第6話 銀河鉄道の夜(滝本視点)

 満ち潮の時に、人はたくさん生まれると聞いたけれど、引き潮の時に人はたくさん死ぬのだろうか。

 俺はぽっかりと闇夜に浮かぶ満月を見て思った。

 

 その満月の左下、キラリと光の筋が見え始めた。


「きた……」


 俺はスマホで配信を流しながら窓を全開にして、流れる光をずっと見ている。

 推しののんちゃんは、switchのテトリスにハマっていて、現れる挑戦者たちと戦う配信をしている。

 お嬢様キャラだし実際そうなんだけど、本気で叫ぶ姿を見ながら「もっとギャップキャラ押していけ」と思ってしまう俺は、もうアイドルをお父さん目線で見ていると思う。

 いや、もちろん可愛くて大好きだけど。この可愛い人を世間に知らせたい気持ちが大きい。


「お、反対側からも来た」


 暗闇を駆け抜けていく光の筋……それは電車だ。

 この辺りは山の中で、民家も多くない。だから夜23時にもなると、真っ暗闇の中を光が走り抜けているように見える。

 まるで銀河鉄道の夜だ。

 ここに住むなら、家賃3万円で良いというので驚いた。

 相沢さん曰く、固定資産税が年間50万円ほどかかるので、その負担だけで良いのだと言った。水道光熱費は完全に折半。

 俺は普通に都内のマンションに住んでいたんだけど、グッズやCD、作曲用の小さなピアノとかPCやカメラ用の冷蔵庫が占拠しはじめて、ベッドを置けなくなっていた。

 だからこんな広い部屋に住めてたら嬉しい。

 都心のマンションは劇場やイベントに行くのは便利だったけど、この家から自転車で数キロ走れば特急電車が止まるので、都内へのアプローチは恐ろしく良い。

 反対側に降りたら、横浜方面へのアクセスは楽になる。

 交通費節約のために乗っていたロードバイクが、ここで使えそうだ。


「すれ違う」


 俺はずっと闇夜を走る電車を見ていた。

 右側から出た光の筋と、左側から来た光の塊が、闇を引き裂くように走りすれ違う。そして左右に広がって消えていく。

 まるで流れ星のようだ。

 このまま宇宙に飛んで行ってもおかしくない。

 スマホの配信から流れるのんちゃんの明るい声と、美しい景色を、俺はぼんやりと見ていた。

 正直とても癒される。


 相沢さんが「とりあえず同居しませんか?」と入れてくれた部屋は、なんと2DKほどの広さがあった。

 俺が今いる電車が見えるリビング。そして簡単な台所。

 廊下を挟んで畳の部屋と風呂とトイレ。完全に一世帯が住める広さで、一階を見せてもらったら、二階より広かった。

 坂を登る価値、あると思う。

 俺はお茶を一口飲んで窓際に肘をついた。


 一階で相沢さんが生活しているのだが、さっきから話し声がする。

 たぶんこれは作業イプというものだと思う。アプリを立ち上げて話しながら共に作業することを言う。お互いを監視しあうと進みが良いのだろう。

 このコマは……とか、ベタだけでも終わらせない? とかそんな言葉が聞えている。

 たまに楽しそうな笑い声。相沢さん曰く、この周辺はもう誰も住んでいないらしく、少なくとも両隣は空家。

 ちなみに隣の空家まで20mくらいある。本当に東京だろうか。まあ川ひとつ挟んだ先は神奈川だから、少し違うのかもしれない。

「だから好きに歌ったり踊ったりしても大丈夫ですよ?」と言ってたけど、さすがに初日から大きな音は出せない。

 ……でもこんなに素晴らしい環境なら、音出して作曲はできるかもしれないなあ。

 明日にでもパソコンをマンションから送ろう。俺は決めた。


「いやいや、このコマ、ヤバい、浮いてる浮いてる異次元に浮いてる」

 下から相沢さんの笑い声がする。なんか、良いなあと俺は思う。


 俺の家は父親が小さい頃に亡くなり、母は保険の外交員をして俺を育ててくれた。

 必死に働いてくれたから、淋しいなんて絶対に言えないけど、ずっと家では一人だった。

 朝起きたら母はいなくて、夕食もたまにしか一緒に取れなかった。

 でもそのおかげで勉強に集中して、返済義務がない奨学金で大学に入ることが出来たけど……静かな家がイヤだった。

 だから笑い声が響き、華やかな笑顔が見えるアイドル番組を流し、ボカロの曲を流していたのだと思う。


 リアルな人の気配を感じながら、ぼんやりするなんて初めてかもしれない。


 兄弟がいる人たちを心底羨ましく思っていたけれど、こういう感じかな。

 いや、相沢さんは兄弟じゃなくて……好きな人だけど。俺は小さく思う。

 流しそうめんも、さっきの台所でのお話も、すごく楽しかった。

 相沢さんは他人に対する線引きがしっかりしてる。それは会社での立ち振る舞いで知っていた。

 そして今日一日接して、その思いは増した。

 今日は初日だし、細かいルールの話し合いなどあると思っていたら


「ネーム書く時もそうなんですけど、最初から設定でガチガチに縛ると続かないんです。問題が出たら話し合いましょう。気軽に話しかけてください。気持ちや状態を察してほしい……は無しでお願いします。私も何かあったらしっかり言います。何か連絡用にLINEの交換はしましょう。あ、家では話しかけてくださいね。二度手間だと思うので」


 二度手間。

 ものすごく冷静で、人として面倒じゃない。

 やはり俺の選択は間違っていなかった。

 

「さてと」


 俺は相沢さんから受け取った生協のカタログを開いて、部屋の電気を明るくした。

 どうやらさっきのが終電だったようで、今日は銀河鉄道の夜、終了のようだ。

 だから注文するものを選ぼうと思う。


 ここに自転車で登りながら思ったんだけど、食料品の調達が本当に厳しいそうだ。

 少し重たい荷物を持っていたら、自転車で登るのは無理だと思う。

 しかし俺が自転車で登っている時に、カートなど荷物を持って歩いている人は居なかった。

 ちなみにバスは一時間に1本。使い勝手が悪すぎる。

 どうしているのか聞いてみたら「生協に宅配を頼むんです、週に一度、どっさりと。足りない物をちょいちょい駅前で買うんです」と相沢さんは分厚いカタログを渡してくれた。

 ちなみにページが折ってあったのは、レンジでチンしたり、温めれば食べられる魚シリーズ。

 つまり相沢さんは「趣味が一番大切で食事は食べられればそれでよい」人なのだろう。

 正直俺もそれは同意見だ。

 日々の食事に凝る必要はない。

 でも料理は全然嫌いじゃなかった。

 話し合った結果、今日みたいにタイミングがあったら一緒に食事をしようということになった。

 相沢さんは言った。

「でもすいませんが、毎週水曜日は一緒に食事とか定期的な事は無理だと思います。原稿の締め切り次第なので。お互いにタイミングが合えば……にしましょう。作ったのに帰って来ないとか、感情が無駄だと思うんです」

「感情が無駄」

 気が付いてるけど、相沢さんは言葉のチョイスが面白い。

 でも確かに、勝手に期待して勝手に落ち込むのは、感情が無駄だ。


「何か頼みたかったら、ここにログインして入力してください。これがアドレスとパスワードです。家用に変更しました。何も買わないなら、それでいいです。毎週土曜日締め切りです」


 と相沢さんはLINEにNOTEを作って書き込んでくれた。ちなみに相沢さんは毎週同じものを買っているらしい。

 なるほど、分かりやすい。そういうルーティーンの一部として使うのは便利かもしれない。

 一緒に何か作るなら、駅前に一緒に買い物にいって作ったほうが良さそうだ。


「……確かにこの煮魚、さんま1匹生姜煮で入って230円……自分で作るより安い」

 

 俺は頷いた。

 サンマ一匹普通に買っても150円。そこに生姜と光熱費考えたらお得だ。

 俺も相沢さんが注文している魚シリーズを頼むことにした。

 ああ、気楽すぎる。

 一階からは相沢さんの笑い声が響いて来る。

 会社では声を上げて笑ってる所とか見た事ないから、新鮮で嬉しい。

 そういえば明日は一緒に会社行くのかな……と思って、絶対一緒に行かないな、と思い直した。

 そういう所が好きなんだ。

 完全自立型女子。


 でもものすごく女の人だって知っている。


 カタログを受け取った時に手からふわりと良い匂いがして、めちゃくちゃドキドキしてた。

 好きな女の人と一緒に暮してるんだな……。

 俺はヤバ……と小さく呟いて、その場でころころと転がった。

 正直とても嬉しい。

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