第5話 知らない世界の宇宙人
「あの……さっきから気になっていたのですが、この本、見てもいいですか?」
そうめんを食べ終わって皿を洗っていたら、机の上に積んであった本を滝本さんが見ていた。
んん? ちょっと待ってくださいね。
私は皿を置いて高速で移動して何の本か確認した。
なにしろ私のメインジャンルはBLなので、あまり見られたくない本も存在する。
でも滝本さんが見ていたのは
「ああ、民族衣装の本ですか。どうぞ。お好きなんですか?」
滝本さんはありがとうございます……と本に手を伸ばした。
たしか数日前にAmazonで買った本で、9割が写真の美しい本だった。
民族衣装は色の使い方とか派手で参考になる。
しかし、今日から滝本さんがくるのだから、本を少し移動させておけば良かったなと思う。
私はまず、本を買ったら机に積む。
積んでおくと、食事をしながら、掃除の隙間に、眠くなったら、手が伸びて読む。
また買うと、その上に積む。そして巨大タワーが出来上がる。
置き場が無くなってきたら、下の方を抜き取って一階の奥にある書庫という名の物置に移動する。
全く見ないで積むより効果的だと自負しているので、変更はしたくないシステムだ。
まあ滝本さんは基本的に二階で生活するから、このリビングに入ることはあまりないと思う……が、初日から座っているので、もうちょっと片づけよう。
滝本さんは本を見ながら
「俺が推しているアイドルは宇宙人なのですが」
と言った。
んんんんん? ものすごく面白い言葉を聞いたと思う。
私はとても興味をもって滝本さんの前の椅子に座った。
「設定が……ですよね」
「そうですね。地下アイドルなのですが、5人組で、宇宙の色んな惑星からナンバーワンアイドルが集まり、地球に侵略に来ている設定です」
「ものすごく面白いですね」
私は滝本さんの話に食い気味で顔を突っ込んでしまった。
私のアイドルの知識は前田敦子で止まっている。この前シンゴジを見ていたら元気に逃げてて安心した。
つまり知識が古すぎて、アイドルの設定がそこまで進んでいると知らなかった。
滝本さんは
「俺は
「ガンダムSEEDなら推しはアスランですけど」
私はとりあえず答えた。
「劇場版を今も楽しみにしてます……ではなくて、それは
「ちょっと待っててください」
完全に混乱してきた。
私は考えがまとまらなくて、でもちゃんと理解したくて、仕事場から大きなスケッチブックを持ってきた。
これはスケッチブックの最大サイズで、考えをまとめたい時に使うものだ。大きな紙に殴り書きをして最後俯瞰でみると、色々なことを冷静にみられる。
そこにデザロズと書いて、スマホでググる。
出てきたのはオレンジや黄色……色とりどりの衣装をきた可愛い女の子たちだった。
なるほど。私は一人ずつ書いていく。
『のんちゃん』……お嬢様タイプの前髪揃ってて美人タイプね。サラサラと書くと今度は滝本さんが「おお……」と身を乗り出してきた。
一応美大出てるので、似顔絵は得意なんです! めっちゃデフォルメしますけど。
それで5人書いて
「この5人は宇宙人なんですよね」
「そうです。いつもライブの冒頭に宇宙船ローズ号で会場に来て、俺たち恋結軍が迎え撃つ……という設定でライブをしています」
「ほうほう」
私は反対側に滝本さんに漢字を聞きながら『恋結軍』と書いた。恋で結ばれる軍隊なんて……素敵な言葉。BLに使えそう。ふーん……となんとなく脳内に保存した。
「ライブが終わるたびに、和平交渉という集会がありまして」
「え? それはライブが終ってから話すの? ファンだけが?」
そんなの聞いたことが無かった。
うちら腐女子でいう所の、アフターみたいなものだろうか。
でもあれはただの飲み会というか、肉を眠気と戦いながら食べる会だ。
滝本さんは静かに首を振って
「ファンだけじゃないんですよ。デザロズの事務所の社長……まあ、俺たちは提督と呼んでいますが、提督も見えます」
社長さん?! ていうか、なるほど。戦艦の偉い人だから、提督。
「今地下アイドルって、そんな風になってるんですか」
「デザロズは特殊です。だからハマってるのですが。規模が小さい、熱心なファンがいる、提督にアイドルを改革していきたいという熱意があるグループだからだと思います」
「すごいカッコイイ……!」
そんなファンと運営が直接つながっていて、意見を交換できるなんて楽しすぎる。
私に褒められて滝本さんは少し嬉しそうにほほ笑んで
「それでですね、俺はデザロズの衣装って……少し面白みがないと思っていて」
「ああ……なるほど」
私は再び写真をみた。
なんというか普通のアイドルの衣装なのだ。頑張って言葉を探せばセーラームーン……プリキュアまでたどり着けて無い気がする。
ただ色分けしているだけの衣装で、あまり宇宙人感がない。
「でも衣装って、お金もかかるし、やはりダンスもあるから、簡単じゃないんですよね?」
私がいうと滝本さんは深く大きく頷いて
「その通りなんです。奇抜な事ばかり追った結果、舞台上で衣装が破れてしまったり、壊れてしまったりすることは多々あります。しかし動きやすさのみを追求することは、歌と世界を作り上げるアイドルとして、どうしても手抜きに感じてしまうんです。せっかく作り上げた世界観で俺たちも地球恋結軍の制服のデザインを考え始めているので、それを次の和平交渉の議題に……と思ってまして」
オタク特有の早口連続トークだが、私も推しを語る時は、なんなら立ち上がるので同じようなものだ。
「それで民族衣装の本に興味を……?」
「そうですね、やはりある程度は動きやすさを意識して作られているんだと思うんです、民族衣装は。知っていますか十二単はたった二本の紐で結ばれているだけなんです。利便性も兼ねている。デザロズももっと学んでいくべきだと思うんです」
「何かの参考になるなら、どうぞ持って行ってください」
私は滝本さんに本を手渡した。
「ありがとうございます」
滝本さんは本を抱きしめた。
全く知らないジャンルの話を聞けるの、めっちゃ面白い。
私はこういう話、大好きだ。
「滝本さん、デザロズさんの曲、聞かせてくださいよ」
滝本さんの表情がパッ……と明るくなる。
「ぜひ見てください。先週のライブがYouTubeに上がってるんです」
スマホを取り出してYouTubeを立ち上げるが……データが来ない。
いつまでクルクル……映像が始まらない。
「すいません相沢さん……この家のWi-Fiのパスワードを教えて頂いていいですか」
「あーー! すいません、うち4Gギリギリなんです、今写メって来ますね!」
まだそんな基本的な事も話さずに、オタトークしてしまった。
私は本に埋まっていたルーターの裏を写メって滝本さんに見せた。
そして「もっと早い回線にしたいなあ……滝本さんもそのほうがよいのでは……?」と考えて楽しくなった。
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