第20話 真夜中の花見

 屋上の柵に手を触れるとザラっとした感触が伝わり錆臭さが漂った。

劣化の進み具合が時間の流れを感じさせ、寂しいようなそれでいて不思議にもどこかすっきりとした気持ちになる。

 

 ふっと、緩やかな風が吹き桜の花びらが舞った。

振り向くと弥太郎さんが竹かごから桜の花を取り出し宙に散らしている。

 「夜空に花を咲かせましょう」と、どこかで聞いたことがあるような似た言葉を放つ。まるで踊っているようにも見えるその様子は、御茶目な弥太郎さんらしい。

 いつの間にか真夜中の茶会が始まっていて、志乃さんがいつものように湯呑に茶を注ぎながら声をかけてくれる。

 「紗季ちゃん、久しぶり。来てくれてよかったよ」

 「はい。最近はなかなか来れなくてすみません」

 「謝ることじゃあないさ。ただ紗季ちゃんが来たらみんなで花見をしようと言っていてね」その言葉に八重さんがうんうんと頷きながら皿に乗った三色団子を出してくれた。

 「道沿いの桜はだいぶん散っちゃったけど、ほら私たちはねえ。」と、ショートカットの華子さんが含み笑いをする。

 「あはは、私たちには都合のいい力があるからな。まあ、人生楽しめる時には楽しんどかんと。あっ、でも人生言うたらダメかな。わしらは死んでるからな」言い終えると弥太郎さんが自分の頭をパチンと叩いた。

 「やっぱり良い音がするねえ」志乃さんと華子さんが声を揃えて言った。

 一年前ならここに梅さんが加わりもっと賑やかにツッコミをしていたのだろう。梅さんが思い残しを昇華し俗にいう成仏ができたのは去年の梅雨頃だった。その時にもらった飴のおかげで私も過去世を視ることができた。だけど、そのあと何故か夜中の茶会から足が遠のいてた。

 たぶん、祐樹とのことをしっかりと昇華するために一人になる時間が必要だったのだと思う。

 

 志乃さんの淹れてくれるほうじ茶はやっぱり格別だ。声がこぼれる。

 「あ~、美味しい」心と体が満たされる気がする。

 改めて志乃さんを見ると、隣にスーツ姿の女性が目に入った。いつからそこに居たのだろうか。まあ、影のない方たちだから不思議でもないかと納得する。そういえば私の初参加からほどなくして新たに加わった方がいたそうだけど、何故かまだ一度も会えていなかった。きっとその方なのだろうと、見つめると目が合った。

 「えっ、もしかして幸江さんですか」と、驚きながら声をかけると彼女は申し訳なさそうに頷いた。

 

 

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