第19話 桜の季節
今年は例年よりも早くに桜が咲いた。
祐樹にさよならを告げた季節が過ぎるのと同じように私の凍てついた心もずいぶんと溶けた気がする。
だけど、こんな花冷えの日には心がチクッと痛む。桜の季節は祐樹との思い出がありすぎるから。
でも、大丈夫。時間が解決してくれる。いや、しなくっちゃいけない。
だって、祐樹は私の後輩の絵里ちゃんともうすぐ結婚するのだから。
それは年が明けて間もない頃だった。その日は、大雪で業務をこなしながら度々窓の外を見ては夜勤入りのナースは無事に来ることができるのか。自分たちも帰れるのだろうかと、同僚たちと話していた。
そんな時に絵里ちゃんがにこにこと白い封筒を配りだした。
「私、結婚することになりました。よかったら結婚式に来てくださーい」
「まあ、おめでとう。絵里ちゃん」
「相手はどんな方なの。」
「ここにも出入りしている業者さんなので皆さんも会ったことがあるかもしれません。かっこよくて優しい人なんです」
「まあ、良い人をつかまえたのね」
詰め所内は一気に賑やかな祝福ムードに包まれ、私も幸せな気分で招待状を見た。
そして、その名前に驚き固まった。絵里ちゃんの結婚相手は祐樹だったから。
同期のナースがこっそりと怒気を滲ませながら教えてくれた。
私と祐樹が付き合っていたことを周りの人たちは絵里ちゃんも含め知っていた。
それでも絵里ちゃんは諦めなかった。
そんな時に幸江さんという患者さんが入院してきた。孤独な女性だったが、彼女には離婚した夫のもとに幼い時に残してきた長年会っていない息子がいた。その息子こそが祐樹だったのだ。
そして、ちょうど彼女が担当の日に母親のことを聞きつけた祐樹が面会に来た。どうもその時をきっかけに二人の仲が近づいたらしい。
「その頃に実は祐樹からプロポーズされたのだけど、何故か良い返事ができなかったの。だから、仕方がないことなんだわ」
「男と女の中だから他人が口に出すことじゃあないけどあの娘は酷い。まして詰め所でこれ見よがしに招待状を配るなんて。本当に腹が立つわ」と、言う同僚の顔は紅潮していた。
別れたとはいえやっぱり心が現実に追い付かずに本当のところ辛い。
でも、私の代わりに本気で怒ってくれている友人がいる。
そのことに救われる気がした。
「ありがとう。」
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