第12話 生誕祭にむけて(滝本視点)

「これは……『お』か。次は……『う』……かな? ちゃんと文章になってる……」


 俺は相沢さんに教えて貰ったシンハラ語の一覧サイトを見ながら文字を参照していく。

 翻訳できるサイトもあったが、文字を回転させているので、そのまま読むことは不可能だった。

 でも一文字ずつのんちゃんが考えてくれた文字だと思うと、それだけで嬉しかった。


 何より申し訳ない気持ちが大きい。

 

 デザロズは結成して6年のアイドルグループだ。

 最初の1年は普通のアイドルとして売り出したが、プロデューサーであり社長のラリマー提督の介入により、宇宙人アイドルとなった。

 応援し始めたのはそこからで、5年以上応援していたのに、気がつけなかった。

 のんちゃん始め、みんなこの文字の手紙をくれていたのに。


 伝わらないのなら、適当に書いてしまえば良いと思うのが普通のメンタルだと思う。

 人は監視の目が無いといとも簡単に楽な道を選んでしまう。

 それは普通のことだ。

 律していたのはラリマー提督なのか、デザロズの意思なのか分からない。

 手紙はプリントされてたもので、毎回違う。

 こんなに毎回作るのは大変なのでは……と相沢さんに聞いたら

「文字は一発で出てくるので、何かお絵かき系のソフトにそれを入れて、回転させてるのだと思います。絵として書くのは大変ですが、キーボードの設定さえ変えれば出てくる文字なんですよ」

 と実際に操作して見せてくれた。

 お絵かき系のソフトは全く使えない俺からすると魔法のようだが、文字が読める。

 それだけで本当に嬉しい。

(ちなみに相沢さんは推しの犬、芝吉が3体出たそうで、とても喜んでいた。良かった)


 結局俺は今まで貰った手紙、20枚をすぐに調べてしまった。

『いつもおうえんしてくれてありがとう。またきてね』

『せんしゅうはいなかったから、さみしかったよ。やっぱりいてくれるだけでうれしいな』

 こんな、こんなに言葉トスを返してくれていたのに。

 

 すぐにTwitterにタグ付きで出して拡散しようとも思ったが……正直なことを言うと、もう少し自分だけで味わいたかった。

 だって今この時、デザロズの言葉を理解できているのは、世界で俺だけなんだ。

 ものすごく嬉しくて光栄で、悶えるほど嬉しい。

 でも長く一緒にオタ活してる片蔵カタクラには教えることにした。



「おまえ……これ……ちょっとまてよ、ヤバい……俺……今バイト中なんだけど……マジかよ……」

「文字読めるんだよ」



 片蔵は俺とほぼ同時期からデザロズを応援しているオタクだ。

 そして片蔵はトップオタだ。ファンの中でトップに君臨するオタクのことをそう呼ぶのだが、俺たちは迎え撃つ軍隊としてデザロズを応援しているので、片蔵は最高指揮官と呼ばれている。

 デザロズに全てを捧げて、会社員をやめ、今はバイトを5つほど掛け持ちしている。

 俺は会社員なので、平日のライブはいけないことも多い。

 片蔵は全てのライブとライブの後にある地球恋結軍戦略会議という名の反省会も毎回仕切っている。

 片蔵なくしてデザロズなし……とまで言われている最高指揮官なので、やはり彼に知らせない事は出来ない。


「よし帰るわ」

「マジで言ってるの」


 片蔵は結局「胸が苦しい」という、言葉としては正解だが、9割仮病でバイトを抜け出して帰宅、俺の指示通りシンハラ語の一覧を見ながら手紙を解読した。

 電話の向こうで片蔵はずっと泣いていた。そう俺と同じ、不甲斐なくて。

 でも同時に嬉しくて。俺たちはお互いに届いた手紙を翻訳しながら楽しんだ。


「じゃあ、生誕祭のアルバムに文字入れようよ。よろしくな」

「了解。それだけは絶対間に合わせる」


 もう朝日が昇ってきていたが、俺と片蔵はテンション高く通話を切った。

 今日は土曜日。このまま出かけて文房具屋に行き、そのままライブ行こう。俺は眠ってないのに眠気を感じない顔を真水で洗って気合を入れた。





「わ。すごい量ですね。イトウヤの袋……文房具ですか?」


 ライブと戦略会議を終えて、家に帰って来たのは深夜だ。

 相沢さんはビールと柿の種を持って、仕事部屋に戻る所のようだ。


「生誕祭のアルバム作り用の素材です。やはり一年に一度のことなので……」

 と言うと、相沢さんは目を輝かせて

「推しのお誕生日にアルバムを手作りしてプレゼントするんですか。楽しそうですね」

 と言ってくれたので、去年のを写メで見せてあげたら絶句していた。


 デザロズは5人いるのだが、それぞれに生誕祭……つまりお誕生日の日にライブがある。

 そこで毎年俺たちファンからアルバムをプレゼントすることになっている。

 正確にはアルバムという名前ではなく、地球恋結軍戦争証言記録集(ちきゅうれんけつぐんせんそうしょうげんきろくしゅう)という名前になっている。

 一年目は戦争記録集なのだから……と俺たちは、迷彩柄のものすごく『それっぽいもの』を準備したのだが、正直のんちゃんの反応はイマイチだった。

 そりゃそうだ、今どきの10代の女の子が誕生日にこれでは悲しい……のかも知れない。

 片蔵発案で二年目からはデコレーション技術をフルに活用して、とにかく可愛い物にしたら、とても喜んでくれたのだ。

 戦争証言記録集がキラキラにリボンやシールや花でデコられていても問題などない!

 毎年誰かが気合を入れて作っているのだが、造形が毎年すごいことになっている。


 来週俺の推しののんちゃんの生誕祭なのだが、そのアルバムを俺は三か月前から制作している。


「これ、バラ……ですか?」


 相沢さんは去年の写メを見ながら言った。

 そして興味が我慢できなくなったようで、俺をリビングに呼んでビールをくれた。

 俺たちは何故か土曜日の深夜にお酒を飲み始めた。


「そうですね、7色ほど赤色系統のマステを使って作ったバラです。のんちゃんはバラが大好きなので」

「マステでバラ……? このリボンは本物っぽいですけど……?」

「これはクリスマスに行われるライブで配られる限定リボンを使って作ったモチーフです。大きなリボンに見えますが、横から見ると立体なのです」

「えええーーー?! なにこれどうやって作るんですか。え、これ何種類もハートを切り抜いて、そこに写真を入れてるんですか」

「ちゃんと記録集として機能するように、時系列に並んでいます。そして中はセットリストが……立体に広がります」

「嘘でしょ!」


 相沢さんは叫んだ。

 ここが去年一番のんちゃんが喜んだところだ。

 ページを開くと絵本のようにセットリストを書いた紙が立ち上がる。

 これは絵本を元にオタたち数人集まって必死に作ったものだ。

 今年もこれに匹敵するアイデアを、俺はもう考えていた。


「今年は、こう……紙を引っ張ると……」


 俺は乗ってくれる相沢さん相手に話すのが楽しくなってきて、まだ作り途中のアルバムを一階に持ってきた。

 そして仕掛け部分を見せる。

 寝ている紙の部分に取っ手のようなものが付いていて、それを引っ張ると紙がパタパタと動くのだ。


「これは……この女の子がダンスしてるように見えるんですね」

「そうなんです。表と裏、手を上げている写真と下ろしている写真の二枚構成になっています」

「これ、滝本さんが作ったんですか!?」

「そうですね、もう作り始めて二か月ほど経過してますが」

「え、ほんと、ちょっと……すごすぎるんですけど……」

 相沢さんは紙の仕掛けや表紙の花を見て興奮していた。

 俺は続ける。

「でも今年は、ちゃんとデザロズ用の文字を使うことが出来るんです」

 そう。いつも普通に日本語でメッセージを書いていたけど、5年目にして『デザロズの言葉でアルバムを作ることができる』。

「ああ、そうでしたね、それは良かったです……けど……正直私このアルバムのクオリティーが凄すぎて……ええ……?」

 私も何か作りたい! と楽しそうに目を輝かせてくれたので、今日の戦略会議で集めてきたメッセージカード横に着ける簡単花をマステで作って貰うことにした。

「……手に、くっつきます、よね……?」

 相沢さんの手元にはクシャクシャになったマステが仕上がっていた。

「初めから上手くできませんよ」

 と俺が言うと

「よっしゃ、次いこ」

 ともう一つ作り始めた。

 土曜日の夜、ビール飲みながら相沢さんと二人で推しのアルバム作ってるなんて……正直楽しくて仕方ない。

 相沢さんは『面白い』と思うことに、なんてハードルが低いのだろうと毎回驚く。

 

「どうですか!」

「さっきよりは全然良いですね」

「ええ~、これめっちゃ楽しいですね。私の推しは自分で書かないと増えないけど、アイドルは写真が多くていいですね~!」

「次元を超える辛さですね」

「その通りです!」


 オタクの世界は広くて、同じ机を挟んで座っていても見えるものも違う。

 だからこそ、相沢さんの気付きが、俺に新しい世界を呼んで、俺の楽しいが、相沢さんの楽しいになる。

 ビールが汗をかく深夜。

 俺たちは無言で、でも正しく楽しく、夜をすごした。

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