第54話 花火の夜に
『そういえば、私、結婚式の日取り決まりました』
『早くない? まあ頑張ってよ……』
帰省後すぐにPCを立ち上げて、通話に入り、原稿を手伝い始めた。
状況的にはそれほど悪くない。
Twitterにはかなりの量の泣き言が入っていたが、あれはネームの時だったようだ。
ネームが一番つらい、分かる。
『結婚を仕事として受け入れました。それに黒井さん見てたらとりあえず結婚するのもアリかなーって』
『うちは特殊だと思うけど、結婚してから知ることも沢山あると思うよ』
『くっ……ナチュラルに惚気る……! ていうか、黒井さんと滝本さん二人で結婚式きてくださいよ』
『ええ……? 超豪華ホテルでするんでしょ……? 私が行っていいの?』
ワラビちゃんの家は財閥系? でかなりの大金持ちだ。
何度か自宅というか、お城みたいな家にお邪魔したことがあるが、家の中でゴルフができるし、マジで執事がいる。
車が無限に止まってるし、客間が多すぎて部屋にたどり着けない。
家の場所こそ山の中だけど、次元が違うのだ。
そんな家がする結婚式に一般庶民の私が行くの?
『というかですね、結婚式に呼ぶ人が全くいないんですよ』
『あっ……なるほど察したわ』
『黒井さんは分かってると思いますけど、私黒井さん以外に友達いないんですよ。分かってると思いますけど!!』
ワラビちゃんはたぶん一度も社会人経験がないと思う。
家が金持ちすぎて働く必要がないのだ。
同人作家仲間は数人いるが、自宅に呼ぶほど仲が良くないと思う。
『え……でも、結婚相手のパリピは……』
『自分だけでも呼びたい人が100人いるって言ってました』
『私と隆太さん、クローンになって増えようか?』
『いやもう開き直っちゃって。呼びたい人二人しか居ないけど良いですか? って言ったら、それも個性だって言うから、まあ結婚しようかなと』
『あら、わりと普通の人なのでは?』
『ね、サクラ呼ぶとか言われたらマジで婚約破棄しようかと思ったんですけど、黒井さんたちだけで良いって』
『それも中々に気が重いけど、分かった、行くよ!』
『ありがとうございます! あ、23ページ目ペン入れ終わりました』
『オッケー!』
超巨大ホテルの結婚式場にいるパリピフレンド100人に囲まれた私と隆太さん。
状況的にはわりと楽しいのでは?
『隆太さんなら、ちゃんと対応してくれると思う。私ひとりじゃないから、安心だわ』
『カーッ!! まさか黒井さんがちゃんとした人と結婚するなんて……いやもう、違うんスよ、黒井さんが結婚したから私も結婚します、ステータス変更します!!』
『あー、わりと大事だよね。勢いと意味不明な理由付け。それに同じタイミングでステータス変更していく友達は長続きするから』
『私、黒井さんとずっと友達で居たくて……うわーん、PCがフリーズしましたああ……』
『まて慌てるな、触るな、何も押すな、待つんだ!! ワラビちゃんとはずっと友達だよーー!』
私たちはいつも通りギャーギャー騒ぎながら原稿を仕上げた。
泣き言言っていたけど、私よりちゃんとスケジュール通りに原稿を上げていたから、ワラビちゃんこそ商業作家に向いていると思う。
終わったのは朝の6時だったので布団に飛びこんで2秒で寝た。
昼すぎに起きれば夜の花火大会に間に合う。
「どうでしょうか。見つけて衝動買いしたんです」
「とても素敵です……薄紫がよく似合ってます」
昼過ぎに起きて適当に食べて、さっそく浴衣を着た。
北海道物産展で立ち寄ったデパートの展示で浴衣が売っていたのだ。
薄紫で白い花が美しく描いてあり、附け下げのような絵羽柄で、着物のように見える。
今は素材が進化していて、家で簡単に洗濯ができて、しわになりにくいらしい。
浴衣も進化してるんだなあと思った。
それに去年は家の二階で見ただけだったので、今年は隆太さんと出かけようと思い、買ってみた。
私を見ている隆太さんが正面から動かない。
見つめる瞳があまりに優しいので、さすがに恥ずかしくなってきた。
「……もう行きましょうか」
「もう少し見ていていいですか。本当に綺麗です。首が美しく見えて、そこから細い肩も、うなじも、ぜんぶ綺麗です」
「もういいですから!」
私は恥ずかしくなり玄関でミュールを履いた。
我が家の坂を下駄で下るのは完全に自殺行為なので、履き慣れたミュールを選択した。
玄関に出た私を見ても「はあ……すごい……誰にも見せたくなくて、世界中の人に見せたいです」と意味不明な言動を始めたので苦笑してしまった。
隆太さんは私に甘すぎる。
手を繋いでゆっくりと坂を下る。
実の所ミュールでさえかなり危ない。
でも運動靴はさすがに似合わないので、これが妥協点だ。
隆太さんは私の半歩前を丁寧に歩いてくれる。
エスコートされているようで恥ずかしいけど、大切に扱われてイヤな気持ちになどならない。
好意は素直に受け取りたいと思う。
「でも良いんですか? 花火大会は人が多くて苦手なのでは?」
「そこはちょっと考えました」
実はその昔、ワラビちゃん家のマンションが川沿いにあり、花火大会をそこで見た事があるのだ。
昨日聞いたら「うちの会社が権利持ってるホテルみたいな部屋で、空いてるみたいだからお貸ししますよー!」らしい。
ヤッターー! しかし追加で言われたのは
「なんでも貸してやるから、結婚式出て! だそうです」
「……なるほど。ワラビさんの本名も知りませんが、こうなったら小さな問題ですね」
「あれちょっと待って……私も本名知らないです。このままじゃ結婚式場にたどり着けませんね」
私たちは笑いながら電車に乗った。
オタクあるある、本名を知らなくても家庭の事情を知っている。
花火大会が行われる最寄り駅はとても混んでいたが、私たちは駅前でおつまみ的な物やビールを買い込み、マンションに向かった。
するとホテル前にスーツ姿の板橋さんが待っていた。
「こんばんは!」
「咲月さま、お久しぶりです。ご結婚おめでとうございます」
「ワラビちゃんも結婚決まって、板橋さん淋しくなっちゃいますねー!」
「いえ、私は麻友さまと共に動きますので、忙しくなるのです。それはとても嬉しい事なのです」
板橋さんは柔らかくほほ笑んだ。
ワラビちゃんの名前って、麻友ちゃんなんだー。
私はなんとなく頭に入れた。苗字は後で聞けば会場にはたどり着けそうだ。
板橋さんはワラビちゃん家の執事さんだ。
何度か会ったことがあり、私は品の良いおじいさんが大好きなので会えると嬉しい。
板橋さんは隆太さんに丁寧に挨拶をして、カードキーを渡してくれた。
「ご自由にお使いください。これからも麻友さまと末永いお付き合いをよろしくお願いします」
「こちらこそですよー! あ、来月ツキイチリグマ出ませんか? ね、隆太さんも」
「はい? ええ、大丈夫ですよ」
隆太さんは完全に戸惑っているが、板橋さんは嬉しそうに快諾して、ホテルの入り口で見送ってくれた。
私は隆太さんに説明を始めた。
「この前ワラビちゃんたちとツキイチリグマした時の、もう一人の方ですよ、板橋さん」
「えっ……あの4Kスコープ使いの方ですか」
「そうです。板橋さん4Kスコープしか買ってないウデマエXなんです」
「めちゃくちゃ強かったですよね……あの年配の方が……ええ……?」
4Kスコープとは、スプラトゥーンの中で一番長距離を狙える武器で、スコープを覗いて撃つので扱いも特殊だ。
でもまあ遠くは狙える。ちなみに私は全く使えない。持ってるだけだ。
板橋さんはその武器の使い手で、あのおじいちゃんが可愛いイカちゃんのキャラクターを使いこなし、4Kスコープしか使わないのが個人的には面白すぎて大好きだ。
部屋はとても広く、リビングは川に向けて大きな窓がある。
眠れそうなほど大きなソファーが外に向けて置いてあり、真ん中の机にはシャンペンやビール、それに多くの食事が置いてあった。
全部ワラビちゃんが頼んだのか、板橋さんが準備してくれたのだろう。
なんだか申し訳なくなってしまった。
とりあえずワラビちゃんの漫画が連載になったら、沢山手伝ってあげようと思う。
大きくて柔らかいソファーに座ると、丁度花火が始まった。
乾杯して、よく冷えたシャンパンを飲んだ。
喉をスルスルと落ちて行く気持ちの良い炭酸に驚いた。
きっと高い!
それにお肉がどれもこれも美味しくて次元が違った。
お金持ちスゴイ。
ドン……と咲き誇る花火に顔を上げる。
打ち上げ会場との距離も遠くなく、七色の光が部屋に降り注ぐ。
あまりに美しいので、部屋の電気を付けずに私も隆太さんもぼんやりと見ていた。
尺玉に圧倒されて、横にすわる隆太さんの顔を見ると、隆太さんは花火をみずに私を見ていたことに気が付いた。
「……綺麗です」
隆太さんがあまりに甘い声で言うので、私は急に恥ずかしくなってしまう。
目を伏せると、頬に隆太さんの掌が触れた。
温かくて、柔らかい隆太さんの掌。
私はスリ……と頬を寄せる。
隆太さんはそのまま私の顔を優しく包み、おでこに優しく唇を落とした。
「肌に、花火が落ちているのを、ずっと見てました」
ここにも、ここにも。
そう言って頬に、耳に、唇を落とす。
ドン……とまた尺玉が上がり、光が部屋を照らす。
同時に隆太さんが私の唇を塞いだ。
眩暈でソファーに崩れ落ちる背中を、隆太さんが優しく支える。
唇を離して首筋に指先を触れさせて、そのまま胸元に下りていく。
「浴衣は良いですね」
ゆっくり丁寧にそう言って指先を滑らせる。
反対の手は袖から腕に触れ、ゆっくりと肩に触れた。
もう浴衣は崩れてきているのに、隆太さんは頑なに帯に触れない。
「隆太さん、あの……脱がさない、んですか?」
私が我慢できずに吐息を吐きながら問うと、隆太さんは舐めていた私の指先から口を離して
「浴衣は絶対に脱がせません」
とほほ笑んだ。
なにそれ、どういう事ですか……? 口答えしようとする私の唇を隆太さんは激しく奪う。
「もったいないじゃないですか。こんなに綺麗なのに」
「もうグチャグチャですよ……」
「そこがいいんですよ」
隆太さんは裾を膝で割って入ってくる。
奪い尽くされて、私はもう身動きひとつ取れない。
暗い部屋。
花火の光だけが私たちを照らす。
泣き叫ぶような私の声は、花火の音にかき消されて飲み込まれていく。
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