第22話 好きで、好きで、好きで。

「もっと前半に出てくるかと思ったら、真ん中くらいだったな」

 俺は思い出しながら刺身を食べた。

「予想よりは良い扱いしてもらえて良かったよ」 

 片蔵も満足そうにビールを口に運んだ。


 今、俺とオタ友の片蔵は福岡に来ている。

 無事にファッションショーを見終えて、幸せな酒を飲んでいた。

 福岡の刺身はどれもこれも旨すぎる。

 やはり海の近くは素晴らしい。


「女性が多かったな……両隣女性のイベントは気を使って疲れる」

 俺は軽く肩を回してストレッチした。

 秋葉原のライブ会場にいるのは9割男なので、女性に囲まれるのは慣れないし、やはり自分が異物のような気がして辛い。

「滝本結婚したんじゃねーの? 女に慣れないって事はないだろ」

 片蔵は天ぷらを大根おろしに入れながら言った。

 実は住所が変わることもあり、結婚したことは報告していたが、細かいことは話してなかった。

「いや……実は俺の結婚は少し特殊でさ」

 片蔵は仕事も関係ないし、デザロズの運営と渡り合う頭の回転の速さと、何百人のファンを管理する力を俺は買っていた。

 だからお酒の力も借りて、俺は今までの事を片蔵に話すことにした。

 



 実は最近、相沢さんのことが好きすぎて辛いのだ。




「え? で結局何? 滝本は相沢さんのことがずっと好きだったけど、相沢さんは滝本のこと、好きじゃないの?」


 片蔵は独身だ。

 よくいる限界オタクのような風貌ではなく、服装も小綺麗だし、顔も普通なので、バイト先の女の子にはモテているようだ。

 でも今はデザロズに夢中で、人と付き合う上で一番必要な時間がないようだが。

 片蔵は俺が相思相愛で幸せな職場恋愛結婚をしたと思っていたので、なんだか面白くなってきたようで、ニヤニヤしていた。


「いや、嫌われては無いと思うんだけど」

「そりゃ嫌いな人間と同棲は出来ないだろ~。普通の夫婦になりたくないの?」


 俺は片蔵が言った『普通』という言葉が、あまり好きではない。

『普通』なんて、人が100人いたら、100通りあると思うが、ここはあえて言わない。

 俺だって『普通の夫婦』を思い描くことができる。


「それも憧れるけど……今がすごく幸せなんだよなあ……」

「なんだよ、結局惚気かよ! だったら問題ないじゃねーか!!」


 片蔵はきたばかりの唐揚げをむしゃりと食べて叫んだ。

 俺も唐揚げをひとつ口に入れてビールを飲んでドンとジョッキを置いた。


「聞いてくれよ。金曜日に夜一緒に牛丼うどん食べたんだよ。俺が作ったんだけど。そしたら『滝本さん結婚してください』って……もうしてるのに、可愛すぎる……」


 俺は頭を抱えて机に倒れこんだ。

 あの夜の事を、俺は何度も思い出していた。

 俺が使っているのは小さなちゃぶ台なんだけど、いつも俺が座っている所に相沢さんが座ってただけで嬉しかった。

 俺の座布団の上に正座して、しっかりと手を合わせた。

 長い指先と閉じられた瞼。

 そして少しメガネを曇らせて、頬を蒸気させてうどんを食べながら

『結婚してください』って信じられないほど嬉しかったんだ。

 舞い上がりすぎて、完全に挙動不審、喉にうどんが入り込んで正直吐く寸前だった。

 俺が、はあ……と余韻に浸っていると、目の前にドンと片蔵がビールを置いた。

  

「なあ、滝本。ひとつ言っていいか。それ飯が旨かったんじゃね?」

「それは、大いに、ある。相沢さんは、大いにある」


 さすが片蔵、たぶん正解だ。

 相沢さんは美味しい物がとても好きだと思う。

 来る前にカレーを鍋ごと渡したら、それを赤ちゃんのように大切そうに抱え、目をキラキラさせてお見送りしてくれた。

 数か月見てきて思うのは、相沢さんは食が適当すぎるのだ。

 先日も顔色が悪かったので、大丈夫かと尋ねたら「そういえば今日は飴しか食べてないですね。お腹が空いてるんです」と言って、何か食べるのだろう……と思っていたら、おもむろに布団のシーツを替えだして、疲れて途中で眠くなったらしく、生の布団の真ん中で眠ってしまった。

 なんだかよく分からない……。

 会社ではものすごくしっかりしているのに、家だと気まぐれな動物感がすごい。

 いや、そんな相沢さんは俺しか知らなくて、本当に好きなんだけど。

 

「延々と旨いものを提供すればいいのか……?」

「飯炊きおじさんのポジションで良いなら、良いんじゃね?」

「笑顔が見られるなら、それでもいいけどなあ」


 片蔵は「なんだよそれ」と苦笑した。

 そもそも俺は相沢さんとどうなりたいのだろう。

 今まで相沢さんのことをこんな風に相談したことが無くて、口にしてなかった。

 でも口にして考えてみると分かってくる。


 飯炊きおじさんでも良いのだ、近くにいることを許されるなら。


「俺はさあ、たぶん、好きになってもらえるような男じゃないと自分のことを思ってるんだ」

「おいおい、クソみたいに弱気な話やめてくれるか? ビールが不味くなる」

「世界にはもっとお金を稼いで、仕事が出来て、ドルオタじゃない男が沢山いると思うんだよな」

「やめろ……やめろおおお……!!」

「でもさ、相沢さんは俺と結婚してくれただろ」

「……結局ノロけるの、もっと止めろ」

「俺はこのままずっと一緒にいたいんだ。俺が相沢さんのことを好きなまま、一緒にいることを許してほしい」

「滝本おお……お前……今どきどこの少女漫画でもそんな純粋な話ないだろ?! 飲もう!!」


 片蔵は無駄に興奮してビールのお代わりを注文した。

 でもきっと純粋とか、そんな綺麗な気持ちじゃなくて。

 好きだということがバレたら、今の関係が崩れてしまう気がして怖い、ただの臆病者だ。

 自分を好きな男が二階に住んでいて、横でコテンと眠ってしまったら襲われてしまうのでは……と警戒するのが普通の人間だろう。

 だって相沢さんが俺と結婚した理由は『オタク仲間だから都合が良いから』なのだ。

 あまりに気持ちが盛り上がったら、相沢さんに触れてしまうかもしれない。

 触れたら最後……


「恐ろしく嫌われそうで怖い……」

「クソみたいに女々しいな」


 仕方ない。

 俺は信頼より恐怖が上回るほど、相沢さんが好きなんだ。


 大いに飲んで話して俺たちは解散した。

 そしてホテルで一泊して、朝いちばんの飛行機で東京に戻った。



 始業時間には余裕で間に合った。やはり飛行機だと福岡は近い。

 昨日夜行バスにのった片蔵はまだ名古屋にいて『腰が痛い。ここから新幹線にしたい』と泣いていた。気持ちはよく分かる。

 出社すると、この日はちょうど月に一度の定例報告の日だった。今月は当番ではないので、一番後ろの席に座った。

 相変わらず社長の話は眠くて暗い。

 丁度いい……朝から疲れたので隠れてこっそり眠ろう……と腕を組んだら、胸元でスマホが揺れた。

 Lineの相手は相沢さんだった。


『おかえりなさい。カレー美味しかったです』

 チラリと顔を上げると、デザイン課の一番奥に相沢さんが見えた。そして目元だけで微笑んでくれた。

『良かったです』

 と俺はシンプルに返した。

 飯炊きおじさんで良いのか?! という片蔵の言葉が耳元に残っていた。

 すぐに既読になって、次のメッセージがきた。

『久しぶりに二日間ひとりで、家が広く感じました。原稿も終わったので、今日は家で飲みませんか?』

 俺は文面をみてスマホを握りしめた。

 好かれる自信なんてない。

 でも、俺がいなくて『家が広く感じる』と言ってくれる人と一緒にいられるなら、もう何でもいいや。

 俺は

『そういえば、美味しいローストビーフをデパ地下で見つけました』

 と打った。

 暗闇の向こう、相沢さんの顔がピョコンと上がって、笑顔になった。

 さあ、仕事を定時で終わらせて家に帰ろう。


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