第11話 コラボは辛いよ
「え……うそ、たくさん売ってる」
私はコンビニのドリンク売り場で固まった。
今、私のジャンルでは、お茶に限定のノベルティが付いている。
コンビニ限定なんだけど、会社近くは全滅だった。
くそ……と思いつつ、ダメ元で自分の地元駅のコンビニに寄ったら、なんと山ほど売っているのだ。
20種類のランダムなので、もう見つけたら買うしかない。
私は買い物かごに入れるだけ入れた。
お茶で良かった、腐らないし長期保存が可能だ……とカゴを持ち上げたら、嘘みたいに重たい。
ちょっとまって、これを持って坂を登るのは無理なのでは。
私は一秒考えた。
「よし。往復しよう」
持つのは10本が限界だと思う。
右腕に5本、左腕に5本。
それで一度帰ってカートを持ってきて、詰めるだけ積んで帰ろう。
「これを買うんですか?」
「滝本さん!!」
私がドリンクコーナーで商品を睨んでいたら、滝本さんが横に来ていた。私の一本後ろの電車に乗っていたようだ。
そして状態を一瞬で把握。
「ノベルティ付きのお茶ですか。運ぶの手伝いますよ」
と言ってくれた。
「神降臨……」
私は外で会社の服装をしているのに、思わず同人仲間用の言葉を言ってしまった。
正直それほど嬉しかったのだ。滝本さんは
「でも20本が限界だと思います……」
と申し訳なさそうに言うので
「十分です、ありがとうございます!」
と頭を下げた。もう1本でも持って頂けるだけで助かる。推しが当たる確率が上がる。
普通の商品ならコープの配達で買うけど、最近はコンビニ限定ドリンクとかお菓子についてるから辛すぎる。
でも坂の下にあるコンビニだからこそ売れ残ってたんだと思う。
「これはちょっとしたトレーニングですね」
滝本さんは右腕に10本、左腕に10本のお茶を持って歩いてくれている。
自転車は大丈夫なんですか? と聞いたら、明日は歩けば良いだけですと平然と答えてくれた。
なんて優しいんだろう。こんなオタク的体力仕事を手伝ってもらえると助かってしまう。
私も両腕にぶら下げた状態で、フラフラと歩く。
「本当にすいません、お言葉に甘えてしまって。水系は重すぎて……助かります。これフィギュアにバッチリ合うワンコたちなんです」
私のジャンルはアニメなのだが、最近はスマホゲームも出している。
アニメとゲームでは世界観がガラリと違い、ゲームの方ではキャラクターたちが犬や猫と一緒に居るのだ。
これが可愛いんだけど、現時点でこの動物たちのフィギュアは出てないのだ、キャラは出てるのに!!
つまりファンはこのお茶を買わないとキャラの横にワンコを並べられないのだ。
私の推しのカケルには犬の芝吉が居ないと完成しない!
この中にあると良いけど。無かったら夜もう一度行こう。芝吉だけは諦められない。
よいしょ……とドリンクの塊を持ち直す。
「コラボ商品があるのは羨ましいですね。俺の推しは商品とコラボするほど売れてないですから……」
と滝本さんが少し悲しそうに言った。
確かに、地下アイドルはコラボ商品とかは難しそうだ。
「でもCDとか、やはり沢山買うんですよね」
「そうですね、新曲のCDは枚数に応じてチェキが付いているので、100枚は最低でも買いますね」
滝本さんは月夜ににっこりとほほ笑んで言ったが、私は一瞬で脳内計算機が立ち上がる。
「1枚おいくらですか」
「1000円ですね」
「新曲のたびに10万……と言いながら思ったんですけど、私、先週コラボカフェで3万食べました」
そして今お茶を5000円分買った。誰が何を笑えるというのだ。
滝本さんは苦笑して
「食べ物系は辛いですね。俺で良ければ今度コラボカフェもお付き合いしましょうか」
「ええ! そんな、荷物持って頂いて、そんな食べる系まで付き合って頂いたら悪いです。それにあの……あんまり美味しくないんですよ」
私は苦笑した。
セットのコースターとか、敷いてある紙が欲しいだけで、ご飯は残念なことが多い。
滝本さんは、よいしょ、と荷物を持ち直しながら
「食べられれば何でも一緒ですよ。もし炭水化物系で大変でしたら、声かけてください。食べるのは得意ですから」
と言ってくれた。
「ああ~~そんな……でもそうなんです、炭水化物系がキツくて、この前私の推しのご飯が『カケルが家で作ってるハムしか入ってないチャーハン』で……もう辛くて辛くて……」
「なるほど。設定も加味したご飯が出てくるのは楽しいですね」
バカにされるかと思ったら褒められた。
滝本さんは「うーん」と言いながら
「デザロズも毎年宇宙試食会というのがあるのですが」
と言った。
んん? また何か面白い設定の話をしているが、疲労が凄くて真面目に聞けない。
「ちょっと待ってください。ものすごく興味がありますが……一度休憩して良いですか。たくさんあるし、お茶を飲みましょう」
私は坂の途中にあるベンチに座った。
ここの坂はあまりに辛いので、少し平になった所にベンチが設置してある。
「丁度良い所にありますね」
滝本さんも私の横に座ったので、ぜひお茶を飲んでください! と袋にたっぷり入っているお茶を開けて渡した。
ありがとうございます……と滝本さんはお茶を一口飲んで話を続けてくれた。
「平たく言うと、アイドルが簡単なご飯を作ってくれる会なのですが、宇宙試食会という名前なのに、普通のうどんとかなんですよね。もっと設定を盛ってほしいと思うし、何なら食べられないほど辛かったり、甘すぎたりしても面白いと思うのです。みりんちゃんの星では辛い物を辛いと思ってないから、これほど辛い物が出てくる。ほしなちゃんの星では砂糖が沢山とれるから、基本的に砂糖の塊が主食……など、あっても良いと思うのですが。メニューの表示だけは凝ってるんですけど……」
と滝本さんは一気に話して、メニュー画面を写メで見せてくれた。
それが
「読めないんですね」
「そうなんです。宇宙の言葉ですから」
と楽しそうにほほ笑んだ。
そこには可愛いコロコロとした文字のような絵のようなものが書かれていた。
「これが宇宙の言葉という設定なんですね」
「何か書いてあるのか分からないので、何が出てくるのかも分からないんです。その設定は面白いと思うし、手紙もこの文字で帰ってくるんですよ」
と笑った。
アイドルにしか分からない言語があるのは、すごく面白いと思う。私は絶滅する言語とか大好きでよく本を読んでいる。
だからだろうか……何かが気になっていた。なんかこの文字というか、絵……みたことがある。
私はスマホでググって、声を上げた。
「滝本さん、これ、シンハラ語っていうスリランカの文字を回転させた文字ですね。ちゃんと文章になってる可能性があります」
「えっ……!」
滝本さんが私の顔をみて固まった。
私はスマホで検索した画面を見せた。シンハラ語。それは滝本さんが見せてくれたメニュー画面に書かれていた文字とそっくりだった。
「たとえばこの文字。ほら、180度回転させたら……これになりますね。だから『う』です」
「これを頼んだらうどんが出てきました」
「ど……doで二文字、これですね。あ、やっぱりそうだ。うどんって書いてますね。これは250度くらい回転してるし、少し可愛くベクターいじってますけど」
「読めます……読める文字だったんですね」
私の横で滝本さんは絶句している。
でも気持ちは分かる。
今まで分からないと思っていた推しの言葉が理解できる言葉として書かれていたら興奮してムスカ化する。
なんならコスプレして叫ぶわ。
「…相沢さんはなぜこの文字が分かったんですか……」
滝本さんは完全に動揺しつつ、荷物を両手に持ってフラフラと立ち上がった。
「文字が可愛くて、昔ゲーム系同人誌書いた時に魔法陣で使ったことがあるんです。その時も回転させて使ったので、覚えてました」
「俺は5年間、毎日見てたのに、気が付きませんでした」
滝本さんはショックすぎて茫然としている。
「スリランカのみで使われてる言葉なので、調べないと知らなくて当然だと思いますし、やはりデザロズさんは面白い仕掛けをしてますね」
「そうですよね!! では我慢できないので、先に帰っても良いですか?! 何通も手紙をこの文字で頂いてるのです!!」
滝本さんは両腕にお茶をブラさげて、今までの10倍の速度で歩いて坂の上に消えていった。
えええ早い、もう豆粒みたいだ!!
というか、私の歩く速度に合わせてくれていたんだなあ。
本当に優しい人。
「よいしょ」
完全に滝本さんが坂に向こうに消えてから、私は再び荷物を持って立ち上がった。
すると坂の向こうから滝本さんが手ぶらで戻ってきた。
えええええ?! この数分で家までたどり着いて、戻ってきてくれたの?!
そして
「持ちます」
とすべてのお茶を持って坂道を歩き始めた。
「ありがとうございます、すいません!」
と言いながら後ろを付いて歩きはじめたら、少し照れ臭そうに
「相沢さんは俺と推しの言葉を繋いでくれたのです。こんな嬉しいことありません」
と言った。
「いえいえ、大げさです」
私は頭を振った。
たまたま厨二的な理由で知っていた文字だ。
なんたって20才すぎて大真面目に魔法陣書いていたのだ。
「早く帰って訳しましょう」
と言ったら、そうですね!! と滝本さんは早歩きで坂を登って行った。
推しのパワーすごい!!
そしてありがたい……もう腕が痛くて辛かった。
コラボアイテムはもう少し軽いものに付けて欲しいです、運営様……。
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