ。

 それに咲月さんを和平交渉に連れて行ったのはつい先日で、衣装の話は軽くした程度。

 全部ほんの少し、叶ったら良いねレベルの話だったのに、すべて決まったというのか?

 年末の音楽番組の収録は早いと聞くし、衣装を今から作って間に合うのだろうか。

 その前に曲は……? それも決まってないはずだ。

 何も……何もないのに……


「隆太さん隆太さん!! これ、卵、どうしたらいいですか、もう出しちゃお、どーん!」

「あっ……すいません!」

 

 今日は日曜日で俺と咲月さんは夜ごはんのオムライスを一緒に作っていた。

 もう一瞬でデザロズの事で頭がいっぱいになって、卵を焼いていることなど忘れていた。

 チーズを入れて半熟にしたかった卵はこんがり卵焼き状態に。

 しかし咲月さんは全く気にせずに温めておいたデミグラスソースをドパーとかけた。


「隆太さん、もう食べましょう?」

「そうですね……ダンスソングだと思います……」

「隆太さーん!!」

「すいません、頭と口が繋がってません……」


 頭の中がグルグルしていて食べられる気がしなかったが、一口食べたら美味しくて食が進んだ。

 咲月さんはお腹が空いていたのか、あっという間に食べ終わり、おつまみに揚げておいたポテトに手を伸ばした。


「コスプレイヤーさんの知り合いとか見てると、衣装作るのに半年くらいかかってますよ?……間に合うんですかね」

「……緊張してきました……」

「正直私も怖いです。当然ですけど、本当に服にすることを考えて書いてないので、大丈夫なんですかね……」

 

 その言葉に俺はハッ……とした。

 そうだ、突然巻き込まれた咲月さんのほうが緊張しているに決まっている。

 俺は自分が書いた絵をスマホに表示させて、むー……? と言っている咲月さんの前にプリンを出した。

 咲月さんの表情がパッ! と明るくなる。


「もう食べられますか?」

「大丈夫だと思います」


 卵が沢山あったので、昼間に固いプリンの作り方を調べて二人で作ったのだ。

 咲月さんはスプーンに大盛りのプリンをのせて頬張った。


「あー……美味しいです……手作りのプリンって卵の味が濃厚で、あー……」

「コーヒーもありますよ」

「隆太さん好きー!」


 にぱー! と口を開いてほほ笑む咲月さんが可愛くて大切で、俺は頭を優しく撫でた。

 咲月さんは俺の手に頭をグリグリと押し付けて目を閉じた。


「隆太さん、甘えんぼタイムしましょう。抱っこがいいです。リビングで映画見ながらコーヒー飲みませんか?」

「丁度俺も、咲月さんを甘やかしたいな……と思ってました」


 俺たちは食べ終わったお皿を食洗器に入れて、プリンとコーヒーを持ってリビングに行った。

 そして俺が後ろから抱っこするような状態で咲月さんを抱きしめて撮りためた映画を見始めたが、正直俺は内容が頭に入ってこなかった。

 デザロズが咲月さんの衣装でテレビに出るなんて。







「ラリマー艦長、状況についてお伺いしたいのですが」

「滝本分析官、待っていたぞ」


 次の日の月曜日、俺は仕事を終わらせてデザロズの事務所に向かった。

 デザロズは基本的に平日もライブをしているが、開始時間が早く、会社員の俺は出るのが難しい。

 でもライブ終了後から終電までラリマー艦長はいつも事務所にいて、恋結軍メンバーとの交渉には常に応じてくれる。

 ただアイドルのファンでいるだけでは、我慢できなくなった俺にはこの環境がとても楽しい。

 ライブを見なくてもラリマー艦長と話すために秋葉原に来るくらい好きだ。


「テレビ出演の件、どう考えても全てが間に合わないような気がするのですが」

「実はマモティ~さんから『衣装あれ、作ってるの? 今なら出来るけど?』と連絡があったんだ」

「ええ?! それは……乗るしかないですね」

「そうなんだ、もう乗るしかない」


 マモティ~さんというのはアイドル業界で知らぬ人はいない、コスチュームデザインの有名人だ。

 有名アイドルの衣装を多数手がけていて、マモティ~さんに衣装を手掛けて貰ったらクソ曲でも売れると言われるほどの有名人だ。

 地下アイドルだと頼むことさえ憚られる、雲の上の存在マモティ~さん……その方が自ら「今なら出来る」なんて言われたら、何が何でもお願いするべきだ。


「元々していた仕事がポシャったみたいで、10日間だけ抱えている作業者含めて手が空くらしく、今日含めて2日でデザインの最終案まで出すとさっきメールが来ていた」

「めちゃくちゃ仕事が速い……!」

「さっき最初のデザインが着ていた。咲月さんにも送ったが、見るか?」

「はい!」


 大きなモニターにイラストと写真が表示された。

 俺はそれに圧倒されて絶句する。

 まず咲月さんが考えた衣装を現実的にどうすればよいのか、アイデアが10も20もイラストでラフに書き綴ってある。

 そしてそれが細分化、文字が違うからマモティ~さんのアイデアを元にデザイナーさんが実現可能か不可能か、書き足していく。

 咲月さんの絵を真ん中において、枝が無限に伸びるように可能性が広がっていた。

 使ってみたい布や、アイデア、写真も多く使われていて、俺はそれを見るだけで泣けてきてしまった。

 ラリマー艦長もうっとりと画面を見ながら言った。


「俺はこういうのが好きなんだ。たった一人の本気は、多くの人を突き動かす。そして思いもよらぬアイデアと共に新しい気持ちを生み出していく。アイドルはそれを形にしていける、美しさや可愛さは大きな才能で、それは気持ちの伝道師みたいなものだと俺は思うんだ」

「ラリマー艦長……わかります……」


 俺たちは月曜日だと言うのにビールを買ってきて事務所で飲んだ。

 もちろんモニターにデザロズの衣装案を映したまま。

 まだ何も始まってないのに今までを思って酒を飲んだ。






「隆太さん、お帰りなさい」

「咲月さん、ただいま」


 俺は玄関にカバンとコートを置いて咲月さんを抱きしめた。

 事務所で飲みながら話していたけれど、結局最後は咲月さんがどれほど素晴らしいのか延々と語る厄介な男になっていた。

 最後にはラリマー艦長も奥さん自慢を始めて、よく分からない会になってしまった。

 俺の咲月さんは世界で一番可愛いし、最高のオタク奥様だ。

 咲月さんを玄関で抱きしめて、丸くて可愛い頭を引き寄せ、舌で唇を押し開ける。

 

「ん……隆太さん、どうしたんですか?」

「咲月さんを抱きたいです、いいですか?」

「!! ……いいですけど」


 俺はスーツの上着を脱ぎ捨てて、ネクタイを一気に緩めた。

 そして咲月さんをキスで追う。

 咲月さんが俺の首に触れてキスを返してくれる。

 ネクタイも投げ捨てて、俺たちは何度もキスしながら咲月さんの寝室に移動した。

 そして勢いそのままに咲月さんをベッドに押し倒す。


「……今日は珍しい隆太さんですね……」


 咲月さんが俺の下で目を伏せて言う。

 俺はワイシャツを脱ぎ捨てて咲月さんの上着のボタンを外す。

 そして首筋に優しく触れて、激しく口づける。

 ああ、咲月さんの香りだ。

 咲月さんは甘く表情を歪ませて吐息を吐く。

 俺はその吐息さえ吸い尽くすように唇を落とす。


「今日はずっと咲月さんのことを話していたので、顔をみたら我慢ができませんでした」

「んっ……なんですか、それは」

「あ、でもお風呂に入ってませんね」


 さすがにがっつきすぎたかも知れない。

 俺は一瞬で冷静になり、お風呂に入ってからにしようかと身体を離したら、咲月さんが俺の肩を掴んで引き寄せて唇に舌を入れてくる。

 快感がせり上がり、力が抜ける。


「っ……咲月さん、お風呂に……」

「女の子はですね、こういう風に強引にも、されたいものですよ?」


 咲月さんは恥ずかしそうに、ちいさくむくれて俺を優しく睨んだ。

 その可愛さに心臓が摑まれて、俺は小さく吐息を吐いた。

 もうそんなこと言われたら、ダメだ。

 壊れてしまう。


「どうなっても知りませんよ」

「隆太さんの匂い、大好きなんですから」


 そう言って咲月さんが俺の肩に手を伸ばして引き寄せる。

 俺は甘美に開かれた唇に、舌を差し込む。そして甘い咲月さんの薄い舌を何度も吸った。

 どうしようもなく、咲月さんを愛している。



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