第24話 最重要の会社へ向かう
「はああ~~……」
相沢さんは玄関の段差に座り込んで大きなため息をついた。
アプリがタクシーの到着を知らせる。相沢さんの荷物を持って外に出ようとしたら、鞄が動かない。
下を見ると、相沢さんが鞄を掴んで俺のほうをじっと見ている。
可愛い……。
「……ものすごく気が重いです」
「行きましょうか」
俺がほほ笑むと相沢さんは再び「はあああ~~」と言いながら鞄から手を離した。
行かなければならないことは分かっているようだ。
お盆休みになり、相沢さんの実家の旅館に行く日が来た。
憂鬱そうな相沢さんと対照的に俺はわりと楽しみだった。
まず二人で旅行に行くのが初めてなのだ。
一緒に歩いて帰ることや、出かけることはあったが、朝から晩まで、それも一週間近く一緒にいられるなんて、正直楽しみだ。
普通どれだけ仲が良い相手でも、一週間も旅行に行くとなると疲れそうだが、相沢さんなら距離感を間違えることもないし、俺もそこは最大限空気を読んで動こうと思う。
心配なのは、たぶん同じ部屋で眠ることだ。
「あの、相沢さん。泊る部屋はどこになるんでしょうか」
「旅館近くに実家があるんですが、もう私の部屋はなくて、お兄ちゃんのお嫁さんとお子さんのお部屋になってるんです。だからホテルのどこか、従業員用の部屋の一部だと思います。狭い部屋ですよ。期待しないでくださいね。でも滝本さんが一緒だと変わるのかな。いや、変わらないな」
なるほど。
狭い部屋に二人で眠ることになると、緊張してしまうので、眠くなる花粉症の薬を持ってきたし、先日寝ている所を録画してみた。
どうやら俺はいびきもかいてないし、むしろツタンカーメンのように身動きせず眠っていたので、安心した。
相沢さんは俺と一緒に寝ることに、何の違和感も恐怖も感じていないようで、嬉しいような悲しいような微妙な気持ちだ。
大好物のお肉が沢山のったお弁当を目の前にしても相沢さんの表情は晴れない。
俺は少しでも元気付けようとスマホで〇プラトゥーンのサイトを出した。
「一週間後だと帰った次の日は、ツキイチリグマですね。また一緒に出ましょう」
「〇プラトゥーンって一週間プレイしないと、めっちゃ下手になりませんか? だからどうしても毎日やっちゃうんですけど……言い訳ですね」
「あれ。持ってきてないんですか?」
俺はカバンからswitchを出した。
相沢さんはそれを見てキョトンとした。
「……ゲームする時間なんて、無いと思いますよ」
「じゃあ移動時間に遊びましょうか。最近テトリスを入れたんですけど、進化しすぎて熱いですよ」
「……滝本さん、めっちゃエンジョイする気なんですね」
「iPadには映画を20本ほど入れてきました。まだこれ一緒に見て無かったですよね、ホームカミング」
「あーー! いいですね、見ましょうか」
少し気分を持ち直した相沢さんは牛肉弁当を手に持って口を開いた。
「実家着く前にひとつ言っておきますけど、とにかくうちのお母さんに口答えしたら1が100になります。だから何か言われたら『はい』が一番です」
「1を100で返せるなんて、頭の回転が速いんですね。さすが相沢さんのお母さん」
「滝本さん!!」
相沢さんは俺の左肩をグッと掴んで俺の方を見た。
その表情には並々ならぬ決意が見える。
「私の親だから誉めようとか、そういうのは本当に要らないです。カマキリが嫌いって話をしたら『でもカマキリも 目が可愛いですよ』とか要らないです!」
「カマキリは鳥を食べるからすごいんですよね」
「ええ……カマキリヤバいですね……じゃなくて! 本当にわざわざ褒めなくていいですから」
「俺がお世辞を言ったのを見た事ありますか?」
「……そうですね、あまり言わないですね。そうなんですけど……」
相沢さんは納得いかない顔で、それでもホームカミングを見ながら食事を始めた。
お義母さんが、頭の回転が速いと思うのは、本当にお世辞ではない。
実は俺は、この旅行前に、かなり相沢さん周辺を調べた。
いや、ストーカー的な感じではなく、決してそうではなく、調べた。
旅館はかなり大きく従業員数300人、温泉名で調べると一番上に出てきた。
旅行サイトの評判も上々で、良い旅館のようだ。
女将紹介の所に『
この方、実はFacebookを持っていた。
旧姓でされていて、色々リンクが切ってあった所をみると、旅館の方々には知られたくないようだ。
しかしさすが『みんな友達Facebook』。見つけるのに少し苦労したが、ずっと地元にいらっしゃるという事で、同窓会のタグから探り、見つけ出した。
同級生のタグから、どこの高校を卒業しているのか、どうやって今総料理長をしている相沢さんのお義父さんに出会ったのか、何なら二人の初めてのデートの話まで出てきた。
そして6年以上マメに
6年以上同じ所に書き続けるのは、かなり根気が必要だ。
そして文章はかなり落ち着いていた。
それはつまり、冷静になれば考えをまとめられる人……ということだ。
あの独自の話し方は、次から次に出てくる言葉を出してしまうからだと思う。
友達の記事も必ずシェアしていて、気遣いを感じた。
Facebookひとつ、記事やコメントの書き方で、会ったことがなくてもかなり正確に『人』が分かる。
すべてを総合的に見た結果、俺の中で相沢美津子さんはかなり頭の回転が速い人だと結論付けた。
これは正直アイドルの事を調べる時に身に着けた知識だ。
しかしストーカーではない、断じて違う。
同じように仕事でも使えるのだ。
どうしても落としたい社長が、どういう所で育ち、何を好み、どういう人達に囲まれて生きてきたのか、座右の銘は何か。
調べ尽くして落とす。
それが俺のやり方だ。
「はああ~~お肉おいしい……行きたくない……〇ニースタークがうちの旅館買い取りませんかね?」
「〇イアンマンが食事を運んでくるのは楽しそうですね」
「それなら行きたい……やっぱり行きたくない……」
相沢さんはお肉をもくもく食べながらため息をついた。
相沢さんと結婚してから、お義母さんは俺のなかで『最重要の会社』として登録された。
落とさないと会社が(家庭が)傾くので、当然だ。
清川についで5年連続営業成績2位の俺が本気を出して落としにいくのだから、安心してほしい。
でもそんなことを言っても相沢さんの気が晴れるわけでは無いから、デザートにシュークリームを取り出した。
「マロンのシュークリーム!」
「保冷剤を入れておきました」
「美味しそう……!」
相沢さんは口に生クリームをつけてほほ笑んだ。
ずっとこの笑顔を見ていたい。
俺はわりと、この旅行を楽しみにしている。
落としにくい社長を落とすのが、営業をしていて一番楽しいから。
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