第25話 ファーストコンタクト

 お盆ということもあり、電車はかなり混んでいた。

 学生の時は、この時期電車に乗るのが嫌いだった。

 ホームを見ると、今年も学校帰りに食べたうどん屋さんは健在だった。なんだか毎年確認してしまう。

 部活帰りによく素うどんを食べていたので、美味しくも無いのに、特別な店だ。

 横をみると当然だけど滝本さんが座っている。

 よく考えたら故郷に、同僚でしかも偽装結婚した滝本さんが一緒に来ている事に驚く。

 写真を合成しているような違和感。


「……滝本さんが、私の実家の駅にいて、変な感じです」

「それは俺の母親に相沢さんが会った時に、思ってましたよ」


 そりゃそうだ。

 自分の過去に新しい人が触れて、景色を変えていくのは変な感じだけど、イヤな気分ではない。

 

 駅に着くと、電車に乗っていた9割の客が下りた。

 二年前にドラマで取り上げられてから、観光客が増えた。それはありがたいことだ。

お客さんは駅前の商店街に向かっていく。

 ここは石畳で、情緒があるので、インスタ映えする。

 私は駅前のロータリーをチラリ確認して、タクシーに乗り込んだ。

 

 やっぱり迎えに来てないか。


 実は、新幹線を下りたときに、この時間の電車に乗る……とLineしておいたのだ。

 私は勝手に行くけど(というか本当に忙しいので、身内は基本的に迎えに行かない)

 滝本さんは迎えにくるかもと思ったが、やはり変わらないようだ。

 

 私と結婚した『家族扱い』。そりゃそうだ。 

 忙しいのも理解しているので、仕方ないとは思うけど、滝本さんを軽く扱われるのは少し悲しい。




 お金を払い、タクシーから荷物をおろして、裏口の前に立った。

 そして深く息を吸い込んで、吐いた。よし、一週間がんばろう。

 滝本さんを連れて裏口から入って行く。

 入ると一番前は巨大な倉庫だ。届く荷物がすべてここに入れられる。

 大きな棚や巨大な冷蔵庫が置いてあり、巨大な迷路のようだ。

 小学生の頃はここでお兄ちゃんと鬼ごっこをして怒られた。

 よく考えたら、小学校の間はよくお兄ちゃんと遊んでいた。

 他の家のお兄ちゃんは妹をイジめていたけれど、お兄ちゃんはいつも私を守ってくれて、気にしてくれていた。


 ま、今じゃ父と母をコントロールしてワガママ放題の人だけどね!


 私は滝本さんに説明しながら歩く。

「倉庫を抜けて右側にいくと調理場に出ます。左側……こっち側にいくと事務所です」

「なるほど。かなり大きな建物ですね」

「最初は迷子になりやすいと思うので、なるべく一人で出歩かないほうが良いと思います」


 調理場の方は兄がいて、部外者が立ち入ると怒るので面倒だ。

 事務所のガラスに人影……お母さんはいるみたいだ。

 私はノックして入った。


「ただいま帰りました」

「あら、おかえりなさい。迎えを出そうと思って忘れてました」

「忙しいことは知っているので、大丈夫です」


 私は頭を下げて挨拶をした。

 そして後ろに立っていた滝本さんを前に出す。

 心無しかお母さんの表情が引き締まる。


「初めまして。咲月の母、相沢美津子です、遠い所、お疲れ様でした」

「挨拶が遅くなり、申し訳ありません、滝本隆太と申します。結婚のご報告が遅くなったことをお詫びします」


 滝本さんは丁寧に頭を下げた。

 自分の事に精一杯で滝本さんのことをよく見て無かったけど、スーツとかではなく、動きやすく……それでいてスッキリとした服を着ている。

 お母さんは手をヒラヒラと動かしながら


「いいんですよ、もう貰って頂けただけで嬉しいです、もうずっと心配してたのですよ、東京でひとり仕事とか絵ばっか書いて食事も自分で作らず適当で、気が付いたら死んでるんじゃないかってねえ、看取ってくれる相手が出来たってだけで助かりますよ!」

 といつもの作り笑顔で微笑んだ。

 看取るて。何年先の話だよ。私は小さくため息をついた。

 実家に着いたって感じだ。

 お母さんは私の方を見て

「泊る部屋なんだけどね、ありがたい事に満室で、二人が泊る部屋がないのよ。事務所の奥の和室で大丈夫?」

 恐ろしいほど予想通りだ。

 私は頷いて荷物を持った。


 地獄の一週間の始まりだ。


「荷物置いて来ます。これお土産です」

 私はお土産に持ってきたバームクーヘンを1箱渡した。

 お土産はいつもお兄ちゃんの子供が大好きなお菓子にしている。

 色々買ってきたけど、何も喜ばれなかったから。


「あの、これ俺からもお義母さんにお土産です」


 私が奥の和室に行こうとすると、滝本さんが鞄からDVDを取り出した。

 しまった!

 お土産とか、何も気を使わなくて良いと伝えるのを忘れていた。

 何をしても逆効果だから、何も要らないのに!!


「……なんですか、これは」


 お母さんは分かりやすく眉間に皺を寄せた。

 DVDとか見てる所知らないよ、うわああ……滝本さん……!!

 心臓がドクドクと激しく動いているのが分かる。

 滝本さんはスマホを操作しながら、お母さんに一歩近寄り



「〇川染五郎さんが〇生劇場でAMADEUSに出演された時の公演がW〇WOWで放送された時の物です。この時だけ染五郎さんのインタビューが付いてます。もうご覧になっていたら申し訳ないのですが……」


 と言った。

 



 は?? 〇川染五郎?? 〇生劇場?? なんのこっちゃ??




 完全に置いて行かれている私をよそに、ハッと見たらお母さんが見た事がない乙女のような表情をしていた。

 なにこれ、誰?!

 そしてDVDを受け取って口を開いた。


「なぜ私が染五郎さんのファンだと……」


 マジでファンなの?! 何十年も見てきたのに知らなかったよ、どういうこと?!

 私は冷静な滝本さんと少女の微笑みをしているお母さんを交互に見た。

 何が起こってるの?!

 滝本さんはお母さんのスマホについているストラップを指さして


「これ染五郎さんが出演された舞台のストラップですよね。それを旅館のブログで拝見しまして、お好きなのでは……と思いまして」

「!! まあ、そうなんですよ。これ限定品なんです」


 はああ~~~?? お母さんの口から限定品とかいう言葉が出てきたよ。

 私の事をオタクだとかマニアだとか散々言ってきたのに、同枠じゃん!!


「実は僕も吉例顔見世大歌舞伎の鯉つかみを見てから、染五郎さんのファンでして」

「まあ! 鯉つかみ! 私も大好きです。歌舞伎がお好きなんですか」

「音楽が好きなので、舞台を見るのは基本的に好きです」

「そうなんですか! AMADEUS見たことがなかったので、楽しく見させて頂きます」

「すいません、初めてお会いする手土産がDVDで……」

「そんな事!! まあ、本当に嬉しいわ。ちょっとまってね、玉ちゃん~~~、工事中の部屋って今どうなってるの?」


 二人のトークに私は一歩もついて行けない。

 お母さんは長く自分の下で使っている玉子さんに電話した。

 そして相変わらず勝手に話してガチャ切りして


「よく考えたら事務所の奥じゃ狭いから、今工事中の部屋を二人で使ってください。お風呂が工事中だからそれは大風呂のほうに行ってくださいね」

 と言った。

 ええええ……?! まともな部屋使わせてもらうの、実家離れて10年無かったんだけど?!

「お手数おかけします」

 と滝本さんは、私に向かってにっこりとほほ笑んだ。


 滝本さん、お母さんのこと、めっちゃ調べてくれたんだ……。


「お部屋についたら、すぐに着替えて出てきてくださいね。お願いしたいことが沢山あるんです」


 お母さんは相変わらずシャキシャキしていたけど滝本さんは笑顔で対応していた。

 部屋が変わっただけで仕事量も対応も、何も変わらない。

 でも、朝から感じていた体調不良は消えていた。


 私は滝本さんの後ろの服をキュッ……と握った。


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