第14話 満たされて
今度は迷わないように雑踏に気を取られることなく教わった通りに進んで行く。
「たしか、ここら辺りのはずなんだけど」
目の前の三叉路の先には築年数の浅そうなグレーの壁色のビジネスホテルが建っていた。
梅さんの実家は戦時中に焼けてしまったが、そのあと幾度も何かしらの建物ができては建て替えられてきたのだろうか。
突然、肩から背中にかけてが軽くなった。
「えっ、梅さん。えっ、だめ、離れないで」
梅さんは私が制止するのも聞かずふわりと浮かび宙を舞っていく。
梅さんを目で追うとホテルの自動ドアの付近で降り立った。そこには、トラ柄の猫がまるで出迎えのホテルマンのように姿勢良く待ち構えていた。
梅さんが言っていた通りにずっと何十年もの間ここの場所でトラは梅さんを待ち続けていたんだ。
梅さんはトラを優しく抱き上げこちらに笑顔を向けた。
直接言葉が心の中に響き合う。
「紗季ちゃん、ありがとうね。これでトラも私も思い残すことは無くなったよ。いま、とって満たされていて幸せだよ。本当にありがとう」
「梅さん、トラと会えたんだね。良かったね」
「これは、私達からのお礼だよ。」
ほんの一瞬のことだった。
梅さんとトラは眩い光に包まれ、ビルの谷間の空に消えていった。
呆然と立ち尽くす私の手のひらには一粒の飴が残されていた。
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