第44話 お風呂に入って、青空

「どうですか。真っ白で何も見えません」

「本当ですね」


 隆太さんがお風呂のドアを少しだけ開けて覗き込む。


 サークル主催してると、入浴剤とお菓子、インスタントコーヒーは無限に集まってくる。

 推しキャラのミニフィギュアが入ったバスボムが販売された時は、すごかった。

 差し入れがすべてバスボムになって、ミニフィギュア欲しさに二つ溶かしたら炭酸ガスで気持ち悪くなって泣きながら風呂から這い出た。


 物事には適量がある。


 それと同じように、抱き合った次の日、昼間の電気がついたお風呂に二人で入るのはキャパオーバーだ。

 何よりこのお腹のお肉……改めて見るとすごい。

 温泉旅行は来月末なので、それまでに消滅させる!


「失礼します」

「あ、私後ろ向いてるので、こう、後ろにどうぞ」


 私は入り口に背中を向けた。

 シャワーで身体をあらって隆太さんが私の後ろに入ってきた。

 我が家のお風呂は前に住んでいたおばあちゃんが入りやすいように新しくしたので、かなり大きい。


「では失礼します……」

「どうぞ」


 私は隆太さんの膝の間に背中からススス……と入った。

 後ろから隆太さんが腕を回して抱っこしてくれる。

 そして首にトン……とアゴを置いた。

 完全に密着するカタチになって落ち着かないけど、なんだかほっとする。


「一階のお風呂は広いんですね」

「あ、もしよかったら使ってください。二階は古くて小さいと思います」


 二世帯を夢見たおばあちゃんが作った家で、二階は完全に独立しているんだけど、お風呂は単身サイズだし、一度もリフォームしてないと思う。

 隆太さんは後ろから私の髪の毛を丁寧にまとめながら


「汗を流す程度なので、全然大丈夫です。でも咲月さんと入るならこっちのが良いですね」


 と言った。そして私の髪の毛をすべてまとめて、首の後ろに唇を触れさせた。

 前から思ってたけど、隆太さん、首が好きなのかな?

 私はくすぐったくて、首をすくめてしまう。

 隆太さんは構わず私の首の後ろをきつく吸う。甘い痛みに吐息が漏れる。


「あの……またあとがついちゃいます……」


 この前も首筋にあとがついて、三日くらい会社でハイネックを着ていた。

 隆太さんは私の首から移動して肩の後ろも同じように舐めて、また吸う。


「ハイネックが似合ってますよ、首が長いですから」

 

 耳元で話されてゾクリと身体を逸らすと、後ろからきつく抱きしめられた。


「……そうですか? 会社、暑いから……」

「そうですよ、ハイネックが一番似合ってます」


 頑なな態度にピンとくる。

 これは隆太さんが好きな部分を会社で出してほしくないのでは……?

 ……可愛い。

 私は振り向いて隆太さんの頬に、やさしく唇を触れさせる。

 触れた所から、ピチャン……と高い水音がする。

 隆太さんは私を引き寄せ、唇を舌で割り、甘い音を浴室に響かせる。

 同時に二の腕、脇腹、お腹へと指を走らせていく。

 私はその手を掴もうとするが、するすると逃げられてしまう。


「隆太さん……!」

「お湯が濁ってると、どこに手があるのか分からなくて良いですね」

「わかりますよ……!」


 お腹から背中に移動した指先から逃げるように抗えば、奪い尽くされる。

 溺れる。

 喘ぐ口に太い指が入ってきて吐息を吐く。





 のぼせる寸前で私たちはお風呂から逃げ出した。

 ビールを飲もうと思ったけど、お腹のお肉を思い出して炭酸水にした。


「お腹が空きましたね。食材が来たらすぐにご飯つくりますね」


 隆太さんは私の髪の毛を乾かしながら言う。

 私はキョトンとして後ろを向く。


「お腹空いてるなら私も一緒に作ったほうが早くないですか?」


 隆太さんはドライヤーをパチンと止めて


「……その通りですね」


 とほほ笑んだ。

 しかしまだ12時だ。食材が来るまでに1時間ある。

 ビールも飲めないなら、することはひとつだ。


「よし、スプラしましょう、スプラ。あ、かくれんぼしましょう」

「…………いいですけど。じゃあ勝った方が負けたほうにひとつワガママを言えるのはどうでしょうか」

「お、罰ゲームありですね、いいですね」


 隆太さんが二階からswitchを持ってきた。

 ルールは簡単だ。

 鬼である隆太さんがインクの中に隠れている私をキルしたら、隆太さんの勝ち! 逃げきったら私の勝ち!


 試合開始。

 最初の1分間、隆太さんは後ろを向いて私が地面を塗って隠れるのを待つ。


「ちょっと待ってくださいよー! 今隠れますからね。ちょっと待ってくださいねー!」


 私はとりあえず色んな所を塗りまくることにした。

 右側に行ったようにインクを塗っておいて……戻って左側にも行った風にして……かと思ったらこの壁の裏側に居る!

 ……完璧だ!

 1分経って隆太さんが私を探し始めた。


「なるほど。どこですかね。でもこのコースだと隠れる所は限られてると思います」

「ええ?! なんですかそのコース理解力」

「マップは完全に頭に入ってますからね。…………ね? 咲月さん?」

「いやぁああああ!! なんでわかるんですか、何で何で何で!」


 あっさりと見つかったのでインクの中を移動して逃げる。

 隆太さんが平然と追ってくる。


「淋しいです、俺は咲月さんを抱きしめることも出来ない」

「いやいや抱きしめられたら即死ですから! え? 何で? 私イカニンつけてるから、どう移動してるか分からなくないですか?!」

「淋しいです、咲月さん……咲月さん……抱きしめたいですよ、咲月さん……」

「死にますから!!」


 私はイカニンジャという、インクの中を移動しても飛沫が立たないギアを付けているのに、隆太さんは的確に後ろを付いて来る。

 なんでわかるの?!


「ゲームの中でも咲月さんを追うなんて……淋しいなあ~」


 隆太さんは楽しそうに呟きながら私を追い回す。

 完全にホラー映画みたいになってきた。

 私は必死に逃げるが、隆太さんのキャラコントロールの上手さに逃げきれない。


「いやぁぁああああ!!!」

「捕まえた」


 隆太さんはあっさりと私をキルした。

 私は隆太さんをキッと睨んで叫ぶ。

 

「なんでイカニン付けてるのに分かるんですか!」

「よーーく見ればわかるんですよ」

「忍者殺しーーー!」

「面白いですね。じゃあ今度は俺が隠れますね」

「ふふふ……絶対見つけてやりますよ!!」


 その後延々戦ったけど、私は一度も隆太さんを捕まえることが出来なかった。


「一回も勝てないとか、信じられない!」

「もう一回やりましょう」

「余裕すぎて悔しさしかない!!」


 隆太さんはニコニコとほほ笑んで、プロコンを置いた。


「……では俺の勝ちということで。咲月さんに一つワガママを言っても良いですか?」

「もー。なんでもいいですよ? 言ってみてください」


 私はむくれながらソファーに座る隆太さんの膝上に座った。

 隆太さんは嘆く私を抱き寄せて、髪を優しく撫でた。

 そして口を開く。


「……醜い独占欲なんですけど……咲月さんがよく会社で着ている首元が大きく出ている服……あれイヤなので……俺が買う服にしてもらえませんか」

 

 え?

 スプラで勝って、お願いするのはその事なんだ。

 ずっとそれを考えてゲームしていたのだろうか。私はほほ笑んでしまった。


「あの、首元が広がってる、後ろにリボンがついてる服ですか?」

「そうです、あれです。あれは……よくないですね」


 隆太さんが真顔で言うので、噴き出してしまう。

 あの服は20代前半にナチュベで買ったものなので、後半になる私には、たしかに露出が多すぎるかもしれない。

 私は隆太さんの頬に唇を落として言う。


「隆太さんの奥さんですもんね」

「……俺の奥さんです」


 あまり言葉にしない隆太さんの独占欲、私は全然嫌いじゃない。

 隆太さんが再び私の唇を求めて、抱き寄せる。同じ石鹸を使って洗ってるのに、どうして匂いが違うんだろう。

 落ち着いて気持ちがいい……じゃなくて


「私お腹すきました!!」


 スプラしてる最中に食材が届いたのに、私たちは延々と遊んでいた。

 もうお腹がペコペコだった。

 隆太さんは、ハッと私から離れた。


「お肉焼きましょう」

「食べたいです!!」


 使い慣れた台所が良いというので、私たちは二階へ行った。

 隆太さんがお肉を焼く横で、私はパスタを仕上げた。

 二人で沢山食べて、青空と紅葉が見える二階の部屋にコロコロと転がった。

 そして明日は二人で「奥さんっぽい服」を買いに行くと決めた。

 スマホを見ながら、どんな服がそれっぽいか話し合う。


「俺がイヤだと言ったので、どこのブランドでもいいですよ」

「じゃあ、IENA~~」


 私はググって、サイトを出した。

 OLさんが着る服の中では、それなりに高い服だ。

 隆太さんはラインナップをチラリとみて快諾した。


「全然大丈夫です、良いですよ」

「え、わりと高くないですか? 半分冗談でしたが」

「咲月さんのステータスを奥様に変更するために課金は必須です。あ、指輪も買いましょう」

「あーー! 完全に忘れてました。そういえば買って無かったですね」


 今度は指輪を調べていたら、いつの間にか〇ード・オブ・ザ・リングの話になり、配信を見始めた。

 見たいと思ったらネットにあるの、オタクに優しすぎる。

 私は隆太さんに抱っこされながら映画の解説を勝手にする。


「レゴラーース!! これがですね、〇ード・オブ・ザ・リング三部作見た後に、ホビットみると、感慨深いんですよ」

「4本でいいんですか? MCUに比べたら短いですね」

「その通りです! 完全に感覚が沼の住人、良い感じですよ!!」


 隆太さんは、私が何にでも興味を持つと言ってくれるけど、それは隆太さんも同じだと思う。

 嫌がらずに話に乗ってくれるから、安心して何でも話せる。

 私は隆太さんの膝の間に入り込んで抱き着いて頬に唇を触れさせる。

 隆太さんは、私をしっかりと抱き寄せて唇を優しく落としてくる。

 そして優しく私を布団に押し倒した。

 と思ったら、ポテン……と胸の上に倒れこんできた。


「……俺の布団の上に咲月さんがいるのが……しんどいです……」

「それを言うなら……このお布団、隆太さんの匂いがすごくして……ドキドキします……」


 私たちはオデコを付けて、笑いあった。

 明日も、明後日も、ずっとずっとこうしていたい。

 私は隆太さんを抱きしめた。

 

「ずっとこうしていたいですね」


 隆太さんが私の顔を見て言った。

 同じ気持ちだと知り、泣きそうになってまたキスをした。


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