第21話 深夜飯

「冷凍餃子も冷凍うどんも冷凍ご飯もチルドの魚も、何もない……おしまいだ……」


 私は空っぽの冷蔵庫を前に茫然とした。

 よく考えたら、先週の土日はワラビちゃんのイベント手伝ってて注文してなかった、あるはずない。

 今日はどうしても早く作業したくて、アンパン1個を適当に食べて原稿していた。

 そして22時、お腹が空いてしまったが、この状態。

 ご飯を炊こうか……と思ったが、40分待ちたくない。

 乾麺茹でるか……と思ったけど、素うどんの気分じゃない。

 そうだ、もう冷ややっことビールで良いわ……と思って冷蔵庫を開けたら、いつものビールが無くてオレンジ味の変な地ビール? があった。

 

「なんでこのタイミングで君しかいないのだ……」


 私はため息をついた。

 オレンジ味とかグレープフルーツ味のお酒が割と好きで買ってしまうんだけど、今じゃない!!

 この時間ならコンビニ行って買ってきてもセーフな気がする。

 何でもいいから味が濃いものが食べたくて、薄い上着を羽織ってサンダルを履いたら玄関がひらいた。


「お出かけですか」

「おかえりなさい、滝本さん」


 私は邪魔にならないように一度玄関から退いた。

 手に大きなバッグを持ってるからライブ帰りなのだろう。

 前に「スーツでライブ見るんですか?」と聞いたら「朝ロッカーに着替えを入れておくんです」と言われて納得した。

 会社から直接オタ活に行けて羨ましい。私はいつも海のそばまで出るんだけど、東京横断するので、わりと遠い。

 私が会釈して外に出ようとすると


「あ、外、雨ふってきたので、靴のほうが良いかもしれません」

「出かけるの止めました」


 私は一瞬で玄関に戻った。

 夜+雨+坂道+出かける=あり得ない。

 もう素うどんで良い……。

 私は上着を脱ぎながら


「冷凍庫に何も無かったので買い物に行こうと思ったのですが、もう良いです」

「そうですか。今から牛丼を作るので、少しどうですか? あ、夜に牛丼は重いというなら……」

「牛丼?! 手作りするんですか?!」

「簡単なんですよ。10分で作れます。俺は牛丼のお肉をうどんにのせて、牛丼うどんにして食べますが……」

「!! 素うどんもって二階行っていいですか……」

「いえいえ、俺もうどんを茹でるので、どうせなら一緒に二階で……どうですか?」

「いいんですか?!?!」

「では、少し片づけてきますね」

「はい!」


 私は上着をかけて台所に戻った。

 食事を作ってもらうなら、何か差し入れを……と冷蔵庫のほうを見たが、さっきから言っているが空っぽだ。

 だったら先日届いたやくざがアイドルをする漫画を持って行こう! 私は本棚から3巻まで出した。

 しかし、本を手に取って考える。ご飯を食べさせてもらうお返しが漫画を貸すって、それで良いのだろうか。

 せめて手伝う姿勢を見せるのが大人なのでは……?

 私は階段の下に立って声を掛けた。


「滝本さーん、作るの手伝いましょうかー?」

「簡単なので、大丈夫ですが……片づけたので、二階へ来ていただいても問題ないです」


 その声を聴いて、とりあえず漫画を三冊持って二階へ上がった。

 先日滝本さんが部屋に入ってから初めて二階へ行ったのだが、荷物置き場だった二階が『人が住んでいる空間』になっていて少し感動した。

 すごくきれいに使ってくれてるし、なんか本当に良かった。

 二階に上がると滝本さんはもう部屋着に着替えていて料理を開始していて、良い匂いがしていた。

 小さな小鍋には出汁が沸いていて、中に玉ねぎが入っている。

 滝本さんはパックから牛肉を出して茹で始めた。

 一気に茶色の神の液体になった。


「牛丼になりました!」

「簡単なんですよ。コツは美味しい牛肉を買ってくることだけです」


 美味しい牛肉って高いのでは……? チラリと横に置いてあった空のパックを見たら黒毛和牛700gで1200円……!

 安い!! でも表面に書かれた店の表示は知らない店だった。

 滝本さんは私が見ていたことに気が付いて


「山を反対側に降りた所にあるホームセンターの中にあるスーパーなんですよ。入った事ありますか?」

「あっち側には行かないです。行く用事がないので」

「そうですか。ホームセンターの奥にお店があるのですが、とにかくお肉が安くて美味しいんですよ。もち豚という豚肉も美味しくて良かったです」

「滝本さん、料理されるんですね。私は冷凍食品に頼ってしまいます」


 滝本さんはあははと軽く笑い


「基本的にはあまりしませんが、美味しそうなお肉が安く売っていると買ってしまいますね」

「それは買っちゃいますよねー!」


 私も同意した。小さな台所には二口のガスコンロが置かれていて、一つにはうどんを茹でるようのお湯が沸いている。

 どんぶりにはスープの素が入っていて、電気ケトルにお湯も沸いているようだ。

 お手伝いはすることが無さそうだ……。

 振り向いたら滝本さんが冷蔵庫からネギを出したので、受け取って切ることにした。

 横で滝本さんがチルドのうどんを茹でている。そのふあふあとした湯気に心が躍る。

 ああ、こんなまともなご飯食べるの久しぶりかもしれない。

 正直原稿詰まって一週間、ご飯、炊いてません。

 だってご飯炊くとお茶碗とお釜としゃもじ洗う必要がある。

 そんな時間あったらトーン貼りたい。

 いや、時間がある時は作るけれど、人生の優先順位が決まっているので、仕方ない。

 

 ゆであがったうどんを水で洗っている間に、私はどんぶりにお湯を注いだ。

 すると滝本さんがどんぶりのなかにうどんを入れてくれた。上から牛丼のお肉を乗せる。

 そして牛丼の汁も少しうどんに入れた。ああ、そんな罪深い汁を……もっとください!!

 上から小口ネギをパラパラ……それは完全に素うどんの上に牛丼が乗った……


「牛丼うどんだ……」

「頂きましょうか」

「はい!」


 私は両手を合わせて頂きますと小さな声で言い、さっそく一口食べた。

 それは、うどんの汁の味なのに、お肉のスープが混ざって最高に美味しかった。

 味気ない素うどんが豪華なドレスを纏って踊り出すような深み……!!

 一緒に入っている玉ねぎは煮込みすぎて無いからなのか、シャキシャキと甘くて、うどんとはまた違う食感を伝えてくる。

 そして牛丼にはきっとたくさんの生姜が入っているのだろう。

 それがふわりと香って食欲を誘う。

 私はゴクンと飲み込んで口を開いた。

 

「……滝本さん、最高に美味しいです」

「良かったです。深夜になるとご飯よりうどんのほうが嬉しいですよね」

「このお肉すごく柔らかい……おいしい……」

「300gしか使ってないので、残りは冷凍して、また来週作ります。残った牛丼の残りと、この汁をカレーに入れると凄く美味しいんですよ」

「っ……それ、間違いないやつじゃないですか!!」

「俺さっき気が付いたんですけど、週末福岡に行くので居ないんです。もし良かったら残りでカレー作りますけど、置いて行ったら食べて貰えますか?」

「!! そんなの頂いて良いんですか?! 私週末締め切りなので、とても嬉しいです」

「俺のほうも、美味しい汁だけ残る所でした。食べてもらえるなら、作っていきますね。胸肉の残りスープもあるので、玉ねぎ切ったらカレーは出来上がりです」


 何それ完璧すぎない……?

 私は箸を置いて顔を上げた。


「滝本さん、結婚してください」


 滝本さんはぐっ……と少し喉にうどんを詰まらせて、軽く咳払いをした。

 そして

「っ……! えっと……もうしてますね」

 と苦笑した。私は再び箸を持って頷いた。

「そうでしたね、そうでした。ほんと……週末の締め切りにカレーがあるなんて助かります」

「良かったです、はい」


 あまりの素晴らしさに、もう一度プロポーズしてしまった。

 自分が持っていない才能を近くの人が持っていると、惚れ惚れしてしまう。

 ご飯を効率よく美味しく作れるのは、めっちゃカッコイイと思う。

 週末カレーがあるなら5合お米炊いて三日間食べ続けよう。

 私は牛丼うどんを汁まで飲み干してお椀を洗い、お礼を言って一階に戻った。

 お腹がいっぱいで幸せすぎる。

 今ならあのオレンジビールも美味しく飲めそうだ。

 私はそれを開けて原稿前に戻った。

 一口飲むと、予想通りの味だったけど、雨だれの音が気持ちよくて、二階から聞こえてくるデザロズの曲を小さく口ずさんだ。

 もう少し原稿がんばろー!

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