第22話 ひとり旅
カーテンの隙間から朝陽が差し込み目を覚ました。
いつもなら夜勤明けの翌日はリズムが戻らずにベッドの上でゴロゴロとしているのだけれど、何だか今日は体が軽くすっきりとしている。そういえば、昨日は帰ってからいつも以上にずっと寝ていた。
窓を開けて大きく息をすると、いつの間に季節が移ろったのかというほどに街路樹の葉は青々と茂り輝いている。時折、その間を爽やかな風が吹き抜ける。
気持ちがいい。一番好きな季節の快晴日、それだけで幸せな気持ちになる。
「うーん、今日から三連休。どこか行こうかな」と、伸びをしながら一人呟いた。呟きは私の癖だ。止めた方が良いのだろうけど、一人暮らしに呟きさえもしなかったらどうなるのか。うん、寂しすぎるからやっぱり呟きも必要だと思う。
京都に向かう新幹線の車内は、平日だからか、自由席にもちらほらと空席があった。車内販売に小腹を空かせた私は、サンドウイッチが頭をよぎった。でも、どうせなら京都についてから食べようとぐっと我慢し、手持ちのペットボトルの桃の香りのする水を口に含んだ。がまんがまん、後で美味しいものを食べよう。
スマホで宿を確認する。当日だったが料理旅館を予約することができて幸運だった。露天風呂がないのは残念だけど円山公園の近くで便利な場所だ。河原町通りの突き当りに八坂神社がある。確か円山公園はその裏手当たりだった気がする。地図を見るとやはりそうだった。高校生だった頃に母と土日を利用して来たことがある。円山公園のしだれ桜がとても綺麗だった。夜桜なのにかなり人が多くて驚いたけど。
でも、季節が違うから桜は咲いていないし、道端の花灯篭もないのかもしれない。 母との最後の旅を辿るには計画性が無さ過ぎた。
そんなことを考えていると、隣の座席の女性が降車のために立ち上がった。
彼女はおとなしい感じの美形だったが、たぶん私と同年代で話しかけやすいオーラを纏っている気がした。乗車後少しして「今日はとても良いお天気で景色がきれいですね」と、話しかけたのだが、聾唖者だった。彼女は手話で耳が難しいと表現した。
聾唖の入院患者さんから教えてもらったことが役立った。とは言っても、手話はちょっぴりでほぼジェスチャーと口の動きでの会話だったけど。
通路を進みながら彼女が振り返って私を見た。咄嗟に胸の前で握りしめた両手をそれぞれトントンとした。「気を付けてね」合っていたのだろうか、その手話を見た彼女は満面の笑みで「バイバイ」と手を振って降りて行った。短い時間の触れ合いだったけど、何だか心が通じた気がして嬉しかった。
「まもなく京都ですー」というアナウンスが耳に入り、心地よく眠っていたことに気が付いた。懐かしい思い出の地に到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます