第21話 幸江さんからの謝罪

 幸江さんの申し訳なさそうな表情はあの夜勤の日に見かけたものと同じだった。

しかし、亡くなるころの幸江さんの体つきや雰囲気とはずいぶんと変わっている。前に弥太郎さんが言っていたようにキャリアウーマンといった感じがする。

 そういえば、梅さんも生前は盲目だったのに死後は目が見えるようになっていた。人は死ぬことで生前の体の負の部分、苦痛から解放されるのかもしれない。

 それにしても何故、この屋上にとらわれているのだろうか。亡くなる少し前に生き別れの息子さんとも会えたのにどの様な思い残しがあるのだろうか。

 

 「紗季さん、入院中はお世話になったわね。あなたには本当にお世話になって」

 「いえ、それほどのことは」

 「いいえ、紗季さんが来てくれる日は心も体も癒されるようで嬉しかったの」

 「そう言っていただけると嬉しいです。でも、私ができることはほんの小さなことで幸江さんの苦痛を思うと、実際何ができたのかと思ってしまいます」

 「ううん、あなたはあなたが思ってる以上に患者にとって頼れる看護師さんなのよ」

 「恥ずかしいです」幸江さんの言葉は嬉しいものの照れてしまう。

 「そんな紗季ちゃんだから、みんなから頼りにもされるし愛されるんだよね」と、華子さんが二人の会話に割って入った。志乃さんや弥太郎さん、八重さんもうんうんと頷く。

 「それなのに紗季さん、ごめんなさい。あなたにはなんと謝っていいか分からなくて、四十九日からずっとここにいたけども合わせる顔がなくて」

 「そ、そんな、何を謝られることが―」と、言いながら祐樹のことが頭に浮かんだ。

 「息子が、祐樹があんなふうになったのは私のせいなの。病室の窓から祐樹の姿をずっと探していたからあなたたち二人が付き合ってたのはわかっていたわ。それに死期が近づくと体はいうことを利かないけれど、何でも知ることができるようになるの。不思議に離れた場所のことも。だから、二人のやり取りを―」

 「えっ、それってちょっと」どこまで何を知られていたのだろうかと困惑してしまう。

 「ごめんなさい。こんな話をすると引いちゃうわよね。でも、変な意味ではないのよ。ただ、本来なら祐樹はもっと大切な紗季さんのことを待つべきだったのよ。それができなくてこんな結果になって紗季さんを傷つけてしまったのは、幼い時に母親である私に捨てられたからなの。だから、また捨てられるのではないか独りぼっちになってしまうんじゃあないかと怖かったのだと思うの。」

 「いいえ、違います。幸江さんが悪いわけでも祐樹さんだけが悪いわけでもありません。私自身の問題もあったから。いろんなことが重なってこういう結末になっただけなんです。それに思うんです。いつの日か、祐樹さんとの出会いが一つの幸せな思い出として私の中に刻まれているんじゃあないかと。ただ懐かしく思い返せる日が来るんじゃあないかと」

 「ありがとう、紗季さん」と泣きながら微笑む幸江さんが光に包まれていく。眩しい光が完全に幸江さんを包み込み消える瞬間に、「運命の人に気づいてね」と、頭の中に直接声が響いた気がした。

 幸江さんを見送ったあと気が付けば、左掌に赤い飴を一粒握りしめていた。

 

 

 

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