第43話 夜の闇と、朝にするキス

 咲月さんの首に、俺は唇を落とした。


 寝室の電気はつけていない。

 咲月さんが嫌がるかもしれない、と思ったからだ。

 でも隣の部屋、リビングの電気はついているので、身体は陰影を持ち、美しい。

 

 咲月さんは、どこに触れても柔らかい。

 一番好きなのは首だ。


 俺が考えた駄作iPadカバーを誉めてくれた時、咲月さんの髪の毛はきつく縛られていた。

 首が長い人だな。

 それが咲月さんを個別認識した時、最初に感じた所だからだ。


 鼻先をうずめて、首筋を唇で移動する。

 咲月さんはくすぐったいのか、首をすくめる。

 逃がしたりしない。


 ずっと、ずっと見てたんだ、もう逃がしたりしない。


 鎖骨も好きだ。

 咲月さんが会社で荷物を運んでいたとき、鎖骨がみえる服を着ていた。

 屈むと胸元まで見えてしまいそうで、俺は勝手にドキドキしていた。

 あの服はよくない、誰にも見せたくない。


 俺は鎖骨に軽く歯を立てる。

 吐息を漏らした咲月さんが俺にしがみついてくる。

 その表情は、俺だけしか知らない咲月さんだ。

 俺はたまらなくなって舌を出して唇をこじあける。


「……隆太さん」


 小さく開いた口から俺の名が漏れる。

 恥ずかしそうに「さん」を付け加えてしまう所に何より気持ちがせり上がるのは何故だろう。

 薄くて柔らかい舌を吸い、名前を呼ぶ。

 


 俺たちは恐ろしいほど丁寧に愛し合った。




 

 雨音が強くなってきている。

 咲月さんはすぐに眠ってしまった。

 ここにきても2秒で眠る所がさすが咲月さんだ。

 

 肩まである髪の毛に指を通す。

 黒くてまっすぐな髪の毛は、曰く「縛れる長さならそれで良い」らしい。

 縛り癖があまりつかない強い髪の毛で、今はひんやりと冷たい。

 俺はこの髪の毛に触れるのが好きだ。

 

 実は今日、咲月さんの顔を見たら自己制御することなど無理だと分かっていたので、都内で軽くシャワーを浴びてきた。

 少し帰宅が遅くなったのは、それが理由だ。

 匂いが好きだと言われても、一日営業で回った身体で咲月さんに触れられない。

 雨の中、真っ赤な傘をさして走ってくる姿を思い出すと、愛しくて抱きしめたくなるが、気持ち良さそうに眠っているので我慢する。

 俺がこれから咲月さんに触れると分かっているのに、雨に濡れるはずがない。

 そんなことしたら、咲月さんに気を遣われてしまう。

 俺はいつもの俺のままで、咲月さんを抱きたかったんだ。


 

 いつもビールを飲んでいるのに、今日は飲みもせず待っててくれたのも驚いた。

 会社に入らず直帰したと聞いていたので、酔っている可能性もわずかながら想定していた。

 家でいつも楽しそうな咲月さんが、家を出て俺を迎えに来てくれたのが、本当に嬉しかった。

 一緒に、二人で家に入りたかったんだ。


 横にいる咲月さんに触れて安堵のため息をつく。

 気持ちが通じ合える関係になれて良かった。

 一緒にいられるなら永遠に片思いでもいいと思っていた。

 でももう無理だ。この人とずっと一緒にいたいから、ずっと見ていてもらえる自分で居たい。

 咲月さんを抱きしめて、俺も目を閉じた。






 軽く目が覚めたとき、いたずらされてるなあと思ったが、スルーしてみることにした。

 横の咲月さんは起きているようで、俺の髪の毛に触っている。

 そしておでこにチョン……と唇をあて、そのあとを撫でている。

 嬉しくて口元がにやけてしまうが、幸せなので、少し耐えてみようと思う。

 次に首元に移動して、アゴをうずめて「はあ……」と息をしている。

 恐ろしく恥ずかしい。それにくすぐったい。起きてしまいたい……と思ったら、咲月さんが動かなくなった。

 薄目をあけて確認したら、なんと俺の首元に顔をつっこんで眠っている。


 この能力……すごいな。


 時計をチラリとみたら朝8時だった。

 俺の動きに気が付いたのか、咲月さんはピクリと起きた。俺は再び目を閉じる。

 楽しいからもう少し寝たふりしよう。

 咲月さんは俺の腕を持ち上げて腋の下に潜り込んだ。そして俺の胸元に唇を落とした。

 そして頬をつけて、抱きついてくる。

 もう無理だわ。

 俺は体を動かして咲月さんを抱きしめる。

 咲月さんはキョトと俺の方を見て言った。


「……おはようございます」

「おはようございます」

「このお布団に隆太さんがいるの、すごい」

「今さらながら、お邪魔します」


 咲月さんは、ふふ……と小さく笑った。

 そしてどちらともなく、唇を重ねた。

 身体を重ねた後の余裕だろうか。咲月さんも俺の肩を強く掴んで、抱きついて来る。

 肌が重なりあう気持ちよさに、俺は咲月さんの腰に手を這わせて、強く寄せる。

 

「はっ……」


 吐息と共に咲月さんが顔を離す。

 昨日はわりと暗かったから、明るい所でみる咲月さんの表情が新鮮だ。

 腰からお腹のほうに手を回す。 

 すると咲月さんがぐーっと近づいて手をどかしてきた。

 顔を見ると、むー……と俺を見ている。


「どうしましたか?」

「……あの、ちょっと昨日はとても言えなかったですけど……私結婚して……かなりぷよぷよになりました」

「そうなんですか。全然わかりません」

「いえ、これはもう確定情報なんです。一年ぶりにのった体重計は驚くべき数字をたたき出しました」

「俺はこの腕も、首も、お腹も、全部好きですけど」


 順番に唇を落としながら説明すると、そのたびに悲鳴をあげて身体を丸くした。


「なら良かったんですけど……やはり良くないと思います」

「原因はビールですね。痩せたいと思うなら半分くらいにしましょうか」

「それは……ワラビちゃんにも言われました……」

「俺は好きですよ、本当に。ガリガリになられたら、それはそれで淋しいです」

「あ、ガリガリにはならないです。なりようがない」


 清々しい笑顔で言うので笑ってしまった。


「お風呂に入りましょうか。待っててくださいね、昨日洗っておいたんです。すぐに入れますよ。出でよ〇ニクロのタオル地ワンピース!」

 

 咲月さんはベッドの下からワンピースを取り出して裸の上に着た。

 お風呂あがりなどに着ているのを見た事がある。

 汗が引くまで着てるのだろう。

 

「……可愛い、触りたい」


 俺はワンピースの上から触れたくて、腰に手を伸ばした。


「ちょっと、隆太さん、せめてお風呂のボタン押してからにしましょう」

「触る……」

「隆太さん!!」


 俺たちは布団の上で転がりあった。

 咲月さんは、俺のあぐらの上にまたがるように座った。 

 そしてじーっと俺を見る。


「……お風呂の鍛錬、するんじゃないんですか?」

「しましょう」


 俺の晴れやかな即答に咲月さんは笑いながら膝から下りて、お風呂場に向かった。

 そして台所から水を持って戻ってきた。


「隆太さん、どうぞ」

「ありがとうございます」

「お腹も空きましたね……」

「昼過ぎにネットスーパーから食材が届きますよ。お肉もたくさん買いました」


 咲月さんも出張に行っていたし、家に何もないだろうと思い、昨日新幹線の中で注文を済ませた。

 配達時間も考えて13時にした。

 俺をみている咲月さんの目が輝いている。


「隆太さん神……好き…」

「ささ、こっちにきてください」


 俺はタオル地のパジャマを着た咲月さんを抱き寄せた。

 パジャマの上から触れると、咲月さんは完全に戸惑った表情で俺を見た。


「……脱がさない、んですか?」

「これを着ている咲月さんに触れたいと思ってました」

「色々したいことがあるんですね、知らなかったです」


 咲月さんは口元を抑えてほほ笑んだ。

 したいことの9割は叶ってしまった気がするけど、咲月さんといたら毎日増えていく気がする。

 今の俺にはそれが楽しみで仕方ない。


 お風呂が沸いた音がしたので、手を繋いでお風呂に向かった。

 咲月さんは洗面所の下から無印のボックスを引きずりだして俺に見せてくれた。

 その中には色んな種類の入浴剤が詰まっている。

 キューブ型……中にミニフィギュアが入っているもの……オーソドックスな温泉シリーズ……。


「お昼のお風呂は恥ずかしいので、入浴剤を入れましょう。たくさんあるんです」

「ほんとうにすごい量ですね」

「入浴剤ガチャしましょう。ささ、引いてください」


 箱をグイと押し付けられて俺は適当に引いた。

 咲月さんはそれを手に取って見た。


「箱根湯本の湯……無色透明……はいガチャ失敗。引き直してください」

「ダメでしたか」

「SSR白色濁り湯しか認めません。でも、ここの入浴剤全部なくなるくらい一緒に入りましょうね」


 咲月さんは箱を抱えてほほ笑んだ。

 俺はこの箱に永遠に入浴剤を詰め続けようと決めた。

 風呂から出たら〇mazonで箱買いする。


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