第9話 ご挨拶のつもりが

「持ってきて良かった~」


 私はUSBを持って花田屋さん近くのコピーショップに入った。

 朝の時点でお母様との待ち合わせ時間が決まってなかったが、とりあえずUSBにデータを持ってきたのだ。

 結局待ち合わせ時間は19時になり、いつも通り退社した私には絶妙な時間が確保された。


 週末にイベントがあり、ワラビちゃんのスペースで売り子をすることになっている。

 そこに置く無配のコピー本をこの時間で刷れそうだ!


 昔コピー本といえばコンビニで刷っていた。

 某コンビニのコピー機は進化してるけど、専門店は全然違うのだ。

 作業できるPCがあるし、そこには全てのアプリが入っていて即直せる。

 そして紙の種類も豊富で、なにより製本された状態で出てくるのだ。


 神すぎる!


 問題は都内に数店舗しかない事。

 そしてこの店は写真屋さんがサブでやっている小さな店なので、コピー機が一台しかない。

 待ち合わせまであと1時間ちょっと。時間的には余裕なんだけど……


「あれ……? 文字が見えない……濃度……?」


 私が使いたいコピー機をずっと使っている人がいて、コピーできないのだ。

 その子はセーラー服を着た学生さんで、後ろで見ていると分かるんだけど、同じようにコピー本を作ろうとしている。

 他にもコピー機はあるけど、本で出てくるのは、この一台だ。

 いつもはお助けのスタッフが居るけど、今日は居ないみたい。


 うーん……。

 この店は花田屋さんにすごく近いけど、それでも15分前には出たい。

 私は出てきている原稿をチラリ見る。

 ……なるほど。


「すいません、これは濃度の調整じゃ無理だと思うんです」

「えっ?!」


 振り向いた女の子は、大きなメガネを持ち上げながら振り向いた。

 肌が真っ白で前髪がきっちり揃ってて、メイクなどしてるように見えない。とても真面目そうな子。

 私は、黒ベタ上の文字の縁取りは、このサイズの原稿なら3ピクセル以上必要なこと、このフォントは向かないこと……などを教えた。

「データを修正しないとダメですか」

 と女の子が言うので

「望んだ結果を出すには、修正が必要だと思います」

 とハッキリ言った。

 分かりました、ありがとうございます……と女の子はアクキーが付いたUSBを抜いて、私に順番を変わった。

 よっしゃ、間に合うわ。私はデジタルデータを出して、速攻コピーを始めた。

 ツコーンツコーンとコピー機が気持ちよく動いて、もう本になって出てくる。

 神……!!

 私は10部ずつ手に取り、持ってきた紙で束にして、持ってきたボックスに入れた。

 週末はこのまま持って行けばオッケー。

 振り向くと、店内のPCでさっきの女の子が必死に作業していた。

 チラリと見ると、うーん……そのフォントではさっきと同じことになる。

 私は後ろからスススと近づいて

「……ここにあるフォントで何とかするなら、最低でもW8以降ですね。フチはここで付けましょう。これはズレます」

「!! ありがとうございます」

 私はテキパキと女の子の原稿に指示を出して、ついでにコピー機の設定もして出してあげた。

 なるほど、ジャンルは任侠ゲームですね。かなりマイナー! しかも主流の逆カプじゃないかな。

 だけど分かる……強面受けいいよね! 当然口は出さないけど。これはマナーだ。


「ありがとうございました!」

「いえいえ」


 私も初めて同人誌を作った時は、思い通りに線が出ない、なんならトーン貼ったのに真っ白、逆に真っ黒、文字は読めない……。

 誰か教えて欲しいと心底思ったものだ。だから若い子が頑張ってると思わず助けてしまう。

 だって将来その子が私のジャンルに来て、神配給してくれるかもしれないじゃん! 未来への投資は、結局自分への投資なのだ。

 女の子は私に会釈しながら店を出て行った。将来の神、配給よろしくね……私は笑顔で見送ったが


「……あ!」


 机の上を見ると女の子がさっき作業していたPCの横に紅茶屋の袋が置き去りになっていた。

 確認すると、女の子はまだ店の外で電話をしていた。

 間に合う!

 私は袋を手に取って、電話中の彼女の前に来て、視界に袋を入れた。


「!!」


 女の子は電話しながら、頭をさげてそれを受け取った。

 良かった。

 あの袋は今日本橋でしているイギリス展でしか売ってない紅茶の袋だと思う。

 気になってたの! 明日仕事終わったらいこ~っと。有名なスコーンも来てるの、めっちゃ食べたいスコーン。

 私はスケジュールに『スコーン』と入れて、花田屋さんに向かった。




 花田屋さんは小さな日本庭園が店の真ん中にある品の良い店だ。

 真ん中の庭園は季節それぞれで見せる顔が違う。

 5月後半の今は藤棚が美しい。暗闇に品よくあるライトが紫色の藤の花をより美しく見せている。


「初めまして、滝本の母です」

「初めまして。相沢咲月と申します」


 静かな和室で私は滝本さんのお母様に会って、挨拶した。

 滝本さんのお母様はショートのグレイヘアで、優しそうなお顔立ちだった。目がすごく滝本さんに似ていて、ああ、お母様だなあと思った。

 シックなベージュのスーツを着ていて「仕事帰りなので、こんな服装ですみません」と頭をさげた。

 そんなの私のほうが悪い。


「私のわがままで、突然のお話になり、申し訳ありません」

 頭を下げると

「隆太から話を聞いて、もう私のほうこそすぐにお会いしたかったんですよ。よろしくお願いしますね」

 とお母様は言ってくれた。

 ああ……なんて思っていた通りの人なのだろう。我が家とは雲泥の差だ。

 運ばれてきた食事をしながら滝本さんは姿勢を正して

 

「だからさ、安心して橘さんと結婚してよ。俺はもう大丈夫だから」


 と言う。

 私も静かに目を伏せて頭を軽く下げて同意する。

 お母様は、ふう……とため息をついてお箸を置いて


「私もそうしたいんだけど……どうしても向こうの娘さん……絵里香ちゃんって言うんだけどね。私が家に入るのを嫌がってる気がするのよ。外でお茶とかはよくしてるのよ? 今日もこれを持ってきてくれてね。隆太のお嫁さんにどうぞ……って、よろしくお願いしますって!」

「あっ……お気遣いすいません、私のほうは本当に仕事帰りで何もお持ち出来ずに……」

「持ってきてくれたのは絵里香ちゃんよ、私は相沢さんと同じ。今日はご挨拶ですものね」


 と優しくほほ笑んでくれた。

 ああ、気遣いに気遣いを返された……。

 ではすいません、ありがとうございます……と袋を受け取った。

 これはイギリスの紅茶。これ私大好きで明日買いに行こうと……と脳内に言葉を準備して袋の中を見ると


「!!」


 さっきコピーショップで見たアクキー付きのUSBが見えた。

 これは間違いない、さっき会った女の子が使っていたUSBだ。

 あのコピーショップは花田屋さんにとても近い。

 つまり私と同じ思考……? お土産を買い、待ち合わせに近いあの店でついでにコピー本を印刷していた……

 


 さっきの女の子は、滝本さんのお母さんの再婚相手の娘さんだ!



 そんな偶然あっていいの? 私は気が付かれないように荷物の中からUSBを取り、上着のポケットに入れた。

 これにはあの原稿データが入ってるはず。中身は当然任侠BLで、再婚相手のお母様には見られたくないこと間違いなし。


「橘さんのお宅にお邪魔しても、部屋から一歩も出てこないし、お休みの日も居ないことが多くて……やはり家に入られるのはイヤなんじゃないかしら」

「絵里香ちゃん、真面目ないい子だし、学校厳しいから勉強も大変なんじゃないかな」

 滝本さんがフォローする。うん、勉強してると思うよ。でも部屋で原稿もしてるんだ、絵里香ちゃん。

 しかもさっき刷ってた折り本、準備号だったからね、本体の本は落ちてるんだ……たぶん。

 出すって告知してスペースも取っちゃったから、何もない机の上に出来なくて作ってるんだよ!

 滝本さんのお母様は

「だからせめて高校卒業まで待とうかなって思ってるの」

「そうやって俺の時も待ってて……橘さんも一緒に住みたいって言ってくれてるんだろ?」

「だけど、絵里香ちゃんの気持ちが一番大切よ」


 ああ、なんて良い人たち。

 でも違うんですわ。


 自分の城とかペースとかあって、お父さんだけなら適当にあしらえたけど、知らない人が入ってくると落ち着いて原稿出来ないんじゃないかな?

 絵里香ちゃんの気持ちが分かる! でも……横をチラッと見ると、滝本さんもお母様もションボリしている。

 とにかく私に出来ることは、この【命のUSB】を渡してあげることだ。

 

「今度はぜひご自宅のほうにお邪魔させてください。隆太さんが子供の頃のお話とか聞かせてください」

「ぜひ来てね。待ってるわ」


 お母様と私たちは地下鉄の駅前で別れた。

 横で滝本さんが「ふう……」と息を吐き「おつかれさまでした」と言う。

 私はキュッと滝本さんのほうを見て

「絵里香ちゃんのLineとか、知ってますか?」

 とポケットからアクキー付きのUSBを出した。

 今ごろめちゃくちゃ焦っているはずだ。コンビニにBL生原稿忘れたことある私だから分かる。

 滝本さんは

「分かりますけど……?」

 と首を傾げた。

 連絡だけは今日中にしないと絵里香ちゃん泣いちゃうよ!

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