第10話 初めて一緒に帰る夜(滝本視点)

「なるほど。それは緊急事態ですね」


 俺は相沢さんから話を聞いて理解した。

 ドルオタの俺で言うと、握手するために大量に買った同じ写真が詰まっているアルバムを、相沢さんの母親に見られるようなものだろうか。

 想像するだけで恐ろしい。もし見られたら永遠に会いたくない。

 絵里香ちゃんは普通に会うと、お嬢様学校に通っている大人しい高校生だ。

 だから、趣味は公にしたくないだろう。


 俺はすぐに絵里香ちゃんにLineを打とうと立ち上げたが、なんと打つべきか悩む。

 すると相沢さんが俺の前に一歩進み


「滝本さん、一緒に写真を撮りましょう。私は右手にUSBを持ちます。それを送れば、全て理解できると思います」

「なるほど」


 俺はスマホのカメラを回転させて相沢さんに一歩近寄った。

 相沢さんも俺の横に近づいてきた。髪の毛がふわりと俺の頬に触れた。

 そしてシャンプーだろうか、化粧品だろうか、嗅いだことがない高貴な匂いがして、心臓の音が身体中に響いた。

 悟られないように口の息を止めて、静かに鼻呼吸する。

 さっきニンニクが入ったお肉を食べてしまったし、至近距離は緊張する。

 相沢さんはプレビュー画面を見て不満げに


「ここまで暗いと、さっき会った私だと分かりにくいですね。せめて外灯の下に行きましょう」


 俺たちは光を求めて移動する。

 よく考えたら、二人で撮る最初の写真だ。

 なんだか嬉しくて、撮った写真は保存しておこうと決めた。

 俺たちは外灯の下で写真を撮りなおしたが、相沢さんの表情は暗い。


「自撮りなんて何年もしてないから……自分の顔見るとイヤになりますね」

 と自虐的に言うので

「いえ、全然、問題ないと思います」

 と仕事のように言ってしまった。しかし本当に相沢さんはキレイに写っている。

 相沢さんは写真を見て

「滝本さんのほうが写真のうつりかた、上手ですよね」

 と言うので俺は真実を伝えることにした。

「大きなイベントだとアイドルと一緒に写真が撮れるんです。だから自撮りはわりとしますね」

「あ~~なるほど~~。それで磨かれてる技術なんですね。持ってて損はないですね。しかしほんとフォトショで直したい顔色……じゃなくて、これで良いと思います。送ってください」

 相沢さんの指示通り、俺は写メを絵里香ちゃんに送った。

 一度だけ俺と母さん、橘さんと絵里香ちゃんで食事したことがあり、そこで社交儀礼的に交換したものだ。

 送るとすぐに既読になり、一瞬で電話がかかってきた。


『滝本さん、これって……!』

 今まで聞いたことがない慌てた声だ。

 俺は静かに

「USBを持っている人に電話を替わりますね。そのほうが分かりやすいと思います」

 とスマホを相沢さんに渡した。

「もしもし? さっきコピーショップで会った女です。えっと終電もあるし、とにかく会いましょう。どこまで出られますか?」

 さすが相沢さん、行動のスピードが速い。

 絵里香ちゃんは高校生ということもあり、夜遅くに遠くまで出ると父親に怪しまれるので、家の近くのコンビニまで持って行くことにした。

 


「驚きました……」

 絵里香ちゃんはコンビニのイートインに座って待っていた。

「はい、まずUSB。間違いない……よね?」

 相沢さんは絵里香ちゃんの横に座った。絵里香ちゃんはUSBを強く握って頷いた。良かった……。

「お土産の袋に入れたと気が付いてから、涙が止まらなくて。中身を見られたら私一生滝本さんに会えないって。もうどうしようって……」

「小さいから逆に危ないのよ。部屋の鍵とかに付けておくと良いわよ。抜き忘れ防止にもなるから」

 相沢さんは絵里香ちゃんに言った。

 あまり遅くなると疑われるでしょう? と絵里香ちゃんを促し、店を出ることにした。

 何も買って無いとバレてしまうので、俺はアイスコーヒーと肉まんを三つ買った。


「肉まん……?」

 絵里香ちゃんは、それを手渡されて不思議そうな顔をしたが

「深夜に食べる肉まんって、美味しいですよね」

 と相沢さんは大きな口を開けて食べた。

 好きなものが一緒で嬉しい。

 俺は自然とコンビニで肉まんを買ってしまう。

 温かくて丸い優しい夜に優しい食べ物。

 俺たちはマンションまで歩きながら話す。

 月が高い夜、影が長く伸びている。


「……母さんが家に来てほしくないんじゃないか……って心配してたけど……」

 そう俺が聞くと絵里香ちゃんは肉まんをモグリと食べて首を振った。

「違うんです。もうバレてるから言いますけど、部屋が在庫の段ボールで埋まってて、滝本さんに見せられる状態じゃないんです」

「ああ……。お母様が出入りするようになって、全部部屋に入れたの? 辛い……」

 相沢さんは頭を抱えた。絵里香ちゃんは

「お父さんは私が同人誌を作ってる事を知っていて、勉強と両立することを条件に許可してくれています。……もちろんジャンルは知りませんが。でも滝本さんに知られるのは……」



「いや、隠したほうがいいよ」

 相沢さんはハッキリと言った。

 迷いなく澄んだ夜に深く、まっすぐ。

 そして続ける。



「お母様は優しいから理解した顔をしてくれる。それは逆に辛いから。絶対隠したほうがいいと思う」

「!! そうなんです。なんか無理させてしまいそうで……」


 俺は二人の会話を聞きながら『たしかに俺の母は無理して取り繕いそうだ』と思った。

 相沢さんは

「服をね、外に出すの。段ボールから在庫を出してそこに服を入れる。見られても良いからね。そして空いた衣装ケースに在庫を入れるの。紙袋とかに包んでね。見せて良い物を並べて、見せたくないものを隠す」

「なるほど。やってみます!」

 二人はTwitterのアカウントを交換しあい、絵里香ちゃんは何度も手を振りながらマンションに帰って行った。


 俺と相沢さんも電車に乗り、帰ることにした。

 今日は色々ありすぎて疲れてしまった。

 駅前に停めていた自転車を出すと、置き場の前で相沢さんが待っていてくれた。

 そんなことが驚くほど嬉しい。

 これから俺たちは一緒に家に帰るんだ。

 カラカラ……と自転車のタイヤが回る音と、俺たちの重なる足音。


 初めて一緒に帰る夜。



 それから数日後、仕事していたら母さんからLineが入った。

「絵里香ちゃんがお部屋に入れてくれたの。これからも遊びに来てくださいって……!」

 どうやら絵里香ちゃんは在庫を隠すことに成功したらしい。

 それを相沢さんにLineで知らせたら

『良かった。これからも頑張って漫画書いてほしいですね』

 と同人作家仲間に向けるようなレスが返って来た。

 相沢さんらしい。

 俺は画面をみてほほ笑んだ。

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